7話 ダンジョン再び(20リットル1万円)
オレの名前はリバーサイド・リング。
生粋のニューヨークっ子さ!
ハーバードを卒業して、しばらくは新聞社で働いていた。
だが、そこで劇的な事が起こった!
神を名乗る老人と出会い、オレはアナザーワールドへサモンされた。
そう、ブレイブマンとして!
──後で、知り合いの雷神がモチーフになった映画が面白かったから、そこの舞台へ適当にダーツ投げて決めたとか聞いた。
シット!
まぁ、そんな事はどうでもいい。
オレはこの世界の平和を守るため、ジャスティスとしてブレイブマンに徹するまでさ!
「これは……すごいな」
最近、呪われし魔術師がダンジョンを作り、王国が手配書をまわした件が耳に入ってきていた。
最初はダンジョンで一旗揚げようとした冒険者達もいたらしいが、初っぱなから尋常ではない難易度で即過疎ったらしい。
今でも中にいるのは、魔物に殺されて物言わぬ存在となった奴らだけだろう。
オレは、その不埒な魔術師のダンジョンを攻略するために現地に到着した。
そこで見たものは、凄まじい毒煙に包まれた森。
遠目から見ただけで、この仕掛けをしたであろう魔術師の恐ろしさが分かる。
『チカヅクナ、コノドクニフレルト、タイヘンナコトニナルゾ』
魔術師の警告だろうか、どこからともなく声が聞こえてくる。
毒々しい紫色の霧に包まれた悪魔の森。
この声は地獄への誘いと取っていいものだろう。
「ハッハッハ! このリバーサイド・リングに小手先の魔法はきかん!」
神を名乗る老人がくれた鎧によって、この程度の毒は無効化される。
名前はなかったので、スターストライプと名付けた。
そして、この手に持つ剣によってどんな相手でも切り裂く。
同じく名前はなかったので、アメリカンスピリットと名付けた。
我ながら素晴らしいネーミングセンスだ。
「ここが魔術師のダンジョンか……」
毒煙の地獄を抜け、悪魔の口を想像させる場所へと辿り着いた。
これだけ広大な被害を及ぼした相手だ、油断してかかってはいけない。
オレは、ゆっくりと内部へと踏み込んだ。
一層目は、入り口と同じ石造り。
巨大な石棺と言ったところだろうか。
内部は曲がりくねったりはしているが、道はあまり分かれていない。
「む、何やつ!?」
角の生えたバケモノが、手を差し出したポーズで寝そべっている。
地面すれすれからの攻撃か!?
前にこれと同じ様な魔物を見た事がある。
悪魔の書にて伝えられるデーモン。
羊や人間やらをミックスした二足歩行のバケモノ。
──は、倒れ息絶えていた。
「誰かにやられたのか……?」
よくよく観察すると、バケモノの死体は手付かずの状態だった。
冒険者なら持ち帰りそうな角や剣もそのままだ。
疑問に思いながらも、そのまま進んだ。
「こ、これは……」
進めば進む程、疑問は深くなっていった。
多種多様なバケモノの死体、死体、死体、死体。
普通はこの世界に生息するはずがないような異形の死体達が、同じように手付かずで放置されている。
「まさか、ブレイブマンのオレがくると知ってショック死したのか……」
うん、そうだ。
自分達が撒いた毒で死ぬはずもない。
やはり、オレの存在が大きすぎたためだろう。
──これは楽勝だ、どんどん行こう!
