38話 センタク(シンカ)
オタルから聞いた話。
どうやら巨人繋がりで、ベルグが情報を仕入れてきたらしい。
『巫女の予言』と交換が上手くいかなかった場合は、フリンの処刑が予定されていると。
というのを話そうとしたベルグはオタルに押しのけられ、お前は壁とでも喋ってろとか言われていた。
向こうの関係はどんどん仲良くなる一方で微笑ましい。
……とか思い出している場合ではない。
スリュムは、フリンを傷付けないであろうと想定していたため、どこか余裕を持って考えていただけだ。
あのまともそうな執事さんも、きっと止めきれなかったのだろう。
人は──いや、巨人はどんな二面性があるか分からない。
きっと、スリュムもそういう奴だったという事だ。
それなりの覚悟を持って戦う相手。
俺はそう認識し、ユグドラシルに導かれてここへ転移した。
違和感を覚えるほどに静謐な空気を持ち、薄く霧煙る周囲。
苔混じる柔らかめの土を踏み進めると、誰もいないと思われていた空間に鹿達が見えてくる。
意外と人懐っこく、近くに寄ってきては興味津々といった風で顔を近付けてくる。
餌とか持ってないのが残念だ。
俺は、軽く頭を撫でてやる。
鹿は満足そうな鳴き声をして、俺の前を歩き出した。
歩調を合わせてくれているらしいので、道案内でもしてくれるのだろうか。
それを霧で見失わないように付いていった。
段々と、うっすら見えてくる巨大な壁……いや、樹木が見えた。
木と言えば、日本では屋久杉などが有名だが、それとは比べものにならないくらい大きい。
切っ先は天まで突き抜けており、巨大な鳥が樹上を旋回している。
その名の通り世界樹と言って良いデカさだろう。
「ようこそおいで下さいました。映司様」
「こうやって直接会うのは初めてですが、いつも喋っていたので不思議な感覚ですね。オペレーターさん──いや、ミーミル」
その世界樹の下の泉で出迎えてくれた女性。
ウェーブのかかった艶やかな長い黒髪をなびかせ、スレンダーながらもモデルのような体型をしている。
「直接誰かと会うのは苦手なんです。本当の姿だと、皆さんとてもショッキングなご感想を持つようで……」
たぶん、戦闘をする時のフェリみたいに、もう一つの姿でもあるのだろうか。
俺としては、こんな可愛いオペレーターさんなら、他にどんな姿があっても構わないが。
「今日は、ちゃんと首から下を借りてきましたから大丈夫です」
……知らなくて良い事も……世の中にはあるかもしれない。
とりあえず、話を進めようか。
「では、本題をお願いします。俺のステータスについて」
「……はい」
私の泉に来て欲しい、とお誘いを受けたものの、他の事は何も分からないで連れてこられた状態だ。
そこから何となくオペレーターさんの名前は分かったが。
──開かれる俺のステータス。
【ステータス】
尾頭映司。人間。17歳。
職業:高校生
HP:5
MP:0
筋力:2
器用:2
頑強:1
俊敏:2
知性:5
精神:5
CHR:99999イuイ,イkイiイ楷幹`イbイsイ+イuイuイ$イdイfイ2イ佐hイhイiイ楷佐イ
スキル:【シンカ:消費コスト──アナタノタイセツナモノ】
やはり、このステータスはおかしい。
フリンの加護が解かれているはずなのに、CHRは変な状態になっているし、スキルも見知らぬものが居座っている。
「シンカとは? と映司様は仰いましたね」
俺は頷いた。
ミーミルに疑問をぶつけ続けるより、聞き役に徹した方が今は適切だろう。
「かつてのオーディン達がしたように、このミーミルの泉に自分の何かを生贄に捧げ、力を得る行為です。CHRは確定されていない未来すら含めた素質値、その数値が高ければ高い程に生贄としての価値が上がり──」
「つまり、俺は力を得られる?」
「敢えて止めるという手段も、今ならまだ間に合います」
思い出した。
前に、力の事を相談した時、この手段は止めておいた方が良いと諭してくれた事を。
──俺の身を案じて。
そう、思い返せばいつだって俺達の力になってくれていた。
今回みたいに誰かとの板挟みになったり、よっぽど無茶な内容じゃなければ。
俺は……公平に振る舞ったユグドラシルに対して、勝手に敵意を抱いてしまったのかもしれない。
ユグドラシルには、ユグドラシルなりの立場があるのだろう。
そして、このミーミルにも。
「ありがとうございます。でも、それでも助けたいんです……フリンを」
「……分かりました。では、何を生贄に捧げますか?」
「左目を捧げます」
「はい、賢明な判断です」
俺は、どうして左目を選んだのかは消去法的なものだったように思う。
これから生きる上で失ったらまずい部分を差し出すわけにもいかないし、かといって爪先とかその程度ではロクな力が貰えないはずだ。
親や風璃に対して、生贄の事とか一切言っていないから、片眼を怪我した事にして眼帯登場とかしたら驚かれそうなのが心配な程度だ。
後は、選んだ理由──それは直感だ。
まぁ、片眼程度でフリンを助けられるのなら代償としては安いものだろう。
「──終わりましたよ」
いつの間にか痛みすら無く、左目が見えなくなっていた。
色々と考えている間に生贄として抜き取ったのだろうか。
正直、その瞬間は恐いイメージがあったのでスッと終わってくれて良かった。
「では、この角笛で泉の水をお飲みください。この時のために借りてきました」
手渡されたのは、曲がりくねった白いプラスチックのラッパみたいな物。
いや、角笛らしいので、プラスチックではなく骨なのか。
リアルに骨とか角とか見る機会が皆無なので判断が難しい。
「何かこれ、吹くために穴が空いてるけど、どうやって飲む……んです?」
楽器で水を飲めとは、かなり難易度の高いトンチである。
指で吹き口を押さえたりすればいけるのだろうか?
「そうですね。曲がってる部分に水が溜まるので、その分だけグイッと飲んでいましたね、歴代オーディン達は」
「なるほど」
どうやら、飲む量は関係無いらしい。
コップ半分にも満たないかもしれないが、誰かが吹いてそうな角笛で水を飲むとかちょっと抵抗が……いや、もしかしたら可愛い子という可能性も。
「ミーミル、つかぬ事を聞くけど……」
「あの、その言いにくいのですが、その角笛の持ち主は男性です」
「……そっか」
「すみません、他の方も聞いてくるので、何となく言おうとしている事が分かってしまって……」
俺は、割と絶望した気持ちの中、角笛で泉の水をすくった。
男と関節キスかぁ~……。
──いや、待てよ!
「今までのオーディンの中にじょ──」
「前回、これを使った方は男性でした」
「……そっか」
野郎とキスするように、角笛の中の水を飲もうとする。
衛生的にも、精神的にもアウトじゃないのかこれ。
急に小汚い角笛に見えてきたし。
「ちなみに、世界の終焉を知らせるという大事な役目がある角笛なので、地面に叩き付けたりしないでくださいね。前にやった人がいるんですよ……」
とても美しく神聖な角笛だ、うん。
俺は、覚悟を決めて一気に飲んだ。
味は……普通の水だ。
臭さが全く無いので、ミネラルウォーターとでも表現した方がいいのだろうか。
「後は、倒れる前に自分から横になった方が良いですよ」
「え? 倒……れ……」
急に目まいのようなモノが襲ってきて、俺の魂は身体から離れようとしていた。
分からないが、分かるのだ。
魔力とも違った、俺自身の精神的なモノが、身体から抜け出て──。
俺、死ぬのかな。
完全に意識は闇に飲まれた




