4話 幼女様を実家に引っ張り込んだ(妹が包丁装備)
神の間とやらから、転移陣に乗り……無事に地球の我が家へと到着した。
途中で何かあったような気もするし、無かったような気もする。
この違和感は船酔いならぬ、転移酔いみたいなものだろうか?
「ええと、確か風璃の小さい頃の服が……あったあった」
「かざり……とはなんです?」
幼女な女神のフリンは、不思議そうに聞き返してきた。
そういえば、まだ家族の事を話していなかった。
「風璃は俺の妹。今は中学生で生意気盛りだけどな」
我が尾頭家は二階建ての一軒家で、両親と兄妹の4人で暮らしている。
今は両親が趣味と実益を兼ねた仕事……いや、長期旅行に行っていて、妹の風璃もまだ中学校から帰ってきていない。
つまり、家には俺達以外誰もいない。
そして、ここはタンスが置かれた藺草薫る8畳ほどの和室。
「地球の服に着替えるぞ、フリン。ほら、バンザーイして」
「ば、ばんざい?」
「こう、両手をあげて。脱がせやすいから」
「わかりましたです、映司」
その時、戸がガラッと開いた。
「ただいま~。映司お兄ちゃん、誰か来てる……の……」
中学校の部活から帰ってきたであろう、学生服を着た妹──風璃の姿。
その表情は時間を止めたかのように固まっている。
俺は、ふと現状を客観的に見たらどう思われるのかを考えた。
見ず知らずの幼女を、自分の兄が脱がせて上半身裸にしている状態。
しかも家に連れ込んで。
よし、大丈夫だ。
子犬を風呂に入れてやるのと同じくらい、健全で何も問題は無い。
「ちょっと神の間異世界から、前任の神の目が届かなくなって孤立していた神様を転移陣で連れてきただけだ」
「あ、あはは……その……まさか。は、はは……ハイエ○スで誘拐!? い、嫌! ロリコンな性犯罪者の妹は嫌あああぁ!!」
動揺によってか、物凄い勢いで視線をブレさせた後、大絶叫されてしまった。
もしかして兄として信頼がないのだろうか……。
遠い異世界から独りぼっちの幼女を保護して、服を着替えさせるくらい特に問題は無いだろう。
何か誤解でも──。
「映司お兄ちゃん……もうダメだよ自首しよ……。それがダメならせめて一緒に……ちょっと包丁持ってくる。お父さん、お母さん、藍綬、園の子供達……先立つ不孝を──」
やばい。
青いシルエットだけで進む推理ノベルゲームなら、バッドエンド一直線の展開だ。
異世界より先に、天国の世界へと旅立ってしまう。
「よし、説明しよう!」
といっても、神な幼女様に呼び出されて、異世界作りを手伝う事になったとか言っても信じてもらえないだろう。
仕方ない、ここは……。
「ユグドラシル、説明を頼む!」
とことん酷使される世界樹であった。
* * * * * * * *
『──というわけです』
「うっわ、すごい。空中に映像が浮かんでるし、オペレーターさんまでいるし……」
どうやら信じてくれたらしい。
汚名返上できた俺はドヤ顔で満足する。
「あの適当な映司お兄ちゃんが、ここまで計画的に用意するはずもないし……」
……普段の行いが良かったらしい。
「話が早くて助かるぞ。我が妹、風璃よ」
「何かすごく偉そうに……。あたしが家に帰るのは分かってたんだから、メールでも送っておけばよかったんじゃないの?」
「……それだ!」
「マイペースすぎる、この兄……」
風璃は溜息一つ吐くと、フリンに向き直った。
「あたしは尾頭風璃、この不出来な映司の妹です。よろしくね、フリンちゃん」
「はい、よろしくお願いしますです」
ぺこりと頭を下げるフリン。
何か2人、俺の時と態度が違いすぎないか?
「小さいのに挨拶がキチンとできて偉い偉い!」
風璃は、フリンをギュッと抱きしめた。
兄目線ではあるが、この妹は外見的には器量もよく、ちょっと長めの黒髪もサラサラと綺麗だ。
中学での成績も優秀で、コミュ力も異常に高い。
誰しも羨む妹とは、こういう人物像なのかもしれない。
……内に秘めた性格がアレなのだけは非常に問題だが。
「おいおい、そんなに抱きしめたらフリンが胸で窒息……しないか。貧乳だもんな」
「はは、映司お兄ちゃんったら~」
鋭い拳で殴られた。
ぽかぽかっ、とか擬音を付けるより、ゴッ、とか格闘マンガ系の表現が正しいだろう。
年頃の兄と妹の関係なんて、大体はこんなもんだ。
「昔はベッドに潜り込んできて、お兄ちゃんと一緒じゃないと眠れないとか言っていた可愛い時期もあったのにな……ガクッ」
「ちょっ、そんな昔の事を言わないでよ!」
俺は的確にえぐられた急所、みぞおちを抑えながら崩れ落ちた。
『フリン様、地球の居住権の事で御連絡がきています』
「ふぇ?」
何か難しそうな話かもしれない。
ユグドラシルオペレーターとは、俺が話した方が良さそうだ。
ここまでフリンを連れてきてしまった責任もあるしな。
「それって、転入届けみたいなものですか?」
『映司様、その通りです』
「フリンには難しそうなので、俺が代理でもいいでしょうか?」
「はい。では、地球の管理をしている所へお繋ぎします」
新たに浮かび上がる映像。
そこには、禿頭の脂ぎった中年男が映っていた。
デスクらしきものに座り、【管理局】と書かれたプレートが置かれていた。
『はぁ、困るんですわ』
挨拶も無しに、開口一番がその言葉だった。
『どうやって転移してきたか知らないけど、きっと違法ルートだよね? ったく、これだから最近のガキは……』
いきなり不機嫌そうに敵意を向けられ、耳障りの良くない事を言われているのは分かる。
だが、ここで反射的に喧嘩腰になって、物事を進めるのもどうかと思う。
冷静に、だ。
「すみません、若輩者なので質問をしていいでしょうか?」
『あぁ? なんだ? 早く終わらせて定時で帰りてーんだ』
……定時とかあるのか、この管理局。
「自分達で転移陣を作り、地球に来た場合も違法ルートなのでしょうか?」
『んなわけあるか。……まさか、お前らがそうしたと言うのか。ぶはは!』
何故か爆笑されてしまった。
意味がわからない。
『空間魔法なんて高度な物をお前らみたいなガキが使えるはずねーだろ、しかも序列上位の地球へなんてユグドラシルがポンポンと許可を出すはずが無いっての』
序列? 許可?
