2人のはなし (著者:新邑ともえ)
八木君香27歳、看護師。福島智宏28歳、エンジニア。
高校時代の同級生で同窓会をきっかけに交際。
これは交際5年目、同棲生活2年目の2人の日常。そんなお話。
第Ⅰ章.10月17日「罪と罰と朝ごはん」
その日は目覚まし時計の音とともに目を覚ました。うるさいなぁなんて思っていたら、すぐにベッドの隣に寝ている彼が起き上がってその音を止めた。
布団の中から目覚ましを覗いて時間を見た。朝6時、彼の起きる時間。
彼は自分のメガネをかけ、眠そうに髪をガシガシと掻きながら寝室を出ていった。それとほぼ同時に私も起き上がった。そのまま寝室を出ていく彼は私が起きたことに気付かなかったらしい。
後を追うようにリビングへ入ると彼は既にキッチンに立っていた。
「おはよ……」
「あ、おはよう。あれ、今日夜勤だよね?」
「目覚ましくんに起こされた……」
季節は夏を過ぎ,薄着で寝るには少し肌寒くなっている。そろそろ長袖のパジャマがほしい。
「やっぱ音うるさくない?あれ」
「あれくらいじゃないと起きられないからね、僕は」
「起きたくないときにも起こされる私はどうなの?」
「僕が仕事に遅刻する方がよっぽど問題だね。そのまま二度寝したらいいのに」
「でも起きた。だから罰として智くんが私の朝ごはんを作ること!」
「はぁ……」
面倒くさそうに小さなため息をついた彼。
「……まぁいいけどさ」
と小さくつぶやいて朝ごはんの準備を始めた。
私は2人掛けの小さなソファーに座った。テレビをつけ、朝の情報番組を見ながら朝ごはんを待つ。この前噴火したあの火山での捜索が打ち切られたとか、政治家の汚職疑惑とか、決して明るくないニュースが淡々と読まれていく。
もっと明るいニュースはないのかよ、なんて考えている間にテーブルには次々に食事が並べられていく。程よく焦げ目のついたトースト、私専用のカップに淹れられたインスタントコーヒー、私好みの半熟ハムエッグ、瓶につめられたイチゴジャム。
「おーすごいすごい」
「別に普通だよ?」
「私だけだったら目玉焼き作んない」
「なんで?」
「面倒だから」
「あ、そう」
「いただきまーす」
トーストにジャムを塗ってかじりつく。テレビの音をBGMにしながら、一気に食べ進める。
「智くん今日何時くらいに帰ってくる?」
「うーん、大体9時くらい」
「じゃあ晩ご飯作っとくね。何がいい?」
「別に何でもいいかな」
「それが一番困るんだけど」
「えーじゃあ……」
彼はいつもこうだ。食べたいものを聞いてもまともに答えが返ってきたことがない。私も私で半ばあきらめていて、
「じゃあ豚汁でいい?」
「お、いいね」
結局こうなる。
彼は朝ごはんを食べ終えると、立ち上がって着替えにいこうとする。
私はすかさずそれを引き留めた。
「洗い物は?」
「……じゃんけーん」
「ほい」
彼がグー。私がパー。勝った。
「よろしくー」
「……やられた」
観念した様子で彼はキッチンへ向かう。ちょっと意地悪だったかな、いやいや、無理やり起こされた罪は深いのだ。
私は着替えるために寝室へ戻った。少し肌寒いから長袖のTシャツにしようかな、って考えながら。
出勤の支度を済ませたスーツ姿の彼が玄関で靴を履いている。
「智くん、いってらっしゃい」
と言うと彼は
「じゃまた明日」
と言って出て行った。
彼は工場に勤務している。詳しい仕事内容は知らないけど自動車関連の工場だという。車が大好きで、愛車もスポーツカーで、家には車の雑誌が積まれている。どうしようもなく車が好きらしい。
「さてと」
彼の趣味は置いといて。せっかく早起きしたんだし、私は私のやることをやろう。
今日は午前中に掃除、買い物、洗濯。午後は夜勤に備えてお昼寝。出勤2時間前には起きて晩ごはんの準備をして家を出よう。
「今日も1日頑張るぞ!おぉー!」
