27話 恋の予感は事件の始まり(刑事事件)
平和な休日、尾頭家のリビング。
「ねぇねぇ、映司」
「どうした、フリン」
テレビから眼を離さず、俺に向かって呼びかけてきている幼女。
見ているのは、少年探偵が大活躍するアニメだ。
「どうして異世界には名探偵がいないのです?」
「んー、あー、それはだな……」
何という無茶な質問。
だが、幼女の問題に答えられなかったら頭から食われてしまうと言うエジプトの伝説もある。
あれ、違ったような気も……。
まぁいい、適当に……いや、的確に答えておこう。
「何でもありの世界で推理するなんて、見ている方が馬鹿馬鹿しくなるからじゃないかな。条件を限定しても、それを解除する方法だっていくらでもありそうだし」
「なるほど……確かにです。うちのおじいさまも割と何でもありで、力の一つとして──」
そんなこんなで、幼女の質問に無事答えることが出来た。
どんとこい、幼女現象!
平和な昼下がり、庭に出しっぱなしになっている犬小屋をどうやって片付けるかなーと考えながら、微睡みに負けて眠気が襲ってきた。
「私も名探偵に負けず劣らず、もっと頑張るです!」
そんな不吉なセリフと共に、ユグドラシルがシステムメッセージ的に新着情報を送ってきた。
……始まる前から迷宮入りを選択したい。
* * * * * * * *
ここは異世界エーデルランドの森の中。
僕は仲間と一緒に、突如発生した野良ドラゴンを退治するクエストにやって来ていた。
他に冒険者ギルドから結構な人数が付いてきていたはずだが、野良ドラゴンにびびって散り散りに逃げ去ってしまっている。
あ、そうそう、僕の名前は──。
「おい、若人よ。そこの~! 無視をしないでくれたまえ! そう、紫生地に金の刺繍のローブを好み、最近は旅の最中にティータイムを要求してくるそこの若人!」
僕を呼ぶ、やかましい勇者の声が響く。
全く、僕は一人で物思いに耽ったり、女の子らしくオシャレをする権利もないのか。
服を変更すると、誰だか分からないと言われて軽くショックを受けたりもした、今日この頃。
そんなこんなで、やかましく呼び続けている声を無視する。
声の主──勇者と言われる存在であるリバーサイド・リングは、野良ドラゴンの攻撃で吹き飛ばされ、木の太い枝に引っかかっている。
本当に、こんな存在に僕は殺される事を望んだのだろうか。
数ヶ月前、王城からとある秘宝を盗み出し、あることを試した。
そこで僕は運命に敗北し続け、絶望の末に死を選ばされるはずだった。
だが、魔術師のダンジョンと呼ばれたそこで、固定されていたはずの呪いとも呼べる頸城から一時解放された。
人はおろか、神々ですら縛る巫女の予言。
それを動かせる、予言者の上位存在。
たぶん、それはフェンリルと一緒にいた名も知らぬ彼。
もしかしたら、直近の予言にあるフェンリルにまた影響を与える事も──。
「もしもーし……このブレイブマンをそろそろ助けてくれないかね……」
「リバー。あなた、まだ若いんだから、年相応の言葉をぶつけても良いんだよ」
「ふむ?」
木の枝に複雑に絡まり、宙ぶらりんの逆さま視点で彼は見詰めてくる。
「そこの可愛い御方、お助けください、ってね」
「アァッハッハッハ! 君に可愛いは似合わないだろう。凛々しいとか、禍々しいなら分かるが」
全く悪びれていない様子でこう言ってくるのが腹立たしい。
普通、数ヶ月も若い男女が旅をしたら恋愛感情の一つや二つも沸いてくるはずだろう。
……現に、僕はそうなっている。
普段の理性的な感情は吹き飛び、地の底からふつふつ沸き上がるような怒りが魔力を突き動かす。
僕は、魔力でリバーを持ち上げて──。
「お、助かった。下ろしてくれるんだな。その後、あの野良ドラゴンに再び戦いを挑み──」
「それ、行程を短縮してあげるわ」
