149話 人間炭化(焼かれる身体、紡がれる意思)
「藍(愛)色の華が散りました。知っていますか? 藍は青染料として有名ですが、その花自体は意外にも、儚い恋のような淡いピンク色なんですよ。あなた方の世界での花言葉は──美しく装う、です」
「ヴィーザル、あなたが藍綬を──」
「おや、風璃さん。いつものようにちゃん付けでは呼んでくれないのですか? せっかくの手向けの言葉だというのに」
わたし──シィ=ルヴァーは見ていた。
魂が抜けたかのように動かなくなった藍綬、それを抱き抱えている風璃。
倒れているオタル、力を使いすぎて立てないフリン。
そして、それらを見下している黒き加護のヴィーザルと、座り込んでいる軍神テュール。
「さてと、次に裏切るのはあなたですか? テュール?」
「さっきは我が孫のランドグリーズの身体相手だったというのと、境遇が二人似ておってな。なぁに、俺は望む闘争と、憎き神々の滅びがあれば満足だ」
「そうですか。では、そういう事にしておきましょう」
もう誰も逆らえる者がいないという確認だろう。
現に残っているのは人間くらいだ。
神々との力の差は歴然の、最弱の種族に近い人間。
──でも、わたしは信じている。
最後の希望を。
「じゃあ、次はわたし──人間と戦ってよ。ナルシストのヴィーザルさん」
「あなたは確か……巫女の予言に縛られし魔術師シィ=ルヴァー。ナルシスト呼ばわりとは、これは頂けないですね。私の愛の何が分かるのですか?」
──わたしは信じている。
エーデルランドの住人が、オタルが、風璃が、フリンが、藍綬が紡いでくれたこの奇跡にも近い要素の数々──チャンスを。
「わたしは全てを知っている。今なら制限無く口を開けるわ。ヴィーザルという神は、フェンリルを倒すという期待を一身に背負っていた最後の希望。でも、それは異世界序列によって存在しなくなった」
「……巫女の予言による知識か。やはり私より更新された未来観測を行った後に、アレの親機を封印していたのか」
──わたしは信じている。
これまで良い行いをしてきたオズエイジを。
「そして平穏を得たあなたは、一度は黒き神に見初められる程の愛を手に入れた。……しかし、そこから都合が良すぎる世界の狂気に墜ち、自らの闘争のための舞台と、少数の愛する人に──愛される都合の良い未来を作ろうとした」
「私の過去を話すのは……少し無粋ではありませんか?」
明らかに苛立ちを覚えた感情が交じっているのがわかる。
普段のヴィーザルなら、本心では人間など虫けらのように思い、歯牙にもかけないだろう。
しかし、オタルと風璃が見せた行動によって、人間というものへ直接手を下してしまった後だ。
一度、直接の関わりを持ってしまったという事は、何かを感じ取れるようになってしまうもの。
今の状態を見て、それは神も同じだと確信した。
「確かにそれは三度目の巫女の予言では成功していた。フェンリルも、フリンも、オズエイジも黒く塗り潰され、あなたの言いなり。世界は滅びた」
「今回もそのようにして──」
「いいえ! いいえ、それは違う! オズエイジは、フリンに愛を注いで育て、フェンリルには愛を見せて孤独な旅路に寄り添った! 藍綬も、ちゃんと新しい絆を作れた!」
黒き加護のヴィーザルに向かって言い放つ。
お前は、わたし達より劣っていると宣言するように。
「だから、あなたが望んだ結果と違っている! あなたの恐怖に打ち勝ったフリンはどう? あなたの悪意にまだ抗っているフェンリルはどう? あなたの計画を裏切った藍綬はどう?」
「貴様……どうともない人間の分際で……」
いつも浮かべているヴィーザルの笑みが崩れ始めた。
「そのどうともない人間のわたしが、あなたの眼をかいくぐって様々な工作をしていたのよ。もしかして気が付かなかったの?」