気合を入れて早速部屋の片づけを始める。まずは洗濯。洗濯機を回して、次は掃除。散らかった部屋のものを片付け、床は掃除機をかける。それから雑巾で部屋を拭いて、せっせと1時間くらいかけて終える。途中でベランダに洗濯物を干す
その後、軽く化粧をして、ジャケットスタイルの上着を羽織って買い物をしに近所のスーパーへ歩いて向かった。
(えっと……玉ねぎはまだあったから、豚肉と人参と)
道中、スマートフォンのメモ機能を使って買うものをメモしていく。歩きスマホは危ないって分かってはいるんだけどね。
買い物から帰ると時計はまもなくお昼の11時を示す頃だった。ちょっと早い気がしたが、昨日の残り物と冷凍食品で簡単に昼ごはんを済ませた。少しでも長くお昼寝の時間を作ろうと思ったからだ。
ベッドに潜り込む前に目覚ましをセットしようとして、
「やっぱやめた」
特別な理由はない。ただ今朝起こされたのがやっぱりちょっと恨めしかったとか、あんなうるさい音じゃなくたって起きられると彼に言ってやりたかったとか、そんな下らない理由である。
でも仕事に遅刻したら不味いと思ってスマホのアラームだけは14時にセットした。布団に潜って目を閉じる。午前中の疲れからか、すぐに眠気が私を包み込んでいった……
アラームの音ではなく、自然に目が覚める。
ほら見ろ、目覚ましがなくたって起きられるじゃないって思って窓の外を見る。
……あれ、なんだろ? 寝起きでよくわからないけど、何か違和感を感じた。目覚めの感じか、窓の日の感じのせいか。とにかく変な感じ。
嫌な予感がして、スマホを見る。画面の時刻は『14:43』と表示されている。
「あ、やばっ……!!」
思わず布団から跳ね起きた。
出勤時刻は16時、通勤時間は自転車で15分。逆算すれば15時過ぎに家を出れば問題ない。支度の時間は充分ある。
でも1つだけ……彼の晩ごはんを作る時間は、ない。
「もぉーなんで!」
スマホのアラームがきちんと鳴っていたのか、そんなことは正直どうでもよかった。ただ今の自分の状況が情けなくて、自然とイライラが募る。
とりあえず仕事に遅れるわけにはいかない。結局彼に晩ごはんを諦めてもらうしかなかった。
行きの電車の中で彼にメールだけはしておいた。
To:智くん
件名:ごめんなさい
本文:
寝坊して晩ごはん作れなかった!
ホントにごめん!!
今日は自分でなんとかしてくださいm(_ _)m
何はともあれ私の職場である市民病院に着いた。ロッカーでナース服に着替える。
さすがに不機嫌な顔を患者に見せるのは良くない。自分の両頬をぱんっ! と叩いた。
「……よしっ!」
切り替えていこう。そうしよう。
ナースステーションに行くと先に同僚がいた。
「おはよう」
「おはよー!」
橋本萌。私の専門学校時代からの同級生で今も同じ病院で働いている。すごく真面目で可愛い私の親友。
「相変わらず早いね、来るの」
「遅刻するよりはいいからね」
「う゛……」
今日に限って痛いとこ突いてくるなー。
「ん? なんかあったの?」
「いやぁ別に……」
「顔に出てるよ」
勘も鋭い子だ。
「いやー実はね……」
今日の寝坊のことを話すと、彼女は
「うわー彼めっちゃかわいそう……」
とあきれ気味に言った。
「ホントに悪いとは思ってるんだよ」
「そんなに大丈夫じゃない? 滅多に怒らない人なんでしょ?」
「まぁ……ね」
私は彼が怒ったところをほとんど見たことがない。仕事でストレスが溜まっていたり、不機嫌なときはなんとなく分かるけど、態度に出ることはあまりない。
唯一怒ったといえば、私が誤って愛車に傷をつけたときにしばらく口を聞いてくれなくなったくらいで。
「だからこそどんなことで怒るのかわからないというか……」
「もう謝ったの?」
「メールで」
「明日は直接謝りなさいよ」
「……はい」
同棲生活を2年もしていれば、相手のことは大体分かる。でも、いざ分からないことに直面すると不安が急に、大きくなる。
「大丈夫」
「え?」
萌は力強く言った。
「前に会ったけど、あんたの彼氏はそんなことで怒るような人には思えなかったし、それに」
