18話 幸福は義務です(市民、あなたは幸福ですか?)
俺──尾頭映司には言ってみたいセリフがいくつかある。
その中でも上位に……いや、上位には入らない。
だけど、ちょっと言ってみたいな~。
よし、言ってみよう! 的なセリフというものは誰しもあるだろう。
急に眼が眩んだ時のアレとか、浮遊大陸を破壊する時のアレとか。
「ここに柱は無いぞ」
ベルグに冷静に返されてしまった。
確かにそうだ。
ここはビックリするほどにSF的な世界。
この場所も、どこの宇宙センターだという近代的な設備で、オマケに無駄な光沢を放つメタリック鏡面仕様で天井も高い。
異世界アダイベルグを一言で伝えるなら、近未来ディストピアだった。
こっそりと街へ潜入しても、死んだような顔で同じユニフォームを着て働く人々ばかりが目に付いた。
それを監視する、ベルグと同じ様な格好をしたロボット達。
配給されるのは水と、茶色いペースト状の味無し食料。
オマケに、それを受け取るためにはベルグを褒め称える言葉を伝えなければいけないという。
私は、ベルグ様に管理されて幸福です! という感じに。
人間達の住居は、コンテナのようなものでインテリア等は皆無。
恋愛も規制され、必要以上な異性との接触は重犯罪で処理される。
俺は、他国の事で口を出すのは良くないんじゃないかな~というフワッとしたスタンスだった。
だが、この現状を見て考えを改めた。
「おい、ベルグ」
目の前の鋼鉄の甲冑……ではなく、動力パイプとかカメラのレンズとかが見えるのを察するとロボットなのだろうか。
そんな存在のベルグを睨み付ける。
「この世界には対スカイネットのレジスタンスがいないから教えてやるよ」
俺は心の全てを、気迫と共に言葉として吐き出す。
「──食い物が不味すぎる、絶対にお前は許せん」
「く、くくく……何を言っている。お前ら人間共に完璧な栄養を与えて育てているではないか。それで何が不満か?」
「不味い食い物だとな……毎日がつまらねーんだよ……。無事に転移させた、この世界の人達の顔を見ればわかる」
完璧に人間を見下した、異世界の支配者。
これはもう、価値観の違いというやつで話し合っても無駄だと悟ってしまった。
俺は膨大な魔力を練り上げ、右手へ集め始める。
「く、くそっ!? オタル、盾になれ! 同族なら攻撃できまい!」
「仰せのままに」
力量差を感じたのか、ベルグは少女──オタルを両手で拘束し前面の盾とした。
その長く艶やかな髪や、胸も無く薄い体型は、まさに哀れな人質少女としてはうってつけの図だ。
だが、不思議な事にオタルは抵抗もせず、人形のように美しい顔も平常心を保ったままだった。
このまま右手から魔法を放てば、オタルもろともになってしまうだろう。
「こ、降伏しろ! 要塞を潰している狼も止めさせろ!」
俺は、そのまま魔力を複雑に練り上げていく。
フェリを相手にしたのと同じように……いや、威力は下げておこう。
アレと同じだと周辺が吹き飛んで建物の下敷きになってしまう。
「悪いな、嘘を吐かれた狼少女は機嫌が悪いようだ。だけど、騙したあんたが悪い」
「し、知らん。我は知らんぞ!」
知らない振りだろうか? まぁ、今はそんな判断をしている時間も無い。
ただ右手からバニシュを打ち出すのみ。
「なっ、貴様ぁ!?」
俺の右腕から打ち放たれた白光の直線は、オタルの眼前に迫る。
刹那──直角に曲がり対象を失った。
「なん……で……?」
当たらなかった事に表情を焦りに変化させるオタル。
……もしかして、この子。
バニシュはさらに方向を変化させ、ベルグの背中に直撃した。
「ぐあぁっ!?」
「その子を巻き込まないように威力は落としておいた」
さすがに人質ごと打ち抜くとか、三文芝居の悪役みたいな真似は無理だ。
後はオタルを安全な場所に──。
だが、無常にもベルグの手はオタルを掴んだまま。
しまったな……。
もうハッタリも効かないかもしれないし、弱みとしてそのまま使われる可能性が高い。
一手を誤ったかも知れない。
だが、ふとベルグの表情が険しさを消した。
「オタル、なぜ逃げようとしなかった? 抵抗しなかった?」
「べ、ベルグ様が決めた役割、その存在意義にどうして逆らう事が出来ましょうか……」
オタルの声は若干震えていて、その意思とは別に本能で怯えきっているのが手に取るように分かる。
「……オタル、お前は幸福だったか?」
唐突に優しい声音。
オタルは、それに答えるかのように無理やり震えを止め、精一杯はにかんだ笑顔を見せた。
「それはベルグ様が決める事で御座います」
緩むベルグの手が見えた。
そして、オタルの背中を俺の方向へ押した。
「それなら自分で決めろ、行け」
ゆっくりと、後ろ髪を引かれるようにだが一歩一歩、自分の足で進むオタル。
俺は2人の関係に付いては、深くは知るところではない。
それを見守っている事しか出来なかった。
ベルグから距離を離したオタル。
後方の出口へ移動しようと、俺と交差した時に耳打ちをしてきた。
「はぁ……そういう事か」
俺はその内容を聞いて馬鹿馬鹿しくなったが、いつもの巻き込まれに慣れてしまったので最後まで付き合う事にした。
そんな事をつゆとも知らず、一対一の状態になったベルグは戦いに備えて睨みを利かせていた。
「人間、お前の名前は?」
「映司。尾頭映司だ」
ヒシヒシと感じる闘気。
これは覚悟した者が持つ独特の雰囲気だ。
「そうか……オズエイジよ。お前の同族、オタルを頼む……だが」
一瞬にして闘気がふくれ上がる──いや、身体も巨大にふくれ上がっていく。
ベルグは見る間に身長5メートル程の鉄巨人へと変貌した。
室内の天井が高かったのはこのためだったのか。
「でけぇ……」
「我らが巨人と呼ばれる由縁がこれよ! 一矢報いてから鉄くずとなろう! さぁ! さぁさぁさぁ!」
戦って散りたいという気持ち、男なら分からない事も無い。
これに付き合わず、恥をかかせる事など出来ようか?
