160話 異世界序列の楔存在(シムワールド)
何故、世界が数多に存在するのか。
それは貴方という可能性に出会うため。
何故、空に暗雲あって、雷鳴で脅かすのか。
それは何かを守る事を教えてくれるため。
何故、海に太陽沈み、世界を昏く染めるのか。
それはまた明日誰かと微笑み合うため。
何故、大地の草花が色付いてゆくのか。
それは人々の心を彩りで飾ってくれるため。
その眼は大切な人を見つめるため、その足は大切な人と歩むため、その手は大切な人と繋ぐため。
貴方は教えてくれました。
そして、私は囀るのです。
紛い物の『幸せの青い鳥』として、いつかのどこかから、ずっと傍らで。
映司、貴方と歌うために。
だって、貴方は──私に愛をくれた大切な人だから。
過去より近く、未来より遠く、現在より高く。
この願いを届けましょう──。
* * * * * * * *
「ワタシを殺して。せめて旅の終わりはエイジの手で」
「フェリは、フェンリルは──オーディンの俺を殺すんじゃなかったのかよ! 諦めるのかよ!」
「好きだから殺したくない……。好きだから──せめてその手で殺されたい」
俺は覚悟を決めた。
一つしか無い大切なモノを生贄に捧げる事を。
「俺は──フェリを殺さない。オーディンはフェンリルを殺さない! だって──」
「そう、それならワタシが……殺すしか……ない……」
俺は、フェリを抱き締めた。
力一杯、強がっている愛しい少女を。
「──だって、もう俺はフェリの魅力に殺されていたのだから」
「……バカ。冗談でもそんな事を言われちゃったら、テュールからもらった勇気のルーンの効果が切れちゃうよ……」
「冗談じゃ無い、本気だ」
俺は、一度目に未来のフリンからもらっていたモノを生贄に捧げた。
黒き加護に選択肢を介入させるためだけの能力。
とても弱く、とても小さく、生まれたばかりのひな鳥、紛い物の『幸せの青い鳥』のような──未来のフリンの白き加護。
「白い光が……」
俺から優しいエーテルが溢れだしてくる。
人でも巨人でもオーディンでもない、何かの力。
「ついでにこれも生贄だ」
ランドグリーズに仕込まれていた黒き加護。
光と闇が混ざり合い、光陰となる。
シィから聞いた伝承──『光陰の魂』というやつかもしれない。
使ったら、昔の依代と同等の報い──寿命の消失を受けるのだろう。
「これでフェリを縛っている運命の鎖を撃ち砕く。なぁに、何も心配はいらないさ」
フェリに嘘を吐いた。
前に約束した。
彼女に嘘を吐いたら、殺されてしまうという他愛も無い冗談。
まさか本当になるとは思わなかった。
狂気とコメディは紙一重という事だろうか。
「エイジ、昏い笑いをしてるよ? ダメだよ、分かっちゃうもん……」
フェリは身体を離して、そっと俺の手を握りしめた。
「だからワタシも一緒にやる。死ぬのなら一緒が良い」
その手にあったのは、マントの留め金に刻まれたテュールの遺志。
意味は勇気──それと戦略、勝利。
フェリが使っていた死への勇気よりは、後の二つの方がおあつらえ向きかもしれない。
このくだらない、戦略とも呼べないものへの勝利を。
優しき軍神、力を貸してくれ。
「今から生成される『光陰の矢』で、自分自身を撃ち抜く事になるけど良いか?」
「構わない。エイジが女の子のために本気出したらすごいって知ってるもん」
「ああ、そうだな。それじゃあ、女の子のために……。いや、フェリのためにだけに──本気出す!」
二人の握りしめられた手の中から生み出された、運命殺しすら成し遂げるエーテルを練り上げ、その古き記録から弓矢の形にした。
「光陰、矢の如し──」
俺は弓矢の形になった光陰入り交じった何かを構えようとするも、槍以外の武器の扱いにはなれていない事を思い出した。
手間取っていると、フェリが意地悪そうに笑いながら。
「エイジなら矢じゃなくて──」
いつもの気が抜けてしまうような提案。
こんな時なのに形から入る。
どうやら二人は変な所で似ているらしい。
「確かにそうだな」
「うん、エイジにはそれが似合う」
光陰は形を変えて、徐々に先端のとがった一本の棒へ。
弓を失った矢と大差無いが、俺には分かった。
その形は『必中せし魂響の神槍』だ。
それを二人で握りしめ、共同作業として──。
「愛してるよ、フェリ」
「ワタシも愛してる、エイジ」
フリンの白き加護、ヴィーザルの黒き加護、テュールのルーン──。