「そうか……何かおかしいと思ったら巫女の予言を見ていた貴様か……。どう呪いを打ち破ったのかは知らんが──」
ヴィーザルは憤怒の表情で、雷雲の如く黒いエーテルを膨らませていく。
藍綬がヴィーザルへ一撃入れてくれたため、どんな小さなものでも不安要素は確実に消しておこうという真理が働いている。
あれがなかったら、ただの拘束という選択肢もあったはずだ。
そして教えてくれた。
フリンが生み出した奇跡のような白き加護の打ち消し効果によって、黒き加護が弱まっている今はヴィーザルへの攻撃が効くと言う事を。
「その魂の一片すら残さず消してやろう、人間! ヴィーザルの名を以て命じる──これへ放ち、焼け! 黒き炎剣よ!」
それはわたしが願っていた攻撃だった。
ヴィーザルは手に黒き剣を出現させ、それを地面に突き刺す。
その部分から極大の黒い炎が迸り、地走りながらこちらに向かってくる。
真の適正あるヴィーザルが放つそれは、フリンの黒き炎剣とは違い、生半可な威力ではない。
人体はおろか神すら一瞬にして焦がし、消滅させるだろう。
……だが──丁度良い。
もし神器を使われたら強すぎるだろうし、その腰に下げられている剣で切りつけられたら弱すぎる。
わたしの消えかかっている右手には──これくらいが丁度良い!
「主呪装、神式……解放ッ!」
もう指の第一関節くらいまでは光になってしまった。
でも、わたしの腕は、身体は、意思は残っている。
魔力も、ギリギリ博打の一回分くらいは時間経過で回復した。
「接続ぉぉおお──!!」
再びの激痛──瞬間、身体が痙攣するも気合いで押さえ込む。
もう脳を焼くような痛みの信号も、この紡がれたチャンスを前には痛くない!
痛いけど痛くない!
やせ我慢もこれで人生最後だ、いくらでも肉体を誤魔化して酷使できる。
「また何か小細工をしようというのだろうが、無駄だ人間! 人が神に勝てる道理は無い! 己が愚を後悔して終焉の炎に消え去れェ!」
「正に無様! ──無様! 無様! 無様! 最も神を翻弄したのは悪神ロキか? 否! 巫女の予言によって神々を狂わせた魔性の女──予言の巫女は人間!」
わたしは、放たれた黒き炎を右手で掴んだ。
手先が焼ける、焦げる、崩れる、消失していく。
「つまり、最大のトリックスターは人間、『巫女の予言』に呪われし名を持つ、このシィ=ルヴァーよ!」
調整板『神の数式』を展開。
一瞬にして、ヴィーザルの黒きエーテルを解析。
……とはいかなかった。
解析に時間がかかり、解が出る前にわたしの身体全てが消滅しているだろう。
だけど、それでいいのだ。
そのくらいの威力が必要だった。
オートで十一次元に渡り書き込まれるため、わたしという肉体が滅んだ後も機能してくれる。
だから、安心して唱えられる。
たった一言の、何の加護も賞賛も飾り気も無い、わたしらしい呪文を。
「反射──!!」
発動、時間がゆっくりに感じられる。
今貼られている余剰エーテルを利用した自動障壁も、疑似座天使より数段上の力には耐えられない。
突き出した指先から徐々に炭化して崩れていく。
わたしの手の平、手首──。
わたしが消えていく。
結局、わたしは何だったのだろうか。
何かを残せたのだろうか。
オズエイジはちゃんと録画映像を見てくれただろうか。
この行動も、きちんと狙い通りに決まってくれるだろうか。
後は……後は……。
ああ、やっぱり残ってしまった。
オタルの言った通りだ。
リバーの顔が最後に浮かぶとか、わたしは乙女かっての……。
藍綬みたいに恋に生きるわけでも無いし、そんなのじゃないだろう。
いつでもわたしが振り回す側で、リバーを困らせて……。
──右手の長さがもう半分くらいになってしまった。
それでも、浮かぶのはリバーへの気持ち。
恥ずかしいったらありゃしない。
でも、こんなわたしが死んでもリバーは、きっと悲しんでくれるだろう。