「それに?」
「そんな小さいことで怒る男なら別れてやるくらいの気持ちでいればいいのよ」
「萌……」
友の力強い後押しに思わず、
「ありがとぉー!!」
と思いっきり抱きついた。
「はいはい! 分かったから! 制服がしわになるから離れて!」
夜勤を終え、翌朝10時を回った頃、アパートの部屋に帰ってきた。今日、彼は仕事が休みだから多分寝てるはず。
リビングに入るが誰もいない。間違いない。絶対寝てる。
次にキッチンを見た。すると、
「あー作ったのか」
おいしそうな豚汁の入った鍋があった。昨日仕事から帰ってきてから作ったらしい。
寝室に恐る恐る入る。
「……すぅ」
すると気持ちよさそうに、静かに寝息をたてている彼の姿があった。
そんな彼の姿を見ると、なんだかほっとして、
「……えいっ」
――ぼふっ
「ぐぇ」
思わず彼の上に飛び乗った。
「ただいま」
「……ん、おかえり」
「あのさ」
「ん?」
「昨日ゴメンね」
というと彼は思い出したように、
「あ、ああ……たまにはそんなこともあるさ。ドンマイドンマイ」
と笑いながら言ってくれた。
私もつられて少し笑って、
「……眠い」
と返した。
「きみちゃん」
「ん?」
「罰として今日の朝ごはんは、きみちゃんが作ってね。もちろん目玉焼きつきで」
「……はぁい」
第Ⅰ章 完
第Ⅱ章 11月8日「彼女について」
11月に入って急に肌を刺すような寒さが襲ってくるようになった。
先週末は慌てて衣替えをすることになってドタバタしたけど、今週の休みはゆっくりすることができそうだ。リビングには電気ファンヒーターにホットカーペット。これで今年の冬を乗り切る準備はできた。
窓の外は日が出ている。けれど冷たい風が吹いているのだろう。外の並木が大きく揺れている。
時計はお昼の1時。僕、否、僕たちはコーヒー飲みながら、だらだらとテレビを見ていた。
「智くん、暇」
「そうだね」
僕と彼女の連休が、久々に重なった。
「ねぇどっか行こうよ!」
「こんな寒いのに?」
彼女はどこかに行きたくて仕方がないみたいで、朝からずっとこんな調子だ。
「せっかく2人とも連休なのに、もったいないじゃん?」
僕の彼女は看護師だ。だから仕事のスケジュールは不規則で、もちろん土日も関係ない。僕の方は、たまの休日出勤はあるけど基本的に土日は休み。
だから、夜勤明けや1日休みが重なることがあっても、丸々2連休は本当に久しぶりだった。
「家でゆっくりするのもいい休日の過ごし方だと思うよ、僕は」
そう言って3杯目のコーヒーを飲み干した。
「それは今日じゃなくてもできるじゃん!ね、デートしよ」
「……はぁ」
こうなると彼女は折れてはくれない。僕が折れるまで延々とねだってくる。
「どっか行きたいの?」
「アウトレット!服買う!」
「じゃあさっさと準備して行きますか」
「ほーい♪」
何でもさっさと決めてしまう彼女に最近は感心すらするようになってしまった。こういうとき僕は物事を決めるのは苦手だ。だから彼女にはいつも振り回されるけど、それはそれで案外楽しい。最近はそう思うようになってきた。
寒くなって、互いの着る服も分厚くなった。僕はクローゼットから引っ張り出したダウンジャケットを羽織り,彼女も明るい色のコートを出してきた。
それから僕より少し長い彼女の身支度を待って、2人で家を出た。
玄関を出てすぐに外の冷たい空気が顔を直撃し、思わず顔をしかめる。彼女が玄関の鍵を閉め、先に歩き出したのを僕はついて行った。
エレベーターで1階に降り、駐車場に停めてある愛車を迷うことなく目指す。彼女が僕の車を見つけると、小走りで助手席のドアの前に立った。
そして無言で、
「寒いから早く開けろ」
と目線を送ってくる。僕はポケットの中のキーを取り出し、ボタンを押して開錠した。
車内もとても寒くて、すぐにエンジンをかける。鋭く響くエンジン音がうなる。