「絶対勝利、ただ其れだけの為、巫女の予言を切り拓く楔と成れ。終焉をもたらす狼と、四人目の主神の名において──我放つ──」
全てを捧げて──。
「──『光陰、槍の如し』!!」
異世界序列すべてを貫く様に──投げ放つ。
絶対命中の能力でフェリの運命を指定。
こちらへ戻ってくる槍のキセキは、フェリと最初に出会った時に放ったコースに似ている。
だけど、今度は後ろ向きでは無く、前向きだ。
「──『運命の鎖を撃ち砕け』!!」
無垢なる光と、何者も染めようとする陰がフェリに向かう。
貫く瞬間、軍神のルーンが二つを混ぜ合わせ、調和させる。
フェリの身体を通過──。
消え去る光陰。
フェリは外見的には傷も無く、エーテルも無事だ。
「……フェリ、俺の事を見てどう思う……まだ殺したい気持ちが沸いてくるか?」
俺は一世一代の気持ちで問い掛けた。
ちゃんと出来たという保証はどこにもない。
もしかしたら、このままフェリに殺されるかも知れない。
これでダメだったらもう打つ手は──。
「ワタシ──フェリは……エイジと結婚したい気持ちでいっぱいだよ」
「え、ちょっと!?」
突然、フェリは飛びついてきた。
そして、唇に柔らかい感触。
「んんんん!?」
俺は理解が追いつかない。
順序、物事には順序というものがあると思う。
いきなりプロポーズされた後にファーストキスとか──。
「ぷはっ、エイジ。答えは?」
息が出来なくなるくらいキスした後、やっと唇を解放してくれた。
「そんなの決まってるだろ。だって──」
今度は俺から抱き寄せる。
「この異世界序列があるのは、きっと君と出会うためだったんだから」
吐息がかかる距離まで顔を近づけた。
「俺の運命は、既にフェリの魅力に殺されていたよ」
俺からの答えは口付け。
受け入れたフェリは、うれし涙を見せてくれた。
……そして、後で気が付いた。
この周辺は全異世界序列に覗かれていた事を。
俺は──フェリから無理やり舌を入れられ、相応に童貞高校生としてジタバタしていた。
* * * * * * * *
「──というノロケ映像を毎日流されている身にもなってください、映司様」
「いいじゃない。オタルのエーデルランドに映像の権利があって、お金やら何やらガッポガッポでしょ?」
シィが持ってきた水晶玉による、俺とフェリの物語の録画映像。
どうやら幅広く流通しているらしい。
尾頭家のリビングが何やらピンク色というか、修羅場色というか……。
「それにしても、良くこんな屁理屈が通ったよね。映司お兄ちゃん」
風璃が言うのは、たぶんフェンリルがオーディンを殺したという解釈の部分だろう。
「フェリちゃんの魅力に、オーディンは殺された。はい、主神は死んだ廃業。って、そんなのでよかったの?」
「どうだろうな、俺もその場のノリが大きかったから分からない」
未来のフリンの事は話していない。
俺だけに密かに見えていたのは、何か理由があっての事だろう。
ずっと最初から、横に居た幸せの青い鳥。
このためにフリンが送っていてくれたのかも知れない。
「まぁ、あまりの馬鹿馬鹿しさでどうでもよくなっちゃったんじゃないですか。映司様とフェンリルのラブラブっぷりで」
機嫌の悪いオタル。
何故だろう、何かしてしまったのだろうか。
「不思議そうな顔をしていますね、映司様」
「え、あ、うん……」
「シィの地下研究室に手紙があって、エーデルランドの管理者を私に譲るとあったのですが?」
「あれ、渡しちゃったの!?」
しまった……何かの時のためとして、書いておいて忘れていたやつだ。
元々、オタルにエーデルランドの権利を渡すというのは考えていたが、もっと波風を立たないようにと……。
「映司様。このタイミングでこんな事は、私に取ってはダブルパンチなのですが……。連続攻撃なのですが……」
「よく分からないけど、すまん! で、でもただの高校生が片手間でやるというのもあれだし、今までも一番エーデルランドの管理をしてきたのはオタルで──」
ため息を吐くオタル。
そこに、キッチンから二人の声が響く。
「エイジ、今日は藍綬と一緒に肉を焼いてみた! デザートはプリンに挑戦だ!」
「数年間のブランクはありますが、映司さんのレシピを見てがんばりました」
料理をしたことのないフェリにとって、肉はともかくプリンは難易度が高い。
それに今日は、洋菓子屋で買ってきたカスタードプリンと食べ比べるとかでハードルがさらに上がっている。
……頑張れフェリ! サポート頼む藍綬!
