111話 教会で目覚めたふたりの乙女(その後)
私の名前は藍綬――私の名前は藍綬?
「ランちゃん、急に立ち止まってどうしたの?」
「ランドグリーズ、気分でも悪いのか?」
映司さん達と一緒に、呪われし魔女の家、霧の巨人の王との遭遇場所を順に見て回った後、私が初めて戦乙女として覚醒した廃教会へと辿り着いた。
「いえ、少し考え事をして、ぼーっとしていただけです」
「そうか、よかった。てっきり体調が悪い日かと」
「……映司お兄ちゃん、デリカシーというものをもう少し」
いつもの二人のやりとりに挟まれて微笑み、ああ自分は藍綬なんだなと実感した。
「さっきのシィの家、何かあると思ったけど本当にただの焼け跡だったなぁ」
「こういう時、フリンちゃんなら『悪の秘密研究所の地下には隠し部屋がある!』とか言いそうだね」
「ははは、まさかぁ」
そんな他愛の無い会話を聞きつつ、廃教会の中へと踏み入った。
映司さんが起こした戦闘で、屋根すら無くなった廃墟。
元は長椅子だった木くずや、礼拝の道具など残っているのが教会の微かな名残だろう。
初代オーディンの像も崩れてしまっている。
「あたしは、ここでオタルちゃん、ランちゃん、映司お兄ちゃんに助けられた」
先頭を歩いていた風璃は、くるりとこちらの方へと振り返った。
「あたしが無事だったのは、みんなのおかげ。ありがとね!」
少しだけ照れくさそうに、素直にお礼を言った。
いつもの風璃を知っている私からしたら、きっと普段は恥ずかしくて言えない気持ちを、今日という日を使って頑張ったんだろうなと察する事が出来た。
「い、いえ。風璃様! 私は力及ばずでした!」
「私も……映司さんが来てくれたから……。映司さんが、私を連れて行けと言ってくれたから……」
私、風璃、オタルさん、三人の視線は自然と映司さんへと向く。
「え、あの、俺? ええと――」
今日はこれだけ感謝されているのに、まだ慣れる事はないのだろう。
格好良さとはほど遠い、しどろもどろな映司さん。
だけど、そういう所も好きだ。
「だ、誰かが欠けていたら危なかったし、本当にみんなのおかげだと思う、うん! あと、風璃が危ない事をしたのが悪い!」
「あれからは気を付けてるって~。……たぶん」
「今、たぶんって言っただろ、たぶんって!」
その光景を見て、私はクスッと微笑む。
そして、こんな日常がいつまでも続けば良いなと思う。
願う……ずっと願っていた。
(続くはず無いよなぁ? あの災厄の象徴であるフェンリルと関わってしまったのだから――)
私の中のランドグリーズが囁きかけてくる。
もう一人の自分、という言葉では表せない、本当に私とは別の存在。
私が死んでしまった後、何も求めずに、精神体と名前を貸してくれた戦乙女。
その時に『既に生贄は得た』と言っていたが、その事についてはいくら聞いても答えてくれない。
(もう分かってるんだろ? このまま行くとどうなるか――)
私は、今日見て回ってきた――いや、それ以外の出来事も、全てフェリさんが起因する事と聞いていた。
映司さんが、自分の一部を生贄として捧げたのも……元はフェリさんのせいだと。
「……映司さん。もし、フェリさんを助けるために何かを生贄に捧げなければいけなくなった時、どうしますか?」
胸の奥が不安でいっぱいになり、つい口に出てしまった。
何回聞いても、その答えは分かっている――。
「また急にどうしたんだ、ランドグリーズ?」
「いいから! 答えてくださいッ!」
明らかにはぐらかそうとする映司さんに、私はなりふり構わず大声をあげる。
そんな私なのに、映司さんはまるで子供をあやすかのように優しい声で――。
「なるべく、生贄を捧げるなんて行為に頼らないように頑張る」
「だから……それでもダメだったら……?」
「俺を生贄に捧げる」
──優しい声、真っ直ぐな意思で、躊躇無く答えられた。
分かっていた、分かっていたのだ。
映司さんは、こういう人だと。
(そう、だからフェンリルを――)
だけど、フェリさんは……きっと映司さんの大切な人で、こんな存在である私にも優しい。
私にとって、彼女は──。
思考すればする程に胸が痛くなる。
「でも、フェリだけじゃなくてもさ。俺は大切な誰かのためになら、同じように自分を生贄を捧げると思う」
優しい映司さん……。
これ以上、犠牲になって欲しくない。
(ふぅん、分かってるじゃねーか。もうあの子供が犠牲になる必要は無いからな)
私の中のランドグリーズはきつい口調が多いけど、たまに優しい家族愛のようなものを感じさせる。
何の生贄も、取引も求めずに私を存在させてくれている。
だから今まで、言うとおりに映司さんをどこかに誘導したり、何かをするように仕向けるようにしてきた。
黒妖精の国で映司さんと分かれた後、ガルムさんにした事も――。
それに今日も、みんなをエーデルランドに連れてきたのは指示あっての事だ。
嘘つきな私、最低だ。
「映司さん、私……」
「ん?」
「いえ、やっぱり何でもありません」
でも、全てから背くことになっても、私は、私の意思を貫く。
それ以外は何もかも……いらない。