社会人になって買った、こだわりの愛車はそれこそ彼女を乗せるのには向かないだろう。効きの悪いエアコン、硬いサスペンションが故に発生する振動、社会情勢に反する高燃費、普通の車よりも明らかにやかましいマフラーの重低音。
幸か不幸か彼女は驚くほどにこれに無頓着だった。彼女曰く、
「乗れたら何でもいいよ」
とのことらしい。
駐車場を出て車を走らせる。音楽プレーヤーをつないだカーオディオから流行りの曲が流れている。
「今日、晩ごはんどうしよう?」
「別に何でもいいけど、家で食べたいかな」
「ん、了解。智くん何か服とか買うものないの?」
「別にないかなぁ」
「せっかくだし、何か買いなよ」
「うーん……」
そんなたわいもない話をしたりしなかったりしながら、40分ほどかけて目的地に着いた。
ショッピングモールとアウトレットが併設されたそこは多くの車と人間で溢れかえっていて駐車場の空きを探すのも苦労するほどだった。
高級店からカジュアルな店は多くの洋服店が建ち並ぶ。僕は彼女についていくようにいくつかの店を回った。そのたびに
「智くん、これどう?」
「前もそんな感じの持ってなかった?」
「そうだっけ?」
と彼女の服選びを手伝った。とにかく歩き回る彼女についていくのは大変なんだけど女の人がオシャレなのはいいことだと思うし、何より彼女のキラキラした目をしてるとそんな疲れも大体どうでもよくなる、そう思う。
「智くんも何か買いなよ」
「あ、じゃあ後で本屋寄っていい?」
「いいよ。また車の本?」
「そんなとこ」
「好きだねぇー」
「まぁね」
「もうちょいオシャレしなよ」
「気が向いたらね」
そんな感じで時間が過ぎていく。買い物は今日の晩ごはんの準備のため、食料品売り場へと移った。
「寒いから鍋にする?」
「いいね」
「何鍋にする?キムチ?味噌?」
「きみちゃんが好きなので」
「えーじゃあ……これは?」
彼女の指差したそれはそれなりの値がしているもので、
「それはなかなか……」
「たまには奮発ってことで、ね?」
「ま、そうだね」
とはいえ彼女に決定権を委ねた以上、文句を言うのもアレだった。
さらに、
「あ!じゃあさ……」
と、また何か思いついたみたいで。
すっかり日も落ちて、夜の7時。
テーブルの上には火の着いた卓上コンロと鍋。蓋は閉じられていて中身をうかがうことはできない。
それが煮えるのを待ちながら、テーブルを囲む僕ときみちゃんと、
「……私まで呼ばれて良かったの?」
彼女の仕事仲間の橋本萌さんだった。
「だって鍋って皆で食べる方が楽しくない?」
「えーでもさ……」
とチラリと僕の方を一瞥する。僕はそれに気づいて、
「同感。2人より3人の方がいいよ」
と答えた。
そんな話をしている内に鍋がいい感じに煮えてきた。きみちゃんが
「ほら!もうできるよ、せーのっ」
と鍋の蓋を開ける。勢いよく立つ湯気の中から
「はーい今日はカニ鍋!」
真っ赤に茹で上がったカニが姿を現した。
僕と萌さんも
「おー」
「美味しそう!」
と声を上げた。
「ほら食べよ食べよ!」
「うん」
「いただきます!」
こうして3人の鍋パーティーの時間はあっという間に過ぎていった。
途中から女性2人はお酒も入って、仕事の愚痴やら何やら。楽しそうで何よりだけど。
僕もビールを勧められそうになったけど、萌さんを車で送ることになると考えて頑なに断った。
夜も10時を回った頃、
「私そろそろ帰らなきゃ……」
「えーもっといたらいいじゃん!」
萌さんが立ち上がろうとするところをすっかり酔いの回ったきみちゃんが抱き着いた。
「あのね、あんたが休みでも私は明日当直なの」
「えー……きゃっ」
すっかり絡み上戸になった彼女をとりあえず無理やりひっぺがす。なんか文句垂れていたのを流しながら、
「すみません。車で駅まで送ります」
「あ、いいですよ。この子の方が心配だし」
「大丈夫ですよ。どうせこのまま寝ちゃうんで」
そう言って萌さんを玄関へ案内する。後ろから
「智くん、萌に浮気したら許さんぞー!」
って大声が聞こえた。
