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兆し  作者: 雪柳参思
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一、前兆

 頭にヘルメットのような、表面が真っ白でつるつる光っている機械を被って、佐々木教授は室内中央のパイプ椅子の上にゆったりと座っている。佐々木教授の頭部を覆うその機械は、無線で室内の脇に置かれたコンピュータと接続されており、電源は機械内部に内臓されてある。

「ようし、では今から『お客様相談センター・システム』頭文字をとって、OSCSの作動実験を始めるぞ。高木君、スイッチを入れてくれい」

「はい」

 この文京大学生体医工学研究所で助手をつとめている高木は、コンピュータの画面上に表示されている複数のバロメータを慎重に見ながら、佐々木教授の指示通りにシステムの稼働を実行した。すると佐々木教授の頭部を覆う機械の前面についた幾つかのLEDライトのうち、ひとつが青く光った。OSCSが作動中である事を示す光である。

「……」

「……どうですか、教授?」

「……」

「……教授?」

「……青いのは、ついてるかね?」

「ええ、ついてます。どうです」

「うん今のところ何もわからない。もっと何か変わるかと思っていたが……まあいい。では実験の第二段階へ移ろう。高木君、手筈通りに頼む」

「はい、わかりました」

 高木は手元の実験ノートに何かを三行ほど素早く書き残し、そこから立ち上がって佐々木教授の近くへと向かった。そして、横の机の上に用意して置いてある、蝋燭や鞭などの小道具の中から、洗濯バサミをひとつ手にとると、それで佐々木教授の耳を挟んだ。この洗濯バサミは、挟む力が特に強い物を、この実験のために用意してあったのである。今、佐々木教授の耳には当然、相当な力がかかっているはずであり、それはつまり佐々木教授の耳の痛覚に対して激しく作用するはずであった。

 高木が佐々木教授の耳に洗濯バサミを挟むと、佐々木教授は反射的に手を自分の耳まで伸ばして、その洗濯バサミを素早くとった。

「どうです、教授?」

「……ふむ。なるほどな……」

 佐々木教授は手に持った洗濯バサミをしげしげと眺めながら、しばし一人で何かを考え込んでいるようだった。すると顔を上げて言った。

「高木君、実験は成功だ。痛くない!」

「や、やりましたね、教授!」

「うむ。私はこの洗濯バサミに挟まれた瞬間に、痛みではなく、ただ自分の耳を洗濯バサミが挟み込んだという事を認識した。そして私は、この洗濯バサミが耳を挟み続けている事は私の耳にとってダメージとなり、よくない事であるのだと理解し、そして洗濯バサミの除去を実行した。しかし……私は、この洗濯バサミが私の耳を挟み続けている事がよくない事であると判断してはいない。ただ理解したのだ。その理解はこの『お客様相談センター・システム』、OSCSによってもたらされた。うん、実験は成功だ」

「教授、ちょっと洗濯バサミを貸してください」

 高木は佐々木教授から洗濯バサミを受け取ると、自分の耳にそれをつけてみた。するとすぐ激痛が走った。高木は大慌てで耳から洗濯バサミを外した。

「痛! これめちゃくちゃ痛いですよ! バネの力もそうだし、挟む接地面積が小さいから、圧力が一点に集中して……こんなの耳、千切れますよ!」

「しかし私は痛くなかった……そう、ただ痛みを感じなくするだけなら、麻酔を打てばよいのだ。しかし麻酔を打つだけだと、さっきの君のようには、痛みに対する反応としての、防衛行動を実行できない。つまり、我々は普段、痛みを感じるからこそ、その反応として身体を守っていられるのであり、ただ痛みを打ち消すだけでは、それによってむしろ状況が悪化しかねない場合が多い。もちろん、病気や怪我による痛みを抑えるために痛み止めを処方するような事は、人間にとって有益であるが、そもそも最初からその痛みを感じていなかったとなると、病気や怪我に気づく事もできない。自覚症状のない病気がしばしば致命的となりうるのは、そのためなのだ。……が、しかし、このOSCSを使えば、痛みを一切感じないにもかかわらず、病気や怪我の存在に気づく事ができ、しかもその対処法すら独りでに編み出してくれる。そしてその対処法を脳に伝え、実行させる。そこにあるのは判断ではなく、理解と実行である。我々はこのOSCSによって、判断という常に苦痛を伴わねばならないようなものをする必要がなくなり、ただ理解し、そして実行する存在になるのだ。苦痛は消え去り、ただ結果と、それに伴う幸福だけを知覚するようになる!」

