10話 靴を舐める者(妹)
あたし──尾頭風璃は、あれからユグドラシルを使って色々と調べた。
あのスノーとかいう女は20股くらいをしていて、権力を持っている貴族達を操って国を崩そうとしているのだ。
異世界からの流入者──異邦人と呼ばれる外部からの介入によって、なぜか足フェチが広がり、そこから貴族達が靴フェチになったのが原因の1つらしい。
人が増えれば問題も増えるとは聞いた事があるが、まさかこんな馬鹿らしい事で傾国の美女を拝めるとは思っても見なかった。
いや、正確には傾国の美足……ガラスの靴か。
このまま放っておけば、数ヶ月後には致命的な治安悪化が発生するとデータをもらった。
そんなわけで、事は急を要する。
自称部活である、児童養護施設の手伝いは休んで異世界エーデルランドへ向かう事にした。
「やっぱり、実際に来てみるとすごいわね……」
欧州辺りの古い町並みに見える、レンガ作りの建物が整列する風景。
だが、住人達の服装がそれを否定する。
冒険者達はマントを羽織り、金属と革の鎧を着込み、当たり前のように帯刀している。
杖を持った魔法使いらしき格好や、護衛付きのケバい貴族達も往来している。
そう、ここは本当に異世界なのだ。
そんな中、汚れた格好の子供達が遊んでいた。
靴も履かずに足裏を真っ黒にして。
夢中だったのか、明らかに後方不注意であたしにぶつかってきた。
「あっ、ごめんなさい!」
謝る子供。
それを見付けた保護者らしき年長者……といっても、あたしと歳は変わらないくらいの女の子。
「も、申し訳御座いません異邦人様。なにとぞ、なにとぞ御慈悲を!」
物凄い勢いで謝られてしまった。
そういえば、学校の制服のまま異世界にきていた。
この世界にない格好イコール異邦人という扱いなのだろうか。
それにしても異邦人という立場になると、この世界ではお偉いさんな感じなのだろうか?
もしかして、地球感覚で言うと神様や宇宙人……。
「いえ、気にしないでください。この子は弟さんですか?」
「よ、よかった。同じ孤児院の仲間なんです」
そうか、この世界にもあるんだ孤児院。
それじゃあ、ますます街の悪行をぶち壊して、国を、世界を住みやすくしなくちゃね!
* * * * * * * *
「おじさん! 舐めるのに最適な靴作って!」
「な、なめ……。なめしの間違いか?」
街の職人街と呼ばれる場所にある工房。
良い革職人はいないか? とさっきの女の子に聞いて教えてもらったのだ。
「うーんと、表面がザラザラしすぎないで、舌で舐めても平気な革靴?」
「冷やかしなら帰った帰った。こちとら、靴なんてタダでさえガラスの野郎に馬鹿にされて人も減っちまったっていうのに……」
ふんっ、とそっぽを向かれてしまった。
この工房の主らしき人物、歳は40~50くらいだろうか。
よく手入れされたレザーナイフを、無骨な職人の手で握っている。
「そのガラスの靴にギャフ~ンと言わせる方法があるんだけどな~」
「誰がガキの言う事なんて真に受けるか。俺は代わりの商品の模索で忙しいんだ」
くっ、異邦人パワーでも効かないか。
だが、相手が職人ならアレを見せれば一発で火を付けられるだろう。
「ふーん。じゃあ、これを見てもそんなことを言えるのかな」
あたしは、悪戯な笑みを浮かべながらしゃがんだ。
スカートから見える艶めかしい脚も気にせずに。
「な、なんだってんだ」
「ふふ」
しゃがみながら手を動かし、そこの素肌が見えてしまうように解いた。
「お、おい。まさか……」
あたしは、頬を紅潮させながらソレを見せた。
「どう、この革のブーツ。あたしの案に乗ってくれたら提供してあげる。もちろん分解してもいいよ?」
「こ、こんな素晴らしい革製品があるなんて……うっはあぁぁああ!? たまんねぇ!! 今すぐ観察しながらパンとスープをかっ込みてぇ!」
さっきまで職人気質の頑固じじいという雰囲気だったのに、今では目をトロンとさせて口を全開にしてよだれを垂らす変態みたいになってしまっている。
なんだろう、あいつら靴フェチと似たような所があるのだろうか。
さすがにちょっとどん引きである。
* * * * * * * *
工房の革フェチおじさんと協力してからは試行錯誤だった。
「ペロッ、これは……」
「ドラゴン革だな。高価で耐久性が高いが、重量や吸水性、柔軟性が問題だ」
あたしが舐めたドラゴン革。
表面は舌を削ってしまう程にザラザラしていて、とてもじゃないけど気持ち良くペロれない。
フェチとか以前の問題だ。
それに──。
「何かすっごい苦くて吐きそうになるんだけど……」
「ああ、それはゴブリンの胆汁をなめしの仕上げに使っているからかもしれんな」
一気に吐き気が増し、トイレへ直行した。
息も絶え絶えで戻ってきたあたしを、革フェチおじさんは背中をさすりながら水を渡してきた。
「魔物の革を扱うには、上手く魔力が籠もっていて塗り込みやすいものを使わないといかん」
「魔力で塗り込みやすいものか~……」
この付近でそんなものがあったような……。
いや、でも……試しで舐めるのはあたしだ。
さすがに……さすがに……。
その時、過ぎった子供達の顔。
──ぐぬぬ、覚悟を決めるしかないか!
「ドクローションを使ってみましょう!」
「なるほど、まだ試してないな」
ちょっとした特産品みたいになっている、元魔術師のダンジョンから採取できるドクローション。
いかがわしい使い道だけかと思ったが、意外と魔術的な触媒としても重宝されているようだ。
商店で取り扱っていた液状のと、乾燥のを買ってきて工房で試す事にした。
「ペロッ、これは……」
「今度は滑らかなトリプルホーンブルの革に、ゴブリンの胆汁の代わりにドクローションを使ってみた」
吸い付くような滑らかな舌触り、無味の様でいて革本来の味わいを引き立てる謎の中毒性。
舌が、舌が勝手に舐め続けてしまう。
乳児が母を求めるように。
餓死直前の人間が食を求めるように。
サハラ砂漠のど真ん中で水分を求めるように。
──身体が言う事をきかない。
「おめぇ……それは」
「これはペロッ恐ろしいペロッ革靴をペロッ生み出しペロッてへペロッんになってしまうペロッ」
何か人として終わった気がする。