その言葉に魔力を編み込み──キーとする。
音声を媒体とするガルド魔術。
リバーを魔力で思い切り、律儀に待っていてくれていた野良ドラゴンへ打ち込んだ。
簡単に言うと魔力大砲による、人間砲弾だ。
「え、ちょおおおおおっ!?」
クエスト、野良ドラゴン討伐完了。
* * * * * * * *
僕達は今、辺境の街に来ている。
文明レベル的には中央よりは落ちるが、変な実験をしても目立たないというメリットもあって一時期、居を構えていた事がある。
といっても、街の大きさはそれなりだし、道も衛生面も整備されていて、暇そうな兵士達が治安を守っていたりする程度の住みやすさはある。
さっき倒したドラゴンの依頼を受けた冒険者ギルドも賑わっている。
……そ、そんな事は置いておいて。
ちょっと、ここの家に用事が出来た。
そこで、まぁ、その……誰もいない家だし、そんなものがあるのに宿を取るのも勿体ない、うん。
冒険の仲間として、リバーを家に招待しても、何も、何も、何もやましいことは無いだろう。
と、言うわけで! 僕が住んでいた家に、リバーを案内する──前にちょっとしたサプライズを考えていた。
──そのために僕は、街の服屋で試着中なのであった。
「こちらなんてお似合いだと思いますよ」
にこやかに店員が差し出してきた一着。
僕がいつも着ているローブの色違い。
違う、違うのだ……。
今日は頑張ってオシャレというものに挑戦しようとしているのだ……。
「な、何か可愛い系の……その……ありませんか……」
センスの良いパステル調な木造建築の店内の中、慣れない雰囲気のためか言葉が詰まってしまう。
切り株をそのまま使ったような椅子や、変な形のランタン、髪型も服装もパリッと決めている店員達の視線。
ダメだ……ゲロ臭い魔術素材屋とかは慣れてるけど、こんな店は空気が合わない。
自分の情けなさに若干、涙目になってしまう。
一国の秘宝を奪い、700階層ものダンジョンを作り出した魔術師とは何だったのだろうか。
このローブも、入りやすい店で同じ物を沢山買っただけで楽をしていたのだ。
「ふふ、可愛い系ね。ちょっと待ってくださいね。元が可愛いから──これなんて」
「元が可愛い!?」
「ええ、サラサラの栗色の髪に、ちっちゃくて~羨ましくなっちゃうくらいの若い肌!」
この女性店員さん優しすぎる。
僕は、手渡された服らしき布きれ複合体を試着する事にした。
入った試着室には、金属を磨いて作った鏡があるが映りが悪い。
そこで──。
「現出、人身映す鏡」
音声をキーにガルド魔術を発動させ、身長と同じサイズの鏡を作り出す。
キーとする音声が回りくどい言い方なのは、普段口にしないためイメージが固定されやすく、魔力に形を与えやすいためだ。
作りだしたピカピカの光魔鏡──そこに映る自分。
栗色のセミロングで、普段と違い自信なさげな顔。
背は小さく、胸も大きくも無く小さくも無いためにアピールポイントにもならない。
かといって審美眼が優れていたり、礼儀作法をわきまえていたり、話術が卓越しているわけでもない。
あくまで魔術的な才能があっただけだ。
僕から魔術を取ったら、それはもうただの一般人……いや、それ以下かもしれない。
そうやって再確認してしまうと、リバーが女の子として扱ってくれず、冒険仲間としか見てくれないのも当たり前だ。
落胆しながらも、試着室で渡された服を着込んでいく。
……だが、やたら着にくい。
ローブのようにすっと一着に袖を通して終わりではない。
ヒモとかボタンとか、間違えて腕を通しそうになる布の隙間とかがある。
これならゾンビを作る時の縫合の方がまだマシだろう。
革のスカートは脚がスースーして心許ないし、機能性に疑問を感じる。
無駄に大きなリボンが付いたブラウスは、とっさの時に暗器で何かを絞め殺すために使うのだろうか? いや、止血用かな?
