3話 セロテープでステータス六桁突破しました(もはや戦闘力)
俺はふと、灼熱の大地と化したミニチュア異世界エーデルランドを見てみた。
元は石造りの綺麗な町並みだったのだろうと想像できる場所は、今や悲鳴と嗚咽が支配する絶望の中心地となっている。
そんな中──。
『みんな! 諦めるな! この閃光の勇者リバーサイド・リングがいる限り、希望の光は潰えない!』
威風堂々と、派手な装飾の鎧を着た青年が雄叫びをあげていた。
勇者? 俺以外にもいるのか。
ステアップ上昇に飽きて、ラノベを読みふけっている幼女様に聞いてみよう。
「あの、フリン。この勇者リバーサイド・リングさんって何者?」
「えーっと、おじいさまが選んだ前の勇者さん」
なんだ……それじゃあ、このまま放置していても、ある程度は平気なんじゃないか。
何と言っても勇者だ。
人類をまとめ上げ、どんな苦行にも立ち向かう存在。
元からそんな人がいるのなら、俺が出張らなくても平気だろう。
「あ、でも映司と同じように、適当にダーツ投げて決めたから微妙な人です」
「お前の大雑把さはお爺さん譲りか!」
「でへへ」
い、いや、でも勇者は勇者だ。
このまま時間が進めば、この大惨事の異世界も何とかしてくれるのでは。
「フリン、異世界の時間って操作できるか?」
「うん、さっきのステータスみたいな感じでポチポチいけます」
システムがシンプルだな、異世界。
「それじゃあ、さっきの勇者を信じて、異世界の時間を進めて復興を待ってみるのはどうだろう」
決して、俺自身が行くのが面倒なわけではない。
人を信じる心だ。
うん、そう。
俺は同じ勇者として、閃光の勇者リバーサイド・リングを信じたのだ。
あ、ここネット通販が届くなら、レンタルDVDいけないかな。
まだ新作のアメコミ映画を観ていない。
「俺は……閃光の勇者リバーサイド・リングを信じる!」
* * * * * * * *
約二時間が経過した。
「アイアイマン格好よかったです!」
「俺は誠実なキャプテンコメリカも渋くて好きだな~」
フリンとDVDを見終わった。
2人は満足感を得て背伸び。
やっぱりアクション映画はこういうものに限る。
軽い柔軟も兼ねて、首を回したりしている時にソレが視界に入った。
「なぁ、フリン」
「何ですか? キャプテン映司マン」
「いや、異世界の時間って、もしかしてテープ貼って動かし続けた?」
「はい!」
はい、じゃないが……。
異世界の時間は5000年進んでいた。
* * * * * * * *
俺は、嫌々ながら5000年経った異世界エーデルランドの大地に立っていた。
さすがに時代が変化しすぎて、ファンタジーの欠片も無い。
倒壊した近代的なビルに、鋪装が剥がれて土がむき出しになった地面。
空は塵が舞い上がり、空気はよどんでいた。
一言でいうと──。
「なんだこの世紀末……」
閃光の勇者リバーサイド・リングはどうしたのだろうか。
5000年前から子孫を残しつつ、平和な世界を作っていく的なサーガを築いてきたのではないのか。
確か、この世界に勇者の鎧を着た子孫らしき反応があったので、その付近に下ろしてもらったはずだ。
それが正しければ、この近くに……。
「ヒャッハー! おい、そこのモヤシファッキン野郎! 金目の物を置いていけぇ!」
モヒカン頭で威風堂々と、派手な装飾の鎧を着た青年が雄叫びをあげていた。
……いや、まさかね。
「この漆黒の拳王リバーサイド・リング274世に逆らうと生きていけねぇぞ!」
革パンに変なトゲ付き肩パット。
入れ墨で『オレ様が神だ』と書いてある。
そんな人物が勇者っぽい名前を名乗っている。
俺は若干の罪悪感と現実逃避で目を逸らした。
「あ、あの。つかぬ事をお伺いしますが、リバーサイド・リング様は勇者の家系ですか?」
関わり合いたくないが、一応は聞いておく。
相変わらず目は逸らしたままだ。
何か色々恐いし。
「んアァン? ユゥージャャダァー? ズゥッケァンナグォラァ!」
言葉がおかしい。
この世界の瘴気にでもやられてしまったのだろうか。