聞き慣れない言葉が混じっていたが、大体は理解した。
そういう事か。
それなら、どうすべきかは簡単である。
『お子様達、嘘つきは泥棒の始まりだって教わらなかったか? 地球出身じゃないそこのお嬢ちゃんは、保護者の面を見てみたいね。がははっ!』
また爆笑する中年男。
フリンは自分の事を言われたと分かったのか、シュンとしてしまった。
きっとおじいさんの事でも思いだしてしまったのだろう。
「そうですね~。間違った事を言ったらダメですよね~」
俺も負けじと笑いながら、頭の中で複雑な魔力の線と線──紡ぎ上げ、編み上げ、練り上げて構築する。
そしてユグドラシルにアクセスして、座標を特定して発動させる。
『そうそう、間違った事を言ったら謝るべきだよなぁ。ガキ──ん?』
俺は転移陣を作り上げ、その中に腕を入れていた。
その先は、今見ている画面で確認出来る。
遠く離れた地にいる──俺の手で肩を叩かれ、ゆっくりと振り返る中年男。
わかりやすく言えば、俺の手だけが管理局に転移しているショッキング映像。
「どうです? どちらが間違っていたかお分かり頂けましたか?」
さすがに大人に対しての態度では無いと、自分でも分かっている。
だが、俺は馬鹿にされても気にしないが……。
フリンの心の傷を広げるような相手に対しては、憤りを感じてしまう。
俺は、女の子と食べ物の事に対してだけは、本気を出す。
昔、それを出来ずに悔やんだことがあるからだ。
『ひ、ひえぇ……』
リアルタイムでの空間魔法に驚いたのか、中年男は顔面蒼白になっている。
『ありえない……人間種族が空間魔法……それにあの畏ろしい存在であるユグドラシルを……』
俺は、そのまま笑い続けた。
「映司お兄ちゃん、すごい恐い顔になってるよ……」
いけないいけない。
自分ではフレンドリーな微笑みだったはずなのに。
そんな中、画面に変化があった。
──ひとりの青年が現れていた。
『く、クロノス様!?』
『私がいない間に、お客人になんて失礼な事をしているんですか。彼は人の身でありながら、神の加護を受けし者です。滅ぼそうとすれば星の生命を消すくらい容易いですよ?』
『は、はへぇええ!?』
中年男は小刻みに震えながら失禁した。
『うぅ……、もう田舎さ帰る……都会の異世界は恐ろしいだ……。オラこんな異世界さ嫌だ……』
失禁ついでに口調まで変わってしまった。
さすがにそこまで驚かれるとは思わず、悪い事をしてしまった気がする……。
ドヤ顔ざまぁで言っているのではなく、中年のリアルな失禁を見たために本当に心底悪いと思っている。
『え、あ、ちょっと。人手不足なのに……もう少しだけ頑張りましょうよ、ね!』
後から登場した青年が、必死になって慰め、引き留めている。
……この微妙な空気、何だろう。
そのまま退場する中年男。
彼には都会的な異世界の喧噪に負けず、頑張って欲しい。
『……紹介が遅れました。初めまして、彼の上司に当たるクロノスです。地球の管理者をやっています』
「初めまして、尾頭映司です。先ほどは申し訳ない事を……」
クロノス──彼はターバンを巻いた蒼髪の長身な美青年だ。
だが、表情は熟年サラリーマンのように酷く疲れていた。
『いえいえ、こちらこそご迷惑を。……それに地球の管理者とは言いましたが、勘違いしないでくださいね。上の人が不在なだけで、ただの代理で中間管理職ですから……』
神様にも中間管理職ってあるのか。
そりゃ疲れるポジションだよな。
『ちょっと前も、私が時間魔法得意だからって、5000年分も進めたり戻したり、ユグドラシルから依頼がきて……疲労で横になっていた所です。おっと、つい愚痴っぽくなってしまいました。悪い癖です』
それ俺達です、まじごめんなさい。