 それから数ヶ月後、『お客様相談センター・システム』、OSCSの試験運用が開始された。それは実験室レベルでの運用を越え、日常生活におけるOSCSの動作を確認するためのものである。被験者として選ばれた十人の学生を対象に、例の真っ白なヘルメットのような装置を被ってもらい、OSCSと接続したうえで、各自普通に生活してもらうという内容であった。装置は当初開発されたプロトタイプよりも遥かに小型化、軽量化されており、外見上には多少の奇異があるものの、行動の上では日常生活に何ら支障をきたすものではない。

 装置をそれぞれの学生につけさせて、各自解散させた後、研究室に戻った高木は実験資料を整理する傍ら、横でパソコンを見ながら何か作業をしていた佐々木教授に声をかけた。

「それにしても……このOSCSの大部分を構築したという、天野教授は、今どこにいるんでしょうかね?」

 天野教授。それは高木がこの研究所へやってくる以前に、佐々木教授とタッグを組んで――というよりも、学会内では幽霊も同然、そもそもどうして学者になれているのかちょっと誰もが不審に思っていたくらいの、学内でも人望などほとんどなかったその天野教授が、研究資金や資材の獲得のために、当時同じ学内で別の研究を何かやっていた佐々木教授に泣きついたか何かして、佐々木教授をその研究に無理矢理入れ込んだ――天野教授というのもそんな人物であったらしい。というのも、天野教授の研究は、システム開発部分に関しては、金はないが時間はあった天野教授が独自にチマチマやっていたから、大方完成していたが、そのシステムを実際に動かして実験する段階になると、やや大掛かりな機材や実験環境が必要となった。そこで天野教授は、そこいら中を走り回って、手助けしてくれる人間を探していたようであるが、その研究というのも、少々荒唐無稽の感があり、大部分の人間は非協力的だった。だからずっとその研究は日の目を見ないでいた。

 そこでいよいよ佐々木教授の元へも話が回ってきたのであった。佐々木教授は、天野教授の研究していたその理論を聞くうちに、馬鹿だなと思う内にも、ちょっと興味を持った。佐々木教授というのも案外お茶目なところのある人物であった。だから、もしかしたらこの突拍子もないような、荒唐無稽な研究も、何かの役に立つかもしれない、十中八九失敗するとしても、その失敗もまた学問の道においてはひとつの財産となろう、くらいの気持ちで、佐々木教授は天野教授に協力する事にした。研究は相変わらず天野教授がメインとなって進めた。

 そんな中、いざOSCSが完成真近となったところで、天野教授は突然、姿をくらましてしまった。そうしてそのまま天野教授はかれこれ二年間、消息不明である。

 思いがけず珍妙なお荷物的研究と共に一人残された佐々木教授は、ここまで進めてきたその研究を今更放り出すわけにもいかず、かといって天野教授がいない今となってはその研究も思うように進まず、やむをえず、試行錯誤ののち、天野教授が姿を消して二年が経った、ついこないだ、ようやくOSCSの基礎的機能の完成へとこぎ着けたのである。ちなみに高木が佐々木教授のもとで研究を手伝うようになったのは、高木が中部地方の大学院を出た昨年からの事であった。

 パソコンに向かって作業中であった佐々木教授は、作業を一旦切り上げて、両手を上げながら答えた。

「はあーあ。さあね……私は彼が失踪する前日にも会っていたんだが、全然そんな雰囲気ではなかったよ。OSCSもそろそろ完成だといって、張り切っていた。もし彼が失踪なんてしていなかったら、今頃、このOSCSは世界中に配備されて、人々の暮らしを大きく変えていただろうにと思うと、残念だね。まあ、今こうして、遅ればせながらも彼なしで完成させて、いよいよこれから世の中に出ていこうという段階まで来たのだから、よかった。彼も知ったら喜ぶだろう。彼は今もまだ、生きているのだろうか……」