現実世界の不良もこんな感じだけど、きっと同じ症状だ。
「大昔はなぁ……勇者だか何だかやってたらしいが、神の加護が消えただかで一族は全世界から恨まれ迫害されたのさ……」
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいDVD視聴ですっかり忘れてごめんなさい。
あ、高画質なBD版にしておけば良かったかもしれない。
「そこで悟ったらしいぜ。力こそ全て、力で頂点を取ればいいとな……」
悪墜ちしちゃったよ……。
「その後、剣を捨てて血の滲むような努力を重ねて……拳を磨いた」
「あの、剣の方が強いのでは?」
つい口に出てしまった。
そして、リバーサイド・リングさんと目が合った。
勇者の邂逅というやつだろうか。
何か通じ合うモノが──。
「……おメェはゴロス!!」
何も考えていないので、通じ合うことは出来なかったらしい。
彼は、どう見ても勇者とは思えないような、丸太のような太い腕を振り回してくる。
恐い!
血管が浮き出まくった怒りの表情も、剣と拳の戦力差に気が付いたけど引き下がれない的な涙目も恐い!
「ちょ、ちょーっと話し合いませんか!?」
「うるさい! 問答無用!」
……よし!
表面上は制止したぞ!
これで、俺のチート能力を試して倒しても文句を言われないだろう。
倒してしまってもかまわんのだろう?
「では、勝負といきますか」
フリンが面倒臭がって、ステ上昇をテープで固定しっぱなしだったので恐ろしい事になっている。
まさかのステータス6桁。
もはやステータスというより、戦闘力だ。
俺は、一番ランクが低い聖属性の浄化魔法を、頭の中で構築する。
この魔法は、相手の邪気に応じて浄化効果を与える事ができる。
実態のない悪霊などに大ダメージを与える事ができて、ただの悪人の類に使うと戦意喪失程度の精神的ダメージも与える事ができる……と取説に書いてあった。
「聖なる光よ、邪念を浄化せよ! バニッシュ!」
それっぽい呪文を言ってみた、恥ずかしい。
「ぐぅわーッ!?」
俺から放たれた白い閃光は、リバーサイド・リングに命中すると花火のように弾け散った。
そして彼はそのまま倒れてしまった。
「最弱でこの効果か……」
俺は気が付いた。
この呪文を放つとき、上がりすぎたステータスのためか、ターゲット方向を全世界へ向けられる事に。
もしかしたら、これで悪人だけを倒してしまえば速攻で元の世界へ戻れるのではないだろうか?
正直、全世界をまわって自伝20巻分くらいの大長編になるかな~と心配していたのだ。
一発で終わるのなら、これほど楽な事は無い。
「よし!」
俺は頭の中で最大級のバニッシュを構築し、そのターゲットを人類全てに向けた。
これでも1割のMP消費すらない。
フリンの大雑把さに感謝だ。
「聖なる光よ、世界中の邪念を浄化せよ! バニッシュ・デイ!」
* * * * * * * *
俺は、フリンがいる白い部屋へ戻ってきていた。
人類の犯罪率を0%にしたからだ。
「あの、フリン……」
俺は、フリンに向かって手を伸ばそうとするが、そそくさと逃げられてしまった。
相手の表情は、信じられないと言った感じでどん引きだ。
「いや、その……この世に悪があるとすれば、それは人の心と言った方もいてだな」
「滅びちゃいました……」
ぽつりと呟かれた。
非常に心が痛い。
まさか、俺も17歳にして世界を滅ぼすという大イベントを経験するとは思わなかった。
あの時放った浄化魔法は、上がりすぎたステータスのせいで1ミリでも悪の心があったら反応してしまったらしい。
「まぁ……ええと……」
何か言い訳を……幼女相手なら口で優位に立つなんて楽勝だろう。
だけど、今回は素直に俺の方が悪い。
幼女と言えど、レディであり、1人の人間である。
いや、1人の神か。
「ごめん」
「謝ってくれたならいいです……」
というか、冷静に考えるとやった事が重すぎ──。
「リセットして、おじいさまから受け継いだ時の状態に戻しますから」
「え、それってみんな生き返る?」
「はい」
危ない、セーフだセーフ!
