12話 尾頭家壊滅す(んぜん)
俺──尾頭映司は食べられる草を探していた。
草と言っても、どんな草か気になる草マニアも多いのではないだろうか?
野草、雑草、薬草、曹操、スーパー草野くん。
世界には様々な草のバリエーションがある。
それらを天ぷらでカラッと揚げたり、茹でてお浸しにしたりするのもいいだろう。
……だが、手持ちに油や鍋なんてない。
この偉大な大地から生えてる名も知らぬ草を、そのままワイルドに食うしか選択肢が無い。
どうしてこうなった……。
事の発端は、数時間前──。
* * * * * * * *
「今日は買い物に行けなかったから、夕食は上海亭に出前を頼みたいと思う」
平和な尾頭家。
リビングには俺、勉強をしている風璃、テレビの特撮番組を観ているフリンがいた。
「たまにはいいんじゃないの~出前」
「出前ってなんです?」
クエスチョンマークを頭に浮かべるフリン。
だが、視線は怪獣と戦う巨大ヒーローに釘付けだ。
あと数分で必殺技になりそうだし、わからない事もない。
「えーっと、お店で料理を作って、それを家まで持ってきてくれるサービスだ」
「へ~。あ、怪獣卑怯です!」
フリンにお店の味というのを経験させておくのも悪くは無い。
というわけで、満場一致をもらい上海亭へ出前を頼む事になった。
──30分後。
「もうそろそろくるかもしれないな」
「うん、お腹空いた~」
「じゃあ、その間に異世界序列会議だ」
──1時間後。
「……というわけだ」
異世界ランキングが上の相手に、妨害をしてみるのはどうだろう? と風璃から提案があったり、さすがにそれは止めておいた方が……と俺がストッパーになったりした。
だが、フリンの話だと実際にやっているところもあるらしい。
もちろん、そんな事がバレたら評判が悪くなって本末転倒だとか。
「あのあの、映司……」
「フリン、どうぞ」
「お腹減ったのです……」
「そう……だな……」
──4時間後。
リビングには死体めいたモノが3つ転がっていた。
「なぁ……家の中に食べ物無かったっけ」
「昨日、映司お兄ちゃんがフルコース試しちゃって冷蔵庫は空だし、お菓子とかも丁度切らしちゃってる……」
「私、神様なのにこんな事で死ぬんですね……」
──5時間後。
「なぁ、お前らこんな所で諦めていいのか?」
「映司お兄ちゃん……あたし、やだよ……」
「そうだ、風璃。人間は諦めるという行動を取った時点で本当に死んでしまう」
瀕死の風璃へ檄を飛ばす。
俺の妹は、こんな事で負ける程弱くないはずだ。
世界一の妹だ。
「フリン、おじいさんの意思を受け継いだお前が、こんな所で倒れるはずがないだろう。お前は背負っているんじゃない、背中を押されているんだ」
「えい……じ……」
最後の声を振り絞るようなフリン。
命の灯火が消えようとしているのかもしれない。
「俺が異世界へ行って、何か食べ物を取ってくる」
「ま、まって……。私が弱っている今、神の加護であるステータスアップも使えないかも知れない……」
「大丈夫だ、元々フリンに負担をかけるような事はしない。ウサギとかそこらを捕ってすぐ戻ってくるさ」
なぜ、異世界へ食料調達なのか?
そんなの決まっている。
3人ともラーメンを頼んでしまったので、転移陣で即戻って来られる異世界でなければ地獄が待っている。
「グッドラック、映司お兄……ちゃん」
* * * * * * * *
俺は異世界の森の中へ降り立った。
木々の間から刺す光が眩しい。
地球では夜だったが、異世界エーデルランドでは陽がある時間のようだ。
時差的なものだろうか。
食料調達にはありがたいことだ。
「よし、何か食べられるもの……」
俺は辺りを見回し、耳を澄ませる。
だが、獣の鳴き声はおろか、鳥の鳴き声すらしない。
おかしい、静かすぎる。
「ど、動物がいないのなら、木の実とかキノコとか……」
食べられるかの知識が必要だが、またユグドラシルを酷使して何とかしてもらうという裏技もある。
とりあえず、何かを見付けることが先決だ。
俺のライフポイントは0に近付きつつある。
だが、残酷な結果に終わった。
食べられる木の実やキノコが何もない。
もう視界に入っていて、口に入れても何とかなりそうなのは枝に付いた葉っぱや、地面から生えている草だ。
ワラビ等の山菜ではない。
緑色のピョロッと伸びただけの草。
薄い薄い草。
空腹と日射しで頭がおかしくなってきそうだ。
地面から草ばかり生やしやがって、俺が芝刈り機で刈ってから一気食いしてやろうか!
いや、そもそも草って食べられるのだろうか。
俺は、ユグドラシルオペレーターを呼び出す。
『はい、尾頭映司様。なんでしょうか?』
「この草って食べられますか?」
『……は?』
オペレーターの巫女さんが固まってしまった。
──いやいやいや、俺は普通、常識的、一般的な事を聞いているだけだ。
「ここらへんの地面に草が生えてるじゃないですか、それを食べたいんです」
『え、ええと……頑張れば食べられますね……お勧めはしませんが』
「そうか! ありがとう! うおおお! これで風璃やフリンを救えるぞおおおおおおおおおおお」
すごい勢いで地面に生えている草を引き抜いて小脇に抱える。
ああ、大地よ、星よありがとう。
この命を分けてもらって俺達は生きながらえているんだ。
『尾頭映司様。フリン様から通信が来ているので中継します』
「え? フリンから? そうかそうか。俺が草を持って帰るのをそんなに待ち焦がれて──」
『あ、映司? ラーメンきた……ズゾゾ~……よ。もう食べてるズルズル~』
「なん……だと……」
『それで、そっちで大変な事が起こってるみたいです。急いで向かって~。あ、お腹いっぱいになってきたから力を使ってもいいですよ、ご馳走様~。うん、風璃。デザート買いに行くなら杏仁豆腐が──』
そこで通信が途切れた。
俺は草を地面に落としてしまう。
だが数秒後、自分の腹が鳴った事に気が付く。
茫然自失の状態で、本能が視線を草へ向けさせる。
優しさや何かを求めるように手の平を広げ、グリーンの生命をガッシと掴んで口元へ。
「草ウメェ!!」
苦さで涙がこぼれた。