「天野教授というのはどんな方だったんですか? 普段の様子とか……」

「人当たりのいい男だったよ。ただ普段やってる研究があまりにも地味だったので、学会内では無名にも等しかったが。なかなかユーモラスなところがあった。それでいて一途なところもあった。彼は一旦机に向かい始めると、何時間でもずっとそのまま作業に没頭できるような人間だったんだ。ある時なんて、私が朝、研究所へやってくると、研究室の電気がついている。開けてみると、彼が作業しているんだ。彼はふと顔を上げて私を見て、そして時計を見て、薄笑いをしながら『タイムスリップ?』などと言ったものだ。まあ、そのくらいでもなきゃこんな研究なんてできないんだろうがね。私も彼の研究を引き継いで、ずいぶん苦労した。彼の才能というものにも、ただならぬ何かを感じたりもした。彼が姿を消してしまった事は、ただただ残念だ」

 高木は、その天野教授という人物に、一度会ってみたいような気がした。と同時に、その失踪の謎について、何かただならぬ理由があったのではないかと疑い出した。

「天野教授という方は、何か金銭的なトラブルに関わっていたりはしなかったのですか?」

「いや、それはないな。彼は実際、毎日研究ばかりの人間で、浪費をするような人間じゃないし、収入だって、一応は研究者、まあそれなりに貰っていたのだから、経済的な理由で失踪したとは考えにくい。第一、彼は研究室に住んでいたといってもいいくらい、家に帰らない人間なんで、しまいには家も引き上げてしまって、研究室とウィークリーマンションとで寝泊まりしていたくらいだ」

「誰か、天野教授を恨んでいたような人間がいたりとか?」

「ないな。さっきも言った通り、彼は人当たりのいい人間だった。人に恨まれるような人間じゃない。……そうなると怪しいのは、彼の研究成果を横取りしようとして、私が彼をどこかへやってしまったんじゃないかという事だが……もともと最初から二人共同で名を連ねた研究だったんだ、彼を消しても私の利益にはならない。むしろ不利益ばかりで実際困り果てたくらいだ。彼のいなくなったおかげで、危うく研究自体が頓挫しかけたんだからな」

「不思議なもんですね。しかし、研究室と宿に寝泊まりしていたって事は、突然身ひとつでどこへでも行ってしまえますね。一体どうしたんだろう……何かこの研究に関して、思うところがあったんでしょうか?」

「私も色々考えたが、結局何もわからずじまいだよ。しかし彼の行動には常に何らかの理由があったはずで、その失踪にもやはり何らかの理由があったんだろう。その理由が何なのか……まあ、今はとにかく彼の残したこの研究をうまく軌道に載せて、世の中を大いに変えてやる事だけ考えていればいいさ。それが彼の望むところでもあろう」

「ええ、そうですね。……そうだ、天野教授のご実家は……」

「確か千葉の銚子だったかな。私も何度か伺ってみたりしたんだが、手がかりなしだ」

 数日後、装置を被らせてあった被験者の学生たちを再度集合させて、実験結果の収集をする段階になった。高木は被験者一人一人から、システムを使ってみた具合を聞き取って、それをノートにまとめている。

「この装置を数日間、まあお風呂や寝ている間は外すとしても、数日間ずっとつけてもらっていたわけですが……曖昧な質問になりますが、どうでしたか?」

 まず一人目の被験者である彼女はこう言った。

「ええ、最初は何も起きなくて、でも途中からあれっと思って、そしたら、なんて言うんですか、痛み? を感じなくなっているなって思いました。でもなんか、なんか痛みじゃない感覚はわかるんです。なんて言うんですかね? 痛みはなんていうかこう、シャットアウトされてる? っていうか……なんか変なんです。でもすごいなと思いました! これがあれば痛みを感じないで生活できますもんね」