もし、このままなんて事になったら寝覚めが悪いとかいうレベルじゃなかった。
鬱展開に突入してしまうところだった。
「まぁ、おじいさまからは、絶対にやらない方が良いと言われましたけど。何か良くない事が起きるとか言っていたです」
そんな不吉な事を言いつつ、フリンは指を大きく振り上げてから、一直線に下ろした。
「えい、リセット」
薄汚れた泥団子みたいな星は、元の青く美しい異世界エーデルランドへと戻った。
まだ、初期のキノコ雲連発も無い状態だ。
拡大した衛星写真的なものでも確認する。
石畳が敷き詰められた街は、衛兵達がノンビリと警備して、冒険者達がギルドに集まり、露天で商人達が果物を売っている。
勇者リバーサイド・リングも落ちぶれていない。
「あのさ、フリン……」
元はと言えば、俺がフリンと出会って異世界が半壊したからてんてこ舞いになったし、時間を進めすぎたりチートを使ってさらに悪化したのだ。
「俺、さ……」
明らかに、俺は関わらない方が良い。
「元の世界に帰った方がいいと思うんだ」
フリンは意表を突かれたような驚きの表情で見詰めてくる。
「帰っちゃうんですか?」
「うん。俺なんかより、フリンのお爺ちゃんと相談しながら異世界を運営した方がいい」
涙が見えた。
フリンは年相応の、幼女の表情に戻っていた。
「おじいさま、すごく遠くへいってしまいました……後は頼むと言って……」
その顔を見られたくないのか、背を向けてしまった。
だが、肩はプルプルと震えていて、ツインテールも揺れていた。
声だけは気付かれまいと気丈に振る舞って。
「わかりました。後は私1人でなんとかします。映画と本、楽しかったです」
そういえば、この子は1人なのか。
映画を一緒に観た時は、一緒にワイワイ盛り上がって楽しんでくれていた。
異世界の事を何だかんだ話し合ったり……。
いや、それは俺の視点か。
フリンの見る世界。
たぶん、ずっと一緒にいたお爺さんが死んで孤独になってしまった。
大切な人が消え、誰もいないこの空間に幼いフリンだけ。
そんな状態で、他人の俺を呼び出して頼った。
幼い独りぼっちの子供が、だ。
──そして俺が居なくなったら、その状態にまた戻るのだろう。
「お、おう」
「さよならです。そこの転移陣に乗れば元の場所に戻れます」
ふと、妹の事を思い出した。
あいつも、本当に寂しい時は我慢して何も言わなかった。
「なぁ、持って帰りたいものがあるんだけど、転移陣ってそういうのは平気?」
「はい、DVDでも本でも、触れているものなら有機物でも無機物でも何でも平気です」
「そっか」
──寂しさとは、人生における病気のようなものである。
一発で治る特効薬は無く、進行を停滞させる事しか出来ない。
だが、本人以外の誰しもが薬になり得る。
ただほんのちょっとだけ、愛情という薬をお互いに分け合うだけで根絶できる素敵な病気だ。
俺は、背を向けっぱなしの幼女様の手を掴んだ。
そして、振り返り驚いたその顔に、にっこりと笑顔を向けた。
【異世界エーデルランド】
【現在、序列集計中──】
【初期ユニット獲得】
【目覚めたる者 尾頭映司】
【傾国幼女 フリン】