どんな相手でも、そんな無礼は出来ない。
「わかった。戦ろうか」
だが次の瞬間、俺は驚きの表情で固まった。
ベルグが持ち出したのは、背中に固定されていたであろう巨大なマシンガンとロングレンジカノン。
オマケに胴体のレンズらしきものが異常なほど白光している。
そういえば忘れていた。
ここ世界観がファンタジーじゃなくてSF。
ジャンルはハイスピードメカアクションとか付きそうな勢い──。
「じょ、冗談じゃ」
俺の声は鉛玉とレーザー砲によってかき消された。
無常に襲いかかる暴力の嵐。
鋼鉄の床は弾け飛び、壁はひしゃげ、ハイテク設備は飴のように溶けていた。
そんな時間が数十秒。
あらゆるモノを破壊、攪拌した影響か、辺りは様々な元固体だったものが煙幕として漂っていた。
臭いもかなりケミカルだろう。
それを吸い込まないように、俺は言った。
「次はこっちの番だな」
フリンの加護のお陰で、物理的な攻撃に対して耐性を得て無傷だった。
さすがにレーザーはびびったが、どうやらそれすらも無効可能という常識外れのステータスらしい。
反撃とばかりに、右手を相手へ向ける。
バニシュと同じように魔力を集めるが、今回は浄化魔法でも鎮圧魔法でも無い。
──初の攻撃魔法だ。
「我の対エーテル装甲を貫けるかな? 鉄巨人と呼ばれる由縁は、このエーテルを著しく軽減させる絶対装甲にある!」
貫くイメージ。
属性は──自然と雷が浮かんでくる。
雷……槍……、有名所の武器といえばアレだな。
力が形となり、突きだした右手の先に極大魔法の兆しが現れる。
広範囲の攻撃はいらない……一点集中の魔力、一撃必殺の精神、一気呵成の意思!
雷鳴と共に現れる白銀の神槍グングニルの様に。
「貫け、サンダー!」
我ながらネーミングセンスがしょぼい。
だが、その名とは不釣り合いな轟音と共に稲光を纏い、神槍のようなそれはベルグの装甲を硝子細工のように打ち砕く。
「ぐはっ……見事だ」
ついでに、後ろの壁とかも貫通して、遠くの建物や山々までに穴を開けてしまっているのが見えた……ような気がするが見なかった事にした。
* * * * * * * *
「オズエイジ……なぜ我を殺さない」
俺は、ベルグに手の平を当てて治療魔法を施していた。
いや、手加減して撃ったとはいえ、身体の一部が炭化していたために蘇生魔法に近かったが。
それでも巨人族というモノの頑丈さには感心してしまう。
「あの子──オタルに頼まれた」
「オタルにだと?」
すれ違い様に言われた事。
狼を騙したのは自分で、本人に謝りに行くからベルグ様は許して欲しい、と。
……もちろん嘘という可能性も大きいだろう。
だが、一概にそう判断してしまうのも出来ない。
「なぜお前は……それを信じた?」
ふと脳裏に過ぎる。
──種族は違えど、親子みたいに見えていたから。
そう素直に思った事を飲み込み、他の言葉を伝えた。
「さぁな。だけど、失ってしまったら命は戻って来ない。本当だったら、あの子が悲しむじゃないか」
どうして素直に伝えなかったのか。
なぜかは分からない。
たぶん意味を見いだすのは難しいだろう。
だが、疑問が残った。
オタルという少女は、なぜこんな事をしたのか?
