11話 靴を舐める者(貴族20人)
あれから一週間ほど時間が経った。
人間として終わっている感じの行動をしているあたし──尾頭風璃は女子中学生として存在していて良いのだろうか。
革フェチおじさんが革のブーツを作り、それを履いたり舐めたりする一週間。
縫った部分の舌触りや、履き心地や重さなどで失敗作がいくつも出来ていた。
「ねぇ、これもらってもいい?」
あたしは、少し不格好な失敗作を指差しながら聞いてみた。
「ん、ああ。二束三文では売れるかも知れないが、あんまり大っぴらにはするなよ。評判も大事な商品だ」
こう言っているが、ただ履くだけなら十分な出来になっている。
それに、これを売る気は無い。
「ちょっと未来のために使うだけ」
* * * * * * * *
次の日。
今日もまた靴をペロる。
もしかしてこのドクローション、毒の要素は薄まってはいるらしいが、中『毒』としては完璧なのではないだろうか。
革と粘膜的接触をする事が癖になってきてしまっている。
軽く死にたい。
そんな中、子供達が数人が工房に訪ねてきた。
「あ、異邦人のお姉ちゃんだ!」
「やっほー」
それを不思議に見詰める革フェチおじさん。
「なんでぇ? このガキはどこから」
「近くの孤児院から、手先の器用そうな子達を集めてみたの」
「はぁ!?」
思いっきり顔をしかめられた。
まぁそれもそうか。
いきなり自分の誇りある仕事場に、無知な子供達が踏み行ってきて、手伝いますよ的な運びになっているのだ。
「いきなり難しい事は無理だと思うから、最初は雑用とかで。将来への投資って事でお願い」
「い、いやいやいや。普通に考えて、こんなガキ共に──」
「おじちゃん! ボク達、おじちゃんの革靴のお陰で外を思いっきり走れるんだ! 足の裏も切らないし、履き心地もすごい良いよ! だから」
「よし、採用。おやっさんと呼べ」
「はっや!?」
自分の製品を褒められたからか、急にデレッデレになってしまった。
これがチョロインというやつだろうか……性別と歳がアレなだけで。
せっかく、交渉用に革のランドセルまで持ってきていたというのに。
この日を境に、工房は活気に溢れた。
革仕事というのは、型を作る、レザーナイフで切る、針で縫う、ハンマーで叩く等がある。
子供達には、その過程で必要な物の調達や、掃除、道具の手入れから始めさせ、目で見て、音のリズムを刻み、革フェチおやっさんの言葉でまとめ上げていった。
劇的な進歩は無いが、着実に吸収していく柔らかい思考。
「なぁ、異邦人。おめぇは子供が好きなのか?」
革フェチおやっさんが聞いてきた。
フェチってる時以外は普通なので、答えにくいが普通に返すしかない。
「……嫌いではない、かな」
「嘘つけ。人手だけなら、いくらでも基礎が出来た大人が転がってるだろ」
「う~、将来のためよ。ほら、計算された情で繋ぎ止めておけば技術の流出もしにくいでしょう」
「はは、そういう事にしておいてやらぁ」
──あたしが昔、助けたクラスメイト。
その子も児童養護施設に入っていた。
学校では彼女を助ける事が出来たが、その彼女の闇は根本的に消す事は出来なかった。
親がいないからとか、そういう本人が関係無い所で辛い思いをするのは馬鹿らしい。
馬鹿らしいけど、どうにも出来なかった。
オマケに、学校ではイジメのターゲットがあたしに移った。
表面だけは普段通りに保ったが、心の中はボロボロだった。
強がりという言葉がピッタリ。
そんな時、突然……アイツがプレゼントにクマのぬいぐるみをくれた。
ふと気が付いた。
ちゃんと見てくれていたんだなって。
だから、あたしもちゃんと見ることにした。
学校ではイジメる相手を見続けた。
どんな状況でも。
児童養護施設も見詰めてみたら、意外とあたしでも手伝える事があった。
そんなこんなで、学校では相手が飽きたのかイジメは無くなり、自称部活と言う事にして児童養護施設への手伝いへ行っている。
こんな面倒臭い事になったのも、全部アイツのせいだ。
* * * * * * * *
「……よし、完成した! 履いて良し、舐めて良し、全異世界に誇れるハンドソーンウェルテット製法による革のブーツが!」
機械式の作り方は無理なので、手縫い式のこちらの製法にした。
ありがとう、地球の参考書籍!