その上に保温性無視の、面積の小さいチェック柄の布製ベストを身につける。
僕には理解出来ない服だ。
だけど、どこかで見た事があるような……。
そんな事を考え、挙動不審気味になりながら試着室から出てみた。
「お似合いですよ、お客様。この、異邦人様からもたらされたアイドルファッションを着こなすとは素晴らしいです」
ああ……記録で見た事があったのか。
何か舞台で歌ったりする、異邦人達の踊り子の衣装だった気がする。
「あ、あの。これって男性から見ても平気ですよね」
何が平気かそうじゃないかは、言っている自分でも分からない。
ああ、もう! むしろ僕の頭が平気なのだろうか!
「ええ、イチコロですよ! あまりの可愛さにびっくりして倒れちゃうかもしれません!」
「そ、それじゃあこれください。10着」
面倒臭いので一気に買うことにした。
だが、店員さんに止められてバリエーション違いを混ぜられたのであった。
──店から出た後、冒険者ギルドから出てきたリバーと合流した。
「リバー、これどう?」
「ぬおっ、若人の声がする!? どこだ!?」
この男は……本気でむかつくのだ。
前は地味目な服に着替えたらこんなリアクションだったが、今度は可愛い系な服だから大丈夫かもしれないという希望があったというのに。
僕の認識はあの紫金ローブなのだろうか、この脳みそ筋肉勇者。
「久しぶりに家に帰るから、服を買ってみた」
「おぉ、そうなのか! 全然、分からなかったぞ!」
そんなやり取りをしながら、ヤキモキと昔ではありえない感情を伴って歩いた。
ギルドからしばらくした所に、僕が使っていた家がある。
家に人を招くなんて初めての事だ。
女の子が、誰もいない家に男性を招く……そして一夜を過ごす。
もしかしたら、何か衝撃的な展開があって……とか考えない事もない。
自分でも、そんな人間的な部分が残っていたのは驚きだ。
「あ、そういえばギルドで新しい依頼を受けてきたぞ」
「なに? また異常発生したモンスターでも討伐するの?」
「いや~、それがな。お前の力が必要なんだ」
ドキッとしてしまった。
僕が必要とされている……。
これはもしかして、二人じゃないと出来ない事の前振りでは……き、きききっすとか。
そんなこんなで到着した。
「この家で起きた密室殺人事件の解決に協力して欲しいという依頼でな」
到着したのは、見慣れた家。
非常に見慣れた家。
なぜか人払いの黄と黒のストライプロープが張られ、兵士達が慌ただしく動いていた。
「リバーサイド=リング様でありますね! こちらへどうぞ! 中で人が死んでいるのですが、扉が開かなくて困っておりました!」
兵士の一人が話しかけてきているが、僕は何かのフィルターを通したように他人事のように聞いてしまっていた。
この家には窓が一ヶ所あり、そこから中が見える。
家の中には、見知らぬ腐乱死体が転がっていた。
……いやいやいや、もしかしたら僕の家に似ているだけかもしれない。
道を間違えたのかも知れない。
きっとそうだ。
どう考えても恋愛展開フラグ満載だった所に、こんな面倒臭い事に巻き込まれるとか有り得ない。
「この家の持ち主はシィ=ルヴァーという魔術師らしいのですが……」
あ、初登場の僕の名前だ。
700層の魔術師ダンジョンを作り出した、紫生地に金の刺繍ローブちゃんこと、シィ=ルヴァーです……よろしく。
これ、きっと僕の可愛さにビックリして倒れちゃったのかな……はは。
──泣きたくなってきた。




