9話 ナイトメアー・ビフォア・シンデレラ(深夜0時)
あたし──尾頭風璃は、自室で秋の夜長を満喫していた。
深夜0時のワクワク感、誰しも体験する日常の冒険だろう。
夜中に起きてると怒られたりする、リスクを伴った快感。
まぁ今は映司お兄ちゃんにバレなきゃ平気だし、たぶん見付かっても軽く注意されて終わりだろう。
……普通の事をしているのなら。
現在、あたしは誰かに見付かったらいけない事をしている。
可愛い神様に見付かってもいけないし、ちょっとへんてこな兄にも見付かってはいけない。
「うーん、やっぱり変な気分になっちゃう……」
高ぶる気持ち、背徳感、荒くなる呼吸。
たぶん、誰しもこんな気持ちになってしまうだろう。
自分の指1つで見えてくる新しい世界。
「この貴族の弱みはっと……」
そう、自分の指1つで異世界エーデルランドを覗き見る快感。
秋の夜長にぴったりである。
この情報収集が金儲けに繋がる……最高だ!
け、決して私利私欲でやっているのではない。
これがエーデルランドの問題解決にも繋がるのだ。
ちゃんとその旨を伝えて、フリンちゃんから異世界管理の権限をもらった。
「ふふ。今やこのあたしの部屋が、異世界の運命を握る司令所……なんてね!」
部屋の大きさ的には普通で、映司お兄ちゃんの部屋と間取りは一緒。
ベッドが置いてあり、ノートパソコンが乗っている勉強机、タンス等の家具を設置してもスペースがまだあるくらい。
アイドルのポスターみたいな女の子らしいものは無い……いや、1つだけあった。
昔プレゼントされた、大きなクマのぬいぐるみ。
邪魔で邪魔で仕方が無い。
かといって捨てるわけにもいかない……珍しくアイツからの贈り物だから。
そのクマをクッションのように押し潰し、ベッドに寝転がっている体勢。
何か落ち着く。
昔、アイツに似たような事をしていたからかな。
「お、貴族の屋敷で何か起こってるな……」
大きな街の大きな屋敷……となれば、そこに住む者の権力も大きくなるのが道理というもの。
男女が何かを言い争っている。
男の方が興奮して喋り、勢いでつばが飛ぶ。
格好的には貴族だろう。
高級そうなブラウスにきらびやかな上着、装飾品。
女性の方は、いかにも貴族といった感じで髪を盛りまくっている。
現代のアゲアゲな女性にも通じる物があるのかもしれない。
服装は、これまた高級そうな生地のドレス……流れるような光沢からしてシルクだろうか。
そして、普通は気が付かないであろう部分に異様な物を付けていた。
『このガラスの靴を履ける唯一の存在、この……このワタクシに指図をするっていうの!?』
『い、いや。そんな事は無いんだスノー……』
男は、その一言で押し黙ってしまった。
ガラスの靴、おとぎ話では聞いた事がある。
絶世の美女が装備したら、王子様がホイホイと入れ食いになる伝説の舞台装置だ。
もし現実であっても、履き心地とか、ガラスが割れた時を考えると恐くて履けない。
だが、この貴族の女性──スノーは実際に履いているのだ。
それもかなりふくよかな体型で……度胸がすごい。
靴のサイズが大きく、ガラス製。
確かに体型と度胸が無いと履けないだろう。
それに関しては、彼女は唯一の存在と言っていいかもしれない。
『わ、わかった! 何でも言う事を聞く! だから婚約破棄をしないでくれ!』
『ふんっ、立場が分かればいいのよ。そうね、まず軍備を──』
このスノーという貴族の女性、間違いなく悪役ポジションだろう。
何か弱みを握って男性を操っている。
男女関係とか、フリンちゃんに聞かせてはいけない大人の話だろうか。
やはり、あたしがこの問題を解決するしか──。
『スノーのガラスの靴を舐められなくなったら生きていけない……』
もっとフリンちゃんに聞かせちゃいけない変態の話だった。
乙女の夢も何もあったもんじゃない。
『ふふ。ワタクシのガラスの靴に比べたら、他の靴なんてクズ同然ですものね!』
……ふーん、なるほど。
このプライドをガラスのように打ち砕くのも面白そうだ。
つい、心の底から楽しげな笑みが浮かんでしまった。