どっちにしろ申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめんリバー。わたしは──出会った瞬間から好きだったんだよ」
黒い炎はわたしの後悔も、心をも焦がそうとしていた。
思わず目を閉じる。
その時──何かが。
「シィ、なんだそうだったのか!?」
目を開けた。
壁のように大きな身体が、わたしの前を遮る。
いつも見てきた立派な背中。
「……リバー?」
呆気にとられていた。
こんな光景、死の直前に見るという幻と言われても信じてしまう。
目の前に望んでいたものが現れるとか、そんな都合の良い事が──。
「ああ、お前が好きだというリバーだ! 好きだと言われたからには、ブレイブマンとしては駆けつけて、絶対に守らなければならない!」
このノリ、馬鹿さ加減は本人だろう。
「リバー、嬉しいけど、このままだと一緒に焼き尽くされてしまうから、どい──」
「どかんぞ! 何があってもお前の前をどくものか!」
「いつものことだけど、馬鹿なのリバー? あなたがいてもいなくても、わたしは死ぬの」
「そんなもの誰が決めた!」
「いや、だってリバー……わたしがどうしようも出来ない攻撃を、あなたが──」
今、自動障壁で何とか堪え忍んでいるが、これは上級一位の攻撃。
数瞬後に自動障壁が消えた時の運命は、あきらかというか、もう誰がどう見ても……。
「忘れたのか、シィよ! オレにはこの初代オーディンから賜った剣──アメリカンスピリットと、鎧──スターストライプがある!」
「……それ、いつも微妙にしか役立ってないわよね」
実際、神器とは違って……いや、それと比べるのもおこがましい程度の性能しか見て取れない。
良くて量産品よりはマシで、剣は耐久度だけが高かったり、鎧は低級の状態異常を無効にしたりする程度だ。
「オレが一緒ならどこでも安心という事を教えてやろう!」
「はぁ……。もう時間無くて、どっちみち逃げられないし。最後までリバーと一緒とはね……」
「ああ、ふと思い出したが──」
食料品店で買い物した後に、何か忘れていたみたいなテンションで言ってきた。
「オレも、シィが好きだ。だが、お前は見た目の割に実年齢が幼すぎるだろう。だから焦るな」
「……今、ふとそんな事を思い出さないでよ。全く、本当にリバーと言い、オズエイジと言い、男達はどこか抜けてるんだから……」
まぁ、幸せな最後なら、幸せな人生だったかも知れない。
今ここで死んでしまうのだが、ちょっとだけ満足な気持ちで冥界にでも行けそうだ。
その時はヘルの奴に恋愛成就したと報告でもしようか。
いや、でも魂ごと焼き尽くすというこの炎はどうなんだろう、ちょっと心配だ。
……とか、くだらない事を考えている内にタイムアップらしい。
自動障壁が消滅する。
神の数式による解析は順調だ。
この分ならわたし達を焼き尽くして暫くした後に狙い通りになってくれるだろう。
たぶん、ちゃんとオズエイジに顔向けできそうだ。
「色々と呪われた人生だったけど、今わたしは満足したよ。ありがとう、リバー。あの子、藍綬の言葉じゃないけどさ、生まれ変わってもまた──」
言い終わる前に炎を阻む自動障壁は消えてしまった。
残念。
まず、わたしの前にいるリバーから消滅──。
「不思議な事を言うな、シィ」
していなかった。
「おお、そうか。お前はアメコミを読んだことが無いのか。ヒーローはピンチの時ほど強くなるんだぞ。特に愛する人ため、とかな!」
リバーは黒い炎を弾いていた。
魔法では無い。
半分溶けて無くなってしまっている鎧でも、剣でも無い。
何かよく分からない理解出来ない力で、わたしをかばい続けているのだ。
「前にかばった時はオズエイジに役目を取られてしまったからな! あのヴィーザルとかいう奴に感謝だ!」
この状況で大笑いをしている。
本当に馬鹿じゃないのか。
