15話 その名は──フェリ(偽名)
「たっだいま~」
転移陣を通り、我が尾頭家へ辿り着いた。
時計を見ると、こちらの時間は夜中となっていた。
リビングではパジャマ姿のフリンと、風璃がテレビゲームを楽しんでいた。
「あ、映司お兄ちゃんおかえり~。コンビニ行ったからご飯買ってきておいたよ」
「ふぁ~あ、おかえりです~」
どうやら睡魔を我慢して待ってくれていたのか、夜中に慣れていないフリンは若干おねむのようだ。
欠伸を噛み殺しながら、口に手を当てている。
だが、俺に続いて出てきた存在を認識すると、眠気を吹き飛ばして覚醒した。
「おじゃましまーす……。あ、靴脱ぐ? 脱いだ方が良いよね……」
歩く世界災害──今は借りてきた猫、もとい借りてきた狼のようになっている。
他人の家にあがるというのは抵抗があるのだろうか。
「あれ? 映司お兄ちゃん、その人は?」
「好みのタイプだったから家にご招待した」
「え、映司いいいいい!? それダメ、それだめぇぇぇええ!!」
何かフリンが面白いリアクションをしている。
もしかしてアレか。
俺が取られちゃうのがショックみたいな、そんな可愛い嫉妬か。
『夜分遅くに失礼します。こちらはクロノスですが、何か変な反応を捕らえたもので一応確認に……』
急に浮かぶウインドウが現れ、苦労人クロノスさんが表示されていた。
何だろう? フリンの時みたいに手続きだろうか。
色々管理してるクロノスさんは大変だなぁ。
「えーっと、1人連れてきちゃいました」
『はは、そうですか……ところで、その後ろに見え……ひぎいぃぃぃいいいい!? その方はあああああ!?』
こっちまで面白リアクションを取っている。
何だろう、訳が分からない。
「あの……やっぱりワタシ帰った方が……」
「いや、俺が招待したんだ。クロノスさん、問題無いよね?」
うむむ、と苦悶の表情を浮かべるクロノスさん。
しばらく考えた後、何かに気が付いたように目を見開いた。
『そうだ、私は何も知りません。知らない人の居住を受け入れるだけです。ええと、そこの方のお名前は──』
「ワタシはフェンリ──」
『フェリさんですね! フェリさん! そうです、あなたはフェリさんです! その名前でいきましょう! はい、決定!』
すごい慌てようとテンションだ。
何か名前もどこかで聞いたことあるような感じだが……気のせいだろう。
『フェリさん、いいですか? 居住は許可しますが、いきなり地球に住む神々を食い殺したりしないでくださいね?』
「うん、たぶんしない」
『録音しましたよ! カセットテープとMDとICレコーダーで録音しましたよ! 絶対ですよ! では、これにて終了ですおやすみなさい! ……胃薬どこだったかな』
そこで通信がプツンと切れた。
何かまた悪い事をしてしまったような。
クロノスさん……俺は中間管理職だけは絶対に止めておこうと思う。
「ええと……エイジ……でいいのか? なんかワタシは地球に住む事になったみたいなのだが?」
「俺もビックリだ」
何だろう、この展開……。
「え、映司。フェンリ──いいえ、フェリは噛まない?」
「フェリは、意外と良い奴だから平気じゃないかな」
「で、でもエーデルランドを襲って……」
「ごめんなさい、それには訳が」
フェリは申し訳なさそうな顔をして、耳と尻尾の角度を下に向けてしまった。
感情と一緒に動く耳尻尾が気になって、ついつい触ってみたくなるが空気的にダメかもしれない。
まずは先にやることをやろう。
「よし、フェリ! 勝負の続きだ!」
「エイジ、地球では力が制限されている……解除しようと思えばできるけど、さっきの人に迷惑がかかりそう」
「ふふふ……勝負とは移り気なものよ!」
そういう事にしておこう……おいてください。
戦いでは勝てないし、全力勝負して地球が真っ二つになるギャグオチも勘弁だ。
「地球の食べ物を食べて、フェリに美味いと言わせたら勝ちという勝負はどうだ!」
「よし! 受けた!」
これなら勝算はある。
日本は食にかけてのプライドがありまくる。
どんな食べ物でも、魔改造を施してしまう日本人パワーにかかれば異世界の狼少女など容易い。
それに、苦労して異世界活動をした兄を労うために、風璃が何か代わりの食べ物を買ってきてくれているだろう。
俺が食べ損ねた上海亭のラーメンまでとはいかなくとも、何かそれクラスのものを!
──必勝、まさに必勝だ!
「風璃、俺に食べさせるはずだった愛を、このフェリへやってくれぇ」
「え、あの……映司お兄ちゃん、本当にいいの?」
「ああ、お前を信じているからなぁ!」
フェリの眼前にスッと差し出されたモノ──それは。
「カップ麺に見えるんだが、風璃」
「うん、ラーメンの代わりにカップラーメン」
「……そうか」
これでフェリが大激怒したら、あの滅茶苦茶な歩く災害が再び──。
「地球が危ない!」
「ええっ!?」
だが、ダメもとだ。
素早くお湯を沸かし、表記されてる作り方を熟読。
先にかやくを入れて、後で液体スープを入れるというシンプルだが絶対的な手順を遵守する。
たかがカップ麺、されどカップ麺。
この1手順で地球が破壊されるかもしれないのだ。
お湯が沸く頃には、スマートフォンを使って秒単位で時間管理が出来るようにしておく。
──かやくとお湯を入れて三分後。
銀色のフタをスピーディに取り去り、切り口を作っておいた液体スープをスッと流し入れる。
その時間、わずか1秒。
これがカップ麺の鮮度を分ける。
「すごい……パサパサに乾燥してたのに、お湯を入れて3分で」
フェリは興味を持ったのか、眼をキラキラさせて楽しんでいた。
俺はそれを横目に、箸でグルッと麺をほぐすと同時にスープを浸透させる。
そして、あの一言で完成だ。
「おあがりよ!」
これを言っておけば大抵は美味しくなる。
あと、急に服が脱げたりする。
「い、頂きます……」
フェリは未知の物として観察していた。
昔ながらの醤油ラーメンと書いているパッケージ。
たぶん、そこから読み取れるものはないだろう。
だから自然と香りが先行する。
食欲を誘う、程よい醤油の香り。
それと同時に襲いかかる視覚。
ラーメンという海に浮かぶ少量の香味油が反射し、漂う麺に色気を与える。
それによって薄っぺらなチャーシューすら絶世の存在に姿を変える。
ゴクリと息を飲み、手に持った箸をチャプリと沈める。
ツッと一口分の麺を絡め、引き上げるとそこには黄金のロードが出来ていた。
そして、スープが絡まったそれを味覚の集中する場所──舌の上へと運ぶ。
瞬間、フェリの表情が変わった。
すする。
そのまま一気にすすり上げる。
フェリの満面の笑みを見て確信した。
地球は救われた。
「風璃、これ……なんですか?」
「フリンちゃん、あたしにも分からない……」
【異世界エーデルランド】
【現在、異世界序列348129位→97627位】
【ユニット獲得】
【終焉をもたらす神殺し】