「はぁ……このオタル。怒っている訳では無いのです。もう夕食時なので手短に言いますが──」
「話は聞かせてもらったです! 肉です! プリンです!」
いつの間にか転移陣が開いて、そこからフリンが滑り込んでくる。
「あ、それでです。オタルの言おうとしている事も分かるです」
「うん?」
「エーデルランドは由緒正しき伝説の異世界なのです」
あのフリンが開幕半壊させた世界がだろうか……。
「あ、何ですかその胡散臭そうな目。考えても見てください。私のおじいさま──つまり初代オーディンが管理していた異世界なのですよ?」
「そういえば、そうだなぁ……」
「ずっと不動の異世界序列一位とされていて、エーテルの語源もここから来たとか来てないとか」
ずっと異世界序列一位だった……?
つまり──。
「もしかして、最初にやらかした事で一位から最下位になっていたのか?」
「そうです! あんな時間の操作とかは、特定条件や代償が無いと無理です!」
それを、ここまで復興させたというのは感慨深いものがあるな……。
「不動の異世界序列第一位、神言でいう所の──」
その元気な女神は金色のツインテールを揺らし、小さな身体で威厳いっぱいにふんぞり返りながら言った。
「異世界序列の楔存在です!」
【異世界エーデルランド】
【現在、異世界序列2位→1位】
【尾頭映司ステータス】
神言:【四人目の主神→平凡で幸せな高校生】
スキル:【賢神供物】
スキル:【完全擬態】
スキル:【戦乙女使役】
スキル:【使い魔使役】
スキル:【必滅せし魂響の神槍】
スキル:【死者の館】
【ユニット更新:旅路を共に歩む者】
* * * * * * * *
巨人の王──ウートガルザロキの城。
その封印の間。
複雑な巨人族の装置が並べられ、その中心に成人がひとり入るサイズの壺のようなものがあった。
「く、くくく……まんまと私を倒して、封印しようとする気でしょうが……」
壺の中で体育座りをして、コンパクトに収まっている全裸の神──ヴィーザル。
「残念、ウートガルザロキは既に私の操り人形。まさか、悪戯の神ロキを黒き加護で操って、完全擬態ですり替わらせていたとは気付くまい」
静かな笑いを漏らす。
ウートガルザロキと、ロキ。
名前も似ているという、密かなシャレで笑っているのだ。
「ふふふ、ふははははは! 既に先読みして、この装置は私に対して発動しているように見せかけるだけになっている! 馬鹿め尾頭映司! 馬鹿め予言の巫女! 馬鹿め白き神!」
このまましばらく潜伏して、エーテルが回復した時がお前らの最後だと言わんばかりに勝ち誇る。
だが、その時──指先に何かが触れた。
「ん? 一枚の紙っぺらか?」
そこに書いてあった内容。
『装置が何故か故障してしまいそうな気がしたので、ちょっと頑丈にしておきました。──親愛なる悪戯の神ロキより』
手紙を落とした。
「どういう、事だ……」
起動し始める装置の音が、壺の中へ反響する。
「まさか、まさかまさかまさか……私に操られる前に、既に先読みしていて……」
勝ち誇っていた顔は焦燥へと変化する。
壺の内面をドンドンと叩くが、今は人間と同程度の力しか無くビクともしない。
「こんな事で私が……。ユグドラシル! ミーミル! 聞こえているんだろう!? 私を、私を助けろ!」
ヴィーザルの目の前に開く小さな立体映像。
その中のミーミルは、言葉に出さないように表情だけで冷笑っていた。
『申し訳ありませんヴィーザル様。今、世界は白き神と黒き神の力が再び混ざり合って拮抗していて、どちらかの利益になりすぎる事は簡単に出来ないのです』
「そんな馬鹿な! 私はヴィーザルだぞ!? 黒き神からの寵愛を受けた──」
『あ、友人の家へ食事の招待を受けているので、これで失礼致します』
一方的に切れる通信。
唯一の味方であるウートガルザロキ自身も、完全に本人になりきっているために、黒き加護が無い今の状態では敵対状態だ。
もはや打つ手が無くなったヴィーザル。
絶叫するしか無かった。
「ロォォォォォォキィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」




