131話 一方その頃(苦い表面、甘い内面)
あたし──尾頭風璃は、シィちゃんから一通りの話を聞いたのであった。
「というわけで、あなたの兄──オズエイジがいる本当の世界はそうなってる感じ。こちらの世界──エーデルランドは疑似空間の嘘の世界」
「信じられないような話だけど……それが本当なんだよね」
雨上がりのあの時──水たまりを飛び越えた瞬間、映司お兄ちゃんが消えたのでは無い。
あたし達──エーデルランドの全住人が転移させられて消えていたのだ。
「そう、話が早くて助かるわ。それと、関係ないけど……あなたの兄は、向こうの通常空間でボクの録画された立体映像を下から覗いてパンツを見たりしているはず」
何をやっているんだ、あの変態は。
妹として、後で説教が必要そうだ。
「ちなみに、この事は他言無用でお願い。作戦上、オタルへは先に話してあるけど」
「エーデルランドの人達に、ここが疑似空間の偽物だと伝えるのはダメという事?」
「全てが終わるまで、それは得策では無いの。これを仕掛けた相手の思う壺になってしまう」
シィちゃんは巫女の予言とやらを見て、未来を知っているのだろう。
「この勝負は、住人を不安がらせて精神をすり切れさせたり、あなたが死んだら負けなのよ」
「よく分からない条件……」
「それが奴にとって、もっとも都合の良い最短コースになる。だから、今回の方向性として──」
そこから作戦のおさらいに入った。
出来る限り逃げずに抗い、こちらに死者も出さないようにするやり方。
相手の指揮官である疑似大天使の統率は完璧だが、それ故にかなり単純なものだ。
進行方向や速度も一定で歩行しているルーチンのため、そこへ戦闘跡の大穴を利用した巨大落とし穴を設置。
戦闘行動に入ると飛行してくる数百規模の疑似天使だが、そこは落とし穴にアレを用意するのと同時に、辛うじて用意出来た少数の対物投射兵器と魔術師達がどうにかするらしい。
その間に、シィさんの少数精鋭で、全体を指揮している後方の疑似大天使を討ち取るという方法らしい。
「こちらを、ジワジワと真綿で絞め殺すように狙っていた相手が、それで焦って本気を出してくるはず」
つまり、今は舐めプレイをされているという事なのだろうか。
「奴らの疑似天使を送り込んできている巨大転移陣はさらに広がり、もっと強い相手を送ってくる」
「それって、平気なの……? 今でさえ戦力は相手の方が上で──」
「防戦に回っても、相手の疑似天使は増え続けるだけ。逆にピンチの今、一気に片を付ける。いえ、片を付けてもらうの。オズエイジにね」
シィちゃんはニヤリと笑った。
「相手の強力な疑似天使をワザと呼び出し、私への強力な一撃を誘発させる。それを直接この手で掴んで、エーテルを解析して──」
そこから先は、唖然としてしまう内容だった。
いや、それよりもシィちゃんの身が心配だ。
「ワザと攻撃を食らうって、それは……」
「まぁ、解析のために片手を捨てる事になるでしょうね。直に身体に触れさせて調べるのが最も成功率が高いし」
片手を捨てる……。
平和な世界で育ったあたしは、想像も出来ない覚悟だ。
──無くなるかも、ではない。
確実に片手を無くすのだ。
「そんな心配そうな顔しなくても良いよ。見た目を気にしなければ魔術義手でも付ければ良いし、ボクの持ってる知識的には巨人族の技術で腕の再生とか出来るっぽいしね」
「で、でも……」
「もうずっと前から覚悟は出来てるの。覚悟を決めた女の子は強いわよ」
眉をつり上げた強気な表情を崩さず、弱みを一切見せない。
だから、逆に──。
* * * * * * * *
作戦決行直前。
部屋には、機械の国の少女オタルと、呪われし魔術師シィ=ルヴァーの二人だけがいた。
テーブルの上に乗せられた可愛いお菓子達。
ショートケーキ、トリュフチョコ、クッキー、マカロン、シュークリーム。
木箱に入っているようなものもあり、かなりの高級品に見える。
「最後の晩餐ってわけじゃないけど、女同士付き合ってよ。オタル」
「はぁ……。シィ、あなたは知っているんでしょう。私の正体を」
ん~? と知らない振りを、顎に指をやってワザとらしい仕草で表現する。
「食べても良いですけど、無意味ですよ」
「いいじゃない。機械の身体でも味覚はあるんでしょ。美味しいから食べてみなって。ここに来る前の食べ歩きのついでの、お土産だから」
シィは、各国の魔術師などを集めるのと同時に、名物などを食べて回っていた。
再び得られた運命に悔いを残さないように──と、決めていたため。
「じゃあ、頂きます」
「ど~ぞ」
オタルは、沢山あるお菓子に目移りしながら──トリュフチョコを一つ。
口の中に入れた瞬間、表面のココアパウダーから多少の苦み。
だが、舌をパリパリと崩れるのチョコの層から下に届かせると、それまでが嘘のように濃厚な甘さが広がった。
中にはクリーミーな生チョコがまた入っており、一つで何度も楽しめる。
表層の嘘の苦みと、シンソウの甘み。
それはまるで──。
「まぁ、その……美味しいですね」
素直に感想を言うのも癪だが、この味に対して嘘を言うのも失礼なので、悔しげに伝えるしか無かった。
「そう言うあなたは、誰よりも人間らしいわよ。オタル」
本当に全てを知っているようなシィに、若干の苛立ちを感じる。
「シィ、あなたは──あなたらしくないですね」
「そう?」
「私──このオタルも、あなたの嘘に気が付いていると知っているはずです」
お互いに吐いていた嘘、お互いに気が付いていた。
「あなたが片腕を失うだけでは無く、命まで失うと気が付いている事に」
「さすが数少ない魂の複製者で、ユグドラシルと同位の頭脳を持つ存在」
「属性が似ているというだけで、実際にはあまり役に立ちませんけどね……。それに、悲しいほどに嘘と分かってしまう演技力なので、私以外も言わないだけで気が付いているかも知れませんよ」
シィの無理に強がっているような、普段とは違う表情。
それはある程度の顔見知りなら分かってしまう。
「なるほど、それで巫女の予言には……。いえ、まさか、オタルまで運命とは違う発言をしてくるとはね」
「運命?」
「そう、たまにボクが知っている運命とは違う事をしてくるのがいるんだ。ヤツと、オズエイジは別格だけどね」
オズエイジは運命を変えすぎていて、もはや強制力のあるような地点でなければ正確な予知は出来ない。
「それなら、呪いのような運命をあなた自身が打ち破ればいいじゃないですか」
「無理無理。そんな事が出来たら、必死にもがいてもどうにも出来なかった三回目の──」
「例えば……そうですね、リバー様に告白してみてはどうでしょうか。機械の私が言うのも何ですが──愛の奇跡ほど、強いパワーは無いと言いますし」
食べていたお菓子を吹き出すシィ。
「あ、勿体ない」
「ちょ、ちょっと! なんでそこで!」
「結局、いつも失敗だし、やるやる言っても直接的には距離を縮められない哀れなカップルだと思っていたので」
「くっ、言い返せないのが悔しい。まぁでも、告白したら、これで本当に悔いは無くなるか……丁度良いのかも知れない」
オタルは内心微笑んだ。
それは逆だと。