 次の男子学生はこのように答えた。

「知覚の程度が苦痛の側へある程度以上向かうと、そのある一定の範囲以上の苦痛は自覚されなくなる……しかしそれは自覚されないだけであり、そうである一方、それが自覚の外に存在しているという事は、なぜか理解できているんです。もっともその理解という感覚も、日常的な感覚とは少し違いますが……理解というのは普通は自分自身がするものですが、このシステムによる、ある程度以上の強度の苦痛の存在の理解となると、まるで自分自身でない何者かの他者が理解しているような……それでいてこちらの自分自身もそれをわかるんです。不思議です」

 それから他の学生はこのように答えた。

「すみません、壊しちゃいました……」

「おっ」

「貰った日の夜、外して寝ようと思ったら、床に落としちゃって、そのままバキッて……すみません……」

「まあ、しょうがない。怪我はなかった? 大丈夫?」

 集まっていた学生のうちの一人が高木に向かってひとつ質問をした。

「あの装置は人間の脳に作用して、苦痛を除去するのだ、とは聞いていましたが、もしよろしければもっと詳しいところを教えて頂けますか?」

「ええ……OSCSには幾つかの機能があります。ひとつは、人間の感じる苦痛を計測し、数値化する。もうひとつは、その数値化された苦痛について、ある一定の閾値を設け、それを超える苦痛については、それを意識が認識する前にコンピュータ上のシステム内に分離、そして本来意識がするはずの苦痛に対する反応、判断を、そのシステム内から意識へ送る――つまりOSCSによって我々は、生物が持つ苦痛という概念の、いいとこ取りをしているのです。お客様相談センターという名前の由来もそこです。人体という製品に何か問題が起きれば、それを自力で解決するのではなく、お客様相談センターに頼って解決する。解決にかかる苦労は味わわず、解決という結果だけを得られるのです。感覚的には、熱いものに手を触れた時、熱いと感じる前に手を引っ込める反射が起こるでしょう、その後の熱いという苦痛がなくなったようなものです。これまで人間の本能による反射で対応できなかった様々な状況が、あたかも反射的に解決するようになるのです。そして反射後の苦痛も感じなくなる」

「なるほど……しかし、ひとつ疑問があります。例えば、針が腕に刺さった時、その痛みを感じずに、針が腕に刺さっていると認識できて、そしてそれを抜こうと考えられるのが、このOSCSの機能だという風におっしゃいましたね。そこで、針が腕に刺さっているという単純な状況なら、その、機械で判断できるという事もわかるのですが、これがもっと複雑な状況になった時――例えば、付き合っている彼女と喧嘩をして、仲直りをしようという時――こんな時にもOSCSは適切に働いて状況を解決するのでしょうか?」

「ええ、解決します。このOSCSというシステムは、発生した苦痛、発生した問題に対して、本人の元々の意識が到達したであろう程度とほば同じように、それを解決するようにできています。例えば、恋人と喧嘩したならば、OSCSなしでは夜も眠れず苦しんで、やっとの事で手紙を書いたり、プレゼントを送ったりして、仲直りをするのでしょう。それがOSCSを通せば、夜眠れずに苦しむ事はなく、それでいてOSCSがなかった場合と同じように、手紙を書いて、プレゼントを送れるのです。まあ仲直りできるかどうかは、その時次第ですが――少なくとも、いずれにせよ最善を尽くすという事です。そしてその尽力の到達点は、OSCSがある時とない時とで一緒です。ただ苦痛の有無だけが異なります。ですから、OSCSを通した一般人がP≠NP予想なんかを解こうとしても、相変わらず解けない事には一緒ですが、頭が痛くなる事もなくなるのです」

「なるほど。しかしどうやってそんな事が? 機械の中でやってるんですよね?」

「さあ……私も所詮は助手なので細かくは知らないのですが……どうやら、コンピュータ上にOSCS使用者本人の意識をシュミレートして、そこに本人が現実世界で受けた苦痛や問題を転送して与え、解決させて、出てきた解答をまた元の現実世界の意識に送ってやる――という仕組みなようです」