これが奇跡というやつなのだろうか。
「リバー、一応聞くけど、どうやってこれ防いでるの?」
「ん? きっとオレの秘められたパワーとか、初代オーディンからもらったこの武具だろう──って、溶けてしまっている! スターストライプが! アメリカンスピリットが!」
そんなやり取りをしている最中に、ヴィーザルが放った黒い炎を全てしのぎきってしまった。
残ったのは、身体自体には焦げ目一つ付いていないリバーと、右腕は無くなってしまったが後は無事のわたし。
「鎧のそこ、メイド・イン・エーデルランドって書いてない?」
「……気のせいだろう、シィ。細かい事を気にしてはいけない」
「はぁ……この現象も一生かけて解析しないとね。リバー、これからも──」
「ああ、付き合ってやろうとも!」
少しだけだが、その正体に薄々感付いていた。
たぶん、『神の数式』でも解明できない、口にするのも恥ずかしいアレ。
……つまり……愛、であるからして。
わたし達の会話を見て、唖然としているヴィーザル。
それもそうだ。
人間には絶対に防げないはずの攻撃を、こうも簡単に防がれてしまったのだ。
「な、なんだこのくだらない喜劇は……だが、確かに今のは白の……」
くだらない──そう、くだらない。わたしの心を代弁してくれたようだ。
少しだけヴィーザルに同情してしまう。
苦笑しながら、改良版『神の数式』で解析し終わったエーテルを──。
「切り拓け! 未来を!」
発射した。
とても小さく、淡い紫光のそれはヴィーザルに向かわず──。
「んん? 人間よ、外したか? 渾身のカウンターもあらぬ方角へ失敗か?」
余裕の戻ったヴィーザルは、その表情に普段通りの笑みが浮かんでいた。
「──ふぅ。一連の行動、私もなるほどと思いましたよ。いやぁ、見事に小汚い罵倒から、私の怒りを引き出してのカウンター。感服しましたよ。最後のアレも私に直撃して、成功してるところを見たかったですけどね」
口調も柔和なものに戻っている。
そして──安心しきっていた。
「さてと、まだ私に逆らいますか?」
「この勇者リバーサイド=リング! お前程度などは──」
と、リバーは自信満々に口上を言おうとしてるが、顔面で地面を舐めるようなポーズでぶっ倒れている。
「お、おい。あれ!? オレの身体が動かないぞ!」
「まぁ、あれだけ奇跡を起こしたんだから、きっとその反動じゃないの……」
生きているだけでも不思議なのに、もはや呆れるを通り越してしまう。
「次は我が神器によって、あの防御くらいなら軽々と蹴り破りますが──」
「ヴィーザル、悔しいけどわたし達──エーデルランドの全存在は策を出し切った。後はもう見てるしか無いわ」
「ふふ、非常に潔い。あなたにも多少の愛を感じましたよ。良いでしょう、さっきのは余興として楽しめたので不問とし、あなたも神々の黄昏の観客にして差し上げましょう」
さっきのは丁度良い強さの攻撃だったから、リバーの奇跡でも防げたようなものだ。
あの気まぐれが、神器である靴だったのなら──問答無用で全てを蹴殺できるだろう。
今回は運が良かったのだ。
──そう、非常に運が良かった。
わたしは全てを完了したので、リバーに寄り添うように仰向けで倒れ込み、魔術で右手の止血や痛み止めを開始した。
後はどうにでもなれ、だ。
「さてお立ち会い。冥界、黒妖精の国、地球に疑似上級天使を投入しましょう。そうですね、ちゃんと死を認識できる殺し方をしたいので数百程度でいいでしょうか」
空に浮かんでいた三つの巨大な映像。
映像には、転移陣が大きく広がり、その中から疑似熾天使等の大群が舞い降りている姿が。
「これではラグナロクの開幕と言うより、天使による黙示録のようですね。さぞ、現地では歓迎されて、それからの虐殺となりましょう。フェンリル、見ていますか?」
ヴィーザルは、鎖に繋がれている狼少女に目を向ける。