「ずぇあああああ」
たまに階層の主らしき大型モンスターがいたので、それらを一太刀にしながら進む。
だが、大体は階層の主すら死亡していたので、ランニング……いや、耐久マラソン状態で走り抜けた。
一日中走っても、ブレイブマンは疲れない。
なぜならブレイブマンだからだ。
「ここが100層目か……」
「くくく、よくきたな勇者よ。我は死の六柱がデスシックル、お相手つかまつる!」
「ずぇあああああああ」
「ぐわああああああああ」
何かカマキリのバケモノを倒した。
「見事だ……このカギを持っていくが良い……我が創造主に辿り着くのに必要なものだ。くくく……我は死の六柱の中でも──」
先を急ごう。
また、ひたすら走った。
辿り着いた200階層。
「イーヤッホー! 俺様は死の六柱がデスナックル! 喧嘩しようぜぇー!」
「ずぇああああああああ」
「ぐわああああああああああ」
身長3メートル程の単眼巨人を倒した。
「良い喧嘩だったぜ……。このカギを預ける……地獄へ返しにこいよ、ぐはは!」
2本目のカギとやらを手に入れた。
何となくパターンが分かってきた。
また走る。
300層目。
「朕は死の六柱がデスセンス──」
「ずぇああああああ」
「ぐわあああああああああ」
400層目。
「おいどんは死の六柱がデスアー」
「ずぇあああ」
「ぐわああああ」
500層目。
「愚生は死の六柱がデスサム」
「ずぇあ」
「ぐわ」
600層目。
「問答無用ズェアアアアアアアア」
「名乗る前に攻撃とは卑怯なぐわあああああ」
700層目。
長いようで短かった。
途中から、色々と記憶も省略されている気がする。
いや、道中はほぼ全力疾走だったので一日経ったかどうかだろう。
階層の作りが途中から飽きてきたのか、ほぼ同じ道になっていたのも大きい。
やはり、ダンジョンという密閉空間を作りまくると飽きるのだろう。
潜っている側もそうだから仕方ない。
「死の六柱達が言っていた。創造主である魔術師は強大な力を持て余し、自分を殺すために鍵を持たせ、その1本1本に弱体効果がかかっていると」
何て馬鹿な奴だ。
その力を正しいことに使えば、このブレイブマンの仲間になっていた可能性もあるというのに……。
だが、周辺を毒の森に変えた事は許せることではない。
「オレは人々の希望だ。悪く思うな」
眼前に立つ細身の若者、紫の布地に金の刺しゅうを縫い付けたローブを着ていた。
外見は若いが、この強大な力を持つ魔術師だ。
年齢操作等どうとでも出来よう。
「やっと僕を殺すにふさわしい相手が現れてくれたのですね。運命に縛られながら待っていたのです。僕の作りだした死の六柱を屠り、ここまでたどり着く事の出来る真の勇者を……」
「一応言っておくが、その後ろにある宝を返却すれば役人に突き出すだけで許してやろう」
魔術師の背後にうずたかく積まれている黄金や宝石。
その価値は計り知れない。
「ふふ、寛大な御方だ。だが、僕の願いは生きる事ではない。未来を視る事無く、気持ち良く死ぬ事なんですよ」
「そうか、では仕方ない。ブレイブマン……いや、真の勇者リバーサイド・リング参る!」
「そういえば、僕の名前を言ってませんでしたね。僕の名は──」
その時、足下にぬるっとした何かが流れ込んできた。
そしてそれは徐々に勢いを増していき──。
* * * * * * * *
「あ、魔術師のダンジョンが崩れ始めました。今度は成功っぽいですね、映司」
「とろみを付けた水作戦は成功したか!」
俺は、昨日のエビチリからヒントを得て、魔術師のダンジョンにとろみを付けた水を流し込み続けた。
とろみの付いた水──簡単に言ってしまえばローションだ。
だが、フリンがいるところでは、そんな用語は言えない。
「このとろみの付いた水すごいですね……まさか排水対策されていたダンジョンにすら致命的なダメージを与えるとは」
「おう、とろみの付いた水はすごい!」
若干、破れかぶれだったが、どうやらダンジョンの最深部までローションで埋め尽くされたようだ。
ローションで死ぬとか、絶対に迎えたくない最後だ。
まだ腹上死の方がマシだろう。
「このとろみが付いた水、色々と使えそうですし、地球で売ってたりはしないんですか?」
「ん、ああ、どう……だろうな……はは」
割とお徳用のリットル単位も売っていたな。
確か某通販サイトでは20リットル1万円ちょっと出せば買える。
……そんな事は口が裂けても言えない。
「そういえば映司、これって魔術師が盗んだという宝の回収はどうやるんです?」
「……あ」
──後日、不死鳥というかモグラのように這い出てきた勇者リバーサイド・リングが宝を持ち帰ったそうだ。
その傍らには、紫に金の刺しゅうが施されたローブ姿の少女も一緒だったという。
【異世界エーデルランド】
【現在、異世界序列359605→359005位】
【ユニット獲得】
【呪われし少女魔術師】
【名所獲得:ドクローションの森】
毒霧は晴れたが、毒の沼地と毒のローションが残された場所。
魔術師のダンジョン跡地から延々と毒のローションが採取できる。
その毒は丁度良く薄まったらしく、ピリリとした刺激を求める者達に好まれている。
後に手頃な値段で売買されるように。
用途は魔術触媒や、調味料、ジョークグッズなど。
ときおり現れるヴォイスゴーストや、毒系のモンスターに注意。