「……本当に大丈夫ですか?」
「まぁ、大丈夫でしょう」
駅へ向かう途中の車の中。
「萌さん、お酒強いんですね」
「あの子よりは、ね」
「はは……」
「この車カッコいいですね」
「中古ですけどね、知ってるんですか?」
「まぁ、元カレが欲しがってたんで」
「あー……それは何とも」
「別にいいですよ。もう何とも思ってないし」
「そう言っていただけるとありがたい」
なんて、意味のない会話を繰り広げていたのだけど……
「酔った勢いで聞きますけど」
「はい」
「ぶっちゃけ君香とはどうなんですか?」
「うーん、どうと言われましても……ねぇ」
と、とても、とても返事に困る話題が投げ込まれてきた。
「あの子って周りを振り回すタイプじゃないですか、良くも悪くも」
「はは、そうですね。萌さんもそう思ってましたか」
「専門学校の頃から色々と。智宏くんって、そういうの苦手そうだから」
「まぁ苦手と言えば苦手ですよ」
車は最寄りの駅に到着した。ロータリーの適当な場所に車を停めて話を続けた。
「ただ、きみちゃんの場合、色々率先して決めてくれるのは僕的には楽だったと言いますか。お互いになんか補い合ってるっていうか、僕の世界と彼女の世界が上手くパズルみたいにはまってるんでしょうね」
「なるほどね」
「冷静に考えてみれば真逆な感じがするんですけどね。それが偶然はまっただけだと思いますよ」
僕の話を聞いていた萌さんに突然、
「……ノロケだ」
と言われ、急に恥ずかしさがこみ上げる。
「あ、いや! 別にそういうわけじゃ。きみちゃんには言わないでくださいよ」
「言わない言わない。私も似たような理由なんだと思います、あの子と一緒だったのは。ほら私達って真面目っぽいところとか、似てないですか?」
「……かもしれないですね」
「ですよね?ふふっ」
「ははは」
「今日は本当にありがとうございました。それじゃあ」
「じゃあまた」
駅へ入っていく彼女を見届けたあと、僕は車を走らせる。
酔っぱらって寝ているであろう、ちょっと人を巻き込む癖のある愛しい愛しい恋人のもとへ。
第Ⅱ章 完
第Ⅲ章 12月31日「これからのはなしをしないか」
今年も残すところ、あと数時間余。
数日前に仕事納めも完了して、ようやくゆっくり過ごせる。というわけにもいかなかった。彼女の仕事は年末年始関係ないし、僕は僕で大掃除とか、送るかも分からない年賀状作りとか。
とりあえず今言えるのは、
「お蕎麦できたよー」
今年の年越しは彼女と一緒に過ごせる。
「いただきまーす」
「いただきます」
年越し蕎麦を食べながらテレビを見て過ごす。
「今年はアニメやってるんだね」
「これ見たことないよ」
「えーこれ凄く泣けるよ」
年を越したところで、大きく何かが変わるわけでもないけれど。こうして彼女とまた1年を過ごせたのは結構幸せだったんじゃないかって思う。
今年は年越しだけでも過ごせてよかった。今年のクリスマスは仕事、忘年会で悔しい思いをしたから、その反動で余計にそう感じる。
「ごちそうさま」
彼がそう言って後片付けを始める。
ほとんどケンカというケンカもなく、それなりに幸せな1年だった、と思う。
同棲を始めて2年、互いのいいところも悪いところも知っているであろう私達。
来年もこんな1年だろうか。
ふと僕の頭を来年、それからのことを考えた。
僕と、それから彼女はこれからどうなっていくのだろうって。
変わっていくなら、どう変わるだろうって。
もし結婚したら?子供ができたら?それとも別れたら?
私も彼もいい年になった。このままいけば結婚だってある。子供が出来たらどうするのかな。
私達の関係に、大きな変化があるかもしれない。
そう思ったとき、彼女と目があった。
そう思ったとき、彼と目があった。
余りにタイミングが合いすぎてお互いに考えるのが馬鹿らしく、おかしくなって笑った。
「智くん、どうしたの?」
「なんでもないよ」
とりあえず来年も――幸せでありますように。
第Ⅲ章 完