 それから数ヶ月の間、佐々木と高木はOSCSの一般対象実験を度々実施した。結果は概ね良好であった。しかし一部の結果の考察によると、微弱ながら麻薬性を生む事が判明した。実験からしばらく経った被験者が、早くまたOSCSを使いたいと言って、研究所まで押しかけてきた事まであったくらいである。苦痛に対する認知性はそのままに、苦痛から苦痛性だけを取り除くという性質上、それは「極めて人体に無害なモルヒネ」とまで呼ばれるようになった。ともかく、OSCSが完全に一般公開されるようになれば、その微弱な依存性も問題とはならなくなるはずである。依存性というのは、それを取り上げてしまった時に、またくれと言って欲しがるのが問題になるものであるから、もう取り上げる必要もなくなればずっと与え続けていられるので、依存性という問題も現れなくなるのである。人間が酸素や水に依存しているからといって問題視する事がないように。OSCSは、やがて空気のように人間社会に浸透していくであろう。

 新聞やテレビ、インターネットでもOSCSは話題になりつつあった。これでこの国から過労死や精神病が一掃されるという期待が高まった(実際のところ精神病はさておき過労死は相変わらず存在しうるだろう事はすぐに各所から指摘された。むしろ体から大音量の警告が発せられていてもなお苦痛の苦しみがないからといって無理をしてしまう人間が増えるのではないかというのである。つまり幸せな顔をしたまま死ぬほど働き、四、五十代くらいでポックリ過労死していく人間の急増が危惧された。が、大半はそんな事に目もくれず、目の前の苦痛を取り除いてくれるであろうOSCSの登場を心待ちにしていた)。実験に際して公募される被験者への応募倍率は常に数十倍を超えた。国からの支援もかつてないほど厚くなり、国民の期待からか、もはや現政府の推し進める重点政策プロジェクトの一角を占めるようにまでなった。高木や佐々木の給料は倍になった。佐々木に至ってはテレビにラジオに引っ張りだこである。事によるとノーベル賞を取るんではないかという噂まで囁かれた。

 ここへきてOSCS開発はもはやシステムそのものよりも、装置の耐久性を高め、装着をより快適にする方向に進む段階であった。OSCSによる苦痛の除去精度はほぼ完璧と言えるものとなり、その分離された苦痛に対する問題解決能力はかつてないほど高まっていた。と同時に、麻薬性も高まってはいたが、もはや誰も研究を止める者はいなかった。麻薬というのは使いすぎると問題があるからいけないのであって、使いすぎても問題のないOSCSは、麻薬性を持っていても、それが問題になる事はないのである。

 このOSCS、頭部を覆うヘルメットのような構造では、やはり邪魔くさいし、どうもデザインからして昭和時代のような感じがする。この平成四十年を目前とした新時代、魔法のように洗練されきったデザイン性でなくてはならない。かのクラークの三法則によれば、高度に発展した科学は魔法と見分けがつかないという。

 ある日、研究室に一人、高木はOSCSデバイスのデザイン構想を練っていた。すべからくOSCSを魔法に。その昔、スマートフォンというデザインが世界中へ爆発的に広まった時のように……。

「ようし、ここは僕がひとつ、かっこいいデザインを編み出してやるぞ! 誰もが装着していたくなるような、それでいてさりげない、かといって没個性ではなく、主張しすぎず……」

 そうして高木がノートの上に「僕の考えた最強のOSCS装置デザイン」を描き溜めている頃、一方の佐々木は、脳波遠隔作用機構について研究している、学内の別の教授の元へと話をつけに向かっていた。

 脳波遠隔作用機構について研究している彼は藤井教授といった。脳波を遠隔地点から観測し、そして外部から干渉させる技術は、この数年のうちに驚異的な進歩を遂げていた。それまで脳波のあまりの微弱さと曖昧さに不可能と思われていた様々な技術が、ある世紀の発見をきっかけに、なし崩し的に発展したのである。その世紀の発見をしたのが何を隠そう、この藤井教授であった。そしてその世紀の発見とは、何だか専門用語が山のように出てくる論文として載っているが、その道の研究者でないとよくわからないので、ちょっとここでは割愛しよう。

「そういうわけでね藤井先生、我々のOSCSはほぼ実用段階にまで達している。しかし問題は……」

「旧型の頭部装着型マシーンではどうも格好がつかない、そうだろう? 任せたまえ。なに予算と権限さえくれればこっちのものさ。今に見ていたまえ、日本全国に隈なく脳波直接作用性の電波を飛ばしてやる! ワクワクするなあ!」

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