「そういえば、異邦人。これでガラスの靴をどうにかするとか言ってたが、あの評判だけはピカイチの靴を相手にどうするんだ?」
「簡単。ガラスはぶち壊すに限るわ」
「い、いくらなんでもそれは」
職人として、分野は違っても物を壊すという事に抵抗があるのだろうか。
「安心して。壊すのはガラスのように脆いプライドよ」
* * * * * * * *
革のブーツ越しに感じられる圧力や振動。
それは男性達の舌や、鼻息、熱を想像で伝えてくる。
何をそんなに興奮しているのだろう、この一回りも二回りも年下相手のあたしに……この男性達は。
そんな気持ちが加虐心となって沸き上がってくる。
「お待たせ、今日もこのスノーのガラスの靴を舐めるために卑しい男が──」
時間通りだ。
ドアが開かれ、自信満々のブタの様に肥えたスノーは固まった。
それもしょうがない。
ここは街一番の権力者の館の一室。
そこにスノーは、靴フェチ1人のお相手するために来たはずが、20股していた貴族達全員、見ず知らずのあたしの革のブーツを舐めているのだから。
男達は──高級そうな椅子に座るあたしを求め、脚を組んだ状態の片方の靴では足りず、地面を踏んでいる方の靴まで舐めている。
相手から見たら、さぞ楽しい光景だろう。
あたしは、最上級に下衆な笑みが自然に浮かんでくる。
いやぁ~愉快、愉快。
「な、なんなのよこれは!?」
スノーは、やっとフリーズ状態から回復したらしく、ふくよかな身体をプルプルと震わせて激昂している。
「心まで醜い豚は、声まで醜いわね。みんな、あなたのガラスの靴に飽きたのよ」
「そ、そんなわけないですわ……。ガラスの靴はオンリーワンの魅力があるはず……ですわよね!?」
哀れ、全員に問い掛けるように叫ぶが、貴族達はあたしの革のブーツに夢中だ。
ちょっとこそばゆいが、話を進めなければいけない。
「残念、この反応が全てよ。ガラスの靴は確かに珍しい……しかし、あなたは自分自身で舐めた事がある?」
「なっ!? わたくしがそんな事をするはずないでしょう!?」
「よく覚えておきなさい。する側の人間も、される側の人間の事を常に考えなければいけない」
「そ、それが何だって言うんですの!」
「あたしは、舐め比べたわ。ガラスと革を!」
「そん……な……」
完全に場を支配した。
変態行為における正論。
「確かにガラスは舌触りが良い。だけど、変化が無いのよ!」
「へ、変化!? たかが靴に変化なんて──」
「甘い、その程度だからガラスの靴を持っていても、靴フェチ達の需要を満たせなかったのよ。ガラスと違って革は生き物……履く時間、その日の天候、湿度、蒸れ具合、中の人……全てに影響される生命その物」
「生……命……」
スノーは愕然と肩を落とし、両膝を地面に付けた。
過呼吸気味に喘ぎ、瞳孔は開ききっていた。
「あたしはペロるのに最適な靴を職人と協力して作りだし、毎日ペロって自分で確かめ続けた……そして出来上がったのが、この革のブーツよ! あなたは、特別なガラスの靴を持っていても、心のおごりからただの革のブーツに負けたのよ!」
「ま、負け……」
勝ち誇るあたし、ひたすら女子中学生の靴を舐める貴族達20人、崩れ落ちるガラスの靴を履いたふくよかな女。
何かこの部屋すごい事になっている気がする。
絶対に知り合いには見られたくない。
「ちゃんと相手を見てあげる愛、それが無ければ勝てないのよ」
「く……くくく……げははは……」
スノーは、いきなり笑い出してしまった。
このパターンは気でもおかしくなったか、はたまた──。
「もう奴からの依頼なんていいわ! 穏便に操ろうと思ったけど、殺しても多少なりとも国力に影響するでしょう! このガラスの靴の魔女──スノーブラックが生意気な小娘ごとぶち殺してあげる!」
追い詰めすぎて、ヘビを出してしまうパターン。
やばい。
非常に危のう御座いますという意味でやばい。
正直、勝つ手段は用意して成功した。
だけど、武力で開き直られた場合、どうにかする方法なんて全く考えていなかった。
すっかりと抜け落ちていた、ここが異世界だという事を。
ただの太った女相手だと思ったら、突然魔女だとか言い出すパターン。
理不尽すぎる。
最初の敵はスライムみたいなもので、絶対に倒せるように設定されているものなのではないか?