「やめ……て、ヴィーザル……」
フェリはグレイプニールによって心を蝕まれつつあるのか、その金眼は虚ろになりつつあった。
だが、辛うじての否定の言葉を紡ぎ出すだけの精神力はさすがだ。
「心を壊すためには何が必要だと思いますか?」
「お願い……だから……」
「それはですね──友情や絆、暖かさ等を存分に与えた後に、それを砕いてみせる事です。本来なら、あなたを旅に出した時点で憎しみに染まってくれると思いましたが、これはこれで……ふふ」
知っていたが、心底腐っている。
過去に自分がやられた事から学んで、それをばらまく病原菌のような存在。
「つまりですね、フェンリル。あの三つの世界が死にゆくのは、あなたが関係してしまったからなのですよ?」
「……ワタシ……が……?」
「そう、あなたのせいで多くの人々が──神の使いと信じて疑わない天使に殺されるのです」
フェリが一番恐れている事を利用して、心を掌握しようという……。
この言葉の使い方は、成功例からの模倣だろう。
「おっと、忘れていました。このエーデルランドにも転移陣を追加しましょう。そうですね~。父さん……初代オーディンの世界でしたし、盛大に数百万、いや、数百億くらいの──」
ヴィーザルが両手を掲げると、空の色が変わった。
星の天井全てがヴィーザルの意思──ユグドラシルのエーテルに包まれたかのような。
この規模になると、魔力を意識しない人間ですら、ただ立っているだけで不安を感じてしまうだろう。
エーデルランドの空という概念は消滅し、この星の全てが転移陣で包まれてしまったのだから。
「ワタシは……何でもするから……だから……」
あのフェリが懇願をしている。
これはもう、あと一歩で心が折れてしまうと分かってしまう。
……いや、彼女の人生を思えば、良くここまで心が持った、と感心する。
「ダメですよ。きちんと壊れてる魂じゃないと、私の黒の加護を与えにくいので」
ヴィーザルは、いつもの笑み。
もはや……この場には絶望しか残っていない。
だが──。
「きっと、きっと大丈夫です……フェリ」
フリンだけは、その目の輝きを失っていなかった。
──わたしには分かる……彼女も信じているのだ。
「んん? フリン? きっとや、もしもなんて言葉は通用しない状況ですよ? もう姑息な策も、私には通じないと理解したでしょう。戦う前から、勝敗は決まっていたんですよ」
力を失い、既に立つことすら出来ないフリン。
それに向かって楽しそうに吐き捨てるヴィーザル。
内心、わたしもそれに──『戦う前から』という部分に賛同してしまう。
「映司なら……」
「ははっ、フリン。ここに来られない彼を頼るのですか」
「映司は、私が選んだ、たった一人の人間……」
少女の光を蔑み、大笑いするヴィーザル。
「コレは傑作だ! では、呼んでみたらどうですか! その希望を抱きながら、世界が蹂躙されていく様はさぞ絶望を際立たせる事でしょう!」
「映司はいつでも優しくて、思いやりがあって、手を握っててくれて……」
フリンは泣きながらも、言葉を絞り出すように紡いでいく。
「きっと私の勇者で、お父さんみたいな存在で、料理が世界一で……!」
空を覆うように上級天使達が押し出され、溢れてくる。
それは数える事が出来ない雨のように、大地へ舞い降りようと。
「エイジ……」
「フェンリル! お前もその名を呼ぶか!」
フェリはその名前を口に出すと、少しだけ黄金の瞳が輝いたように見えた。
「映司は最初に出会った時も! 困った時に呼んだら来てくれました!」
「エイジ……エイジ……お腹が、空いたぞ」
フェリの言葉は場違いだが、それらしいと言えばそれらしい。
「だから──!」
フリンは肩をふるわせながら涙を流し、それでもその言葉を──最後まで言い切った。
「映司! 助けてくださいです!」
──瞬間、転移陣から一本の槍が出現した。