俺はよく知らないが、フェリは恐れられている存在なのだ。
それをわかりやすい嘘で騙して、あからさまに報復されるようなシチュエーションを取った。
「ん~、スッキリした!」
「ええと、皆様……このオタルのせいでお手を煩わせました」
いつの間にか入り口から入ってきていたフェリとオタル。
二人の表情から汲み取るに、和解は済ませたのだろうか。
「やっぱり数千体も敵を倒すと爽快感あるね!」
「俺、思うんだ。フェリは誤解されてるというか、本当に恐いだけなんじゃ」
「いやいやいや! エイジ! 戦うのは楽しいけど、自分からはそんなに、たぶんそんなに仕掛けたりはしないし!」
フェリは機嫌良さそうな顔で、両手をブンブン振って否定している。
大体こういう事を言うのは戦闘狂……俺知ってるもん。
「オタル……だっけ、君はどうしてこんな事をしたんだ?」
フェリの上機嫌が恐いので、さっさと本題に入ってしまおう。
「そうですね。簡単に言うと馬鹿で間抜けなベルグ様のためです」
「お、オタルよ……今なんと……」
「馬鹿で間抜けです。前々から思っていました」
オタルは、ベルグの反応を気にせずそのまま淡々と続ける。
「アダイベルグを良くしようと思っているのに、悪い部分は全て愚民共のせい、と切り捨てる矮小な存在。異世界序列で評価されないのは、全て周りが悪い。そんなダメダメなベルグ様の目を覚まさせるショック療法です」
「えーと、つまり……そのために俺達に攻め込まれるような事をしたと?」
「はい」
まだ幼い少女は臆せずに答えた。
「ベルグ様の代わりに、フェリ様に嘘を吐いたのもそのためです。申し訳ありませんでした」
その幼さに似合わず、礼儀を持って深々と一礼。
「慈悲心を頂けるのなら、この鉄くずにも劣る自身の──オタルの命を持って手打ちにして貰えると有り難い限りです」
「いや~、謝ってくれたしもういいよ~。許す、許しちゃう!」
フェリさん軽い……早朝は異世界を滅ぼすとかどの口で言っていたのか。
スッキリとした顔で、騙された事を流してしまっていた。
強大な力を持つモノに取っては、滅びる滅びないとかは存外、その程度のものなのかも知れない。
「あと、ベルグ様は鉄巨人ぶっていますが、本当は鉄巨人に憧れているただの巨人です」
「ん? どういうこと?」
俺には鉄巨人も巨人も区別が付かない。
何かロボット的で大きくなるのが今回の鉄巨人ベルグという認識だ。
「金属部分は全部着込んでるだけです。中身は生身です。段ボール着てロボットごっこしてる大のオトナみたいなものです」
「なるほど、俺が治療したのは生体部品とかではなかったという事か」
「な……!? 我の秘密をバラすとは!?」
「いいじゃないですか、格好悪いですし」
相当なショックを受けたらしく、ベルグは落ち込み……負のオーラで黙り込んでしまった。
俺にも経験があるが、何かしらの拘りみたいなものを全否定されるとつらいものがあるのだろう。
ちょっとだけ同情してしまう。
「というわけで、このロボットごっこ遊びに憧れて……作っちゃった異世界を占領してもらって、ある程度まともにしてもらえたらと思った次第です」
「え、あの、話が急すぎて」
「ベルグ様は黙っててください」
「……はい」
自慢のロボット鎧やら、プライドやらを今日だけで打ち砕かれまくったベルグ。
娘に叱られる父親のように威厳はゼロになってしまっている。
「大体、何ですかこのディストピアは。誰が特をするんですか。こんなのだから異世界序列で万年最下位だったんですよ」
「い、いや、クールかなって」
「いいですか? お話で見ていて楽しい異世界と、実際に住みやすい異世界は違います。ベルグ様デザインの近未来風カプセルベッドとか寝返りうてなくて最悪ですよ?」
「我にそこまで言わなくても……オタル、キャラ変わりすぎじゃないか……」
「言っても、唐変木でデクノボウなオイルギタギタゲーハー頭では聞かなかったでしょう? あ、ちなみにこれも馬鹿にする言葉でした」
俺は逃げたくなった。
親子げんかに巻き込まれた他人というのは、きっとこういう気分なのだろう。
「オタルとベルグ、お互いに話し合う機会が持てたようで何より。……それじゃ帰るんで!」
「待ってください、映司様」
おたる からは にげられない。
「ちゃんと攻め込んだ責任を取って占領してください。うちのロボオタクベルグは一極集中で都市を造っていたので、この周辺以外には手付かずの資源がだだあまりです。食料なども損失を補填出来るでしょう」
「なにこの強制イベント……」
「──ちなみに、このオタル自身は都合の良い無責任愛人ポジションで大丈夫です」
オタルはニッコリと言い放った。
そんなこんなで俺は、追加で異世界アダイベルグと……爆弾を手に入れさせられた。
【異世界エーデルランド】
【現在、異世界序列97627位→53381位】
【領地獲得】
【異世界アダイベルグ】
【ユニット獲得】
【自称鉄巨人ベルグ】
【自称愛人オタル】