否、ここはゲームの世界ではない。
どんな小物そうな相手でも、隠している強さがあるかもしれないのだ。
「小娘ぇ……自分では相手をちゃんと見てあげる事とか説教をしておいて、お前自身は何も見ていないというジョークかぁ? げはは」
スノーの手から青い霧が浮かび、それが冷気を伴った氷柱となる。
大きさは丸太ほど。
それが空中で段々と増えて行き、十数本浮かび上がる。
そこまで広くない室内では避ける事も難しいだろう。
あんなものをぶつけられたら、間違いなく死ぬ。
貴族達も異常に気が付き、震え上がっている。
……あーあ、こんな最後か。
でも、この世界の孤児院の子供達に今後を与えてあげられたし、後はアイツがどうにかしてくれるはず。
あたしにクマのぬいぐるみをくれたように、この世界の子供達にもアイツ──映司お兄ちゃんなら。
──瞬間、白い光が視界を覆った。
「おい、大丈夫か風璃」
段々と戻ってくる視界、妙に安心感がある声。
性格に難はあるが、頼れる兄──映司お兄ちゃんが立っていた。
それと部屋の隅には、魔女スノーブラックが転がって意識を失っていた。
「な、なんでここに……?」
「いや、普段から見てれば何となくわかるだろ。それで心配だから見に来た。襲われてたから敵をぶっ飛ばした。……それだけだ」
相変わらず浪漫の欠片も無い説明だ。
だけど、あたしは泣いてしまいそうになる。
「久しぶりに映司お兄ちゃんに心配してもらっちゃった」
「そうか? 風璃は強いけど女の子だし、年下だ。兄として心配して悪いか?」
「それ、将来も……ずっと心配してくれる事になっちゃうよ」
「当たり前だ、お前はずっと俺の妹だ」
その言葉で涙が止まらなくなってしまった。
それを誤魔化すために、映司お兄ちゃんに抱きついて身を預ける。
……こっちの方が恥ずかしい感じのなのは気のせいだろう。
「ずっと……か。うん! これからもお願いします、映司お兄ちゃん」
「お、おう」
ふふ。こういう時にバッチリ決められないから、女の子にモテないのだろう。
この兄妹の距離感、ずっと大切にしていきたい。
「映司、風璃。何か私の革のブーツに群がってくるのがいるのですが……」
気が付かなかったが、フリンちゃんも一緒にきていたらしい。
その足に履かれているブランド物の子供用革製ブーツに向かって、貴族達がムカデのように這いずっている。
「ええと、確か映司が言っていたブーツの使い道の1つに……ありましたよね」
フリンは、足を高く上げて、思い切り貴族の顔面を踏みつけた。
……そういえば、マッチョな俳優がブーツで顔面を蹴るとか何とか言っていたような。
「ありがとうございます!」
響く貴族達の声。
どうやら、幼女に顔面を蹴られて属性追加されたらしい。
「フリン、そんな事をしちゃいけませぇぇぇぇん!」
映司お兄ちゃんの絶叫が木霊した。
* * * * * * * *
後日、こっぴどく怒られた。
あたしの安全面と、フリンちゃんへの教育的な問題だ。
今回の非はこっちにありまくるので反論できなかったが、まぁ……こうやって怒られるというのもたまには悪くない。
ちなみに異世界のおやっさん式革靴は量産が可能となり、その技術が広がって街の産業の1つとなった。
今後は試作中の他製品も売っていく予定だ。
子供達も工房で働き、あたしは革製品利権と貴族達のアレでそれなりの地位と資金源を得た。
それを今後の異世界運用で使えるということで、多少はランキングも上がるだろう。
『──の児童養護施設ムササビ園に、シンデレラの継母を名乗る人物の贈り物が届きました。中身はランドセルや靴などで、おとぎの国からの贈り物とだけ書かれていました』
登校前の朝のニュースが、付けっぱなしのテレビから流れてくる。
「風璃、ムササビ園って家の近くにあったよな?」
「さぁ、どうだったっけ」
あたしは、いつものように素っ気なく答えていた。
【異世界エーデルランド】
【現在、異世界序列359005位→348129位】
【特産品獲得:革製品】
口に入れても平気な革靴。
魔力処理が丹念に施されているため、履き心地も良く、耐久力も抜群。
若い職人によるハンドメイドが多く、その品質の高さは数ある異世界の中でもトップクラスだという。
また、新作であるランドセルは神界のセレブ達に愛用され始めている。
【実績ボーナス解放】
【SR巻き込まれ体質を二段階強化……世界災害級巻き込まれ体質】




