ただ一つの星
ふぅ・・・
SNSに羅列されているチャットをひと通り見終わり
スマートフォンをポケットにしまう
ふふ・・・
つい思い出してしまい笑みが溢れる
先ほどまでの重く沈んだ気持ちが
まるで嘘のように軽くなっていく
彼女を知ったのは一年前
SNSのタイムラインに友人から回ってきた一つのチャットがきっかけだった
内容はよくある"歌ってみた"の宣伝だった
普段なら無視してしまうところだったが
チャットの主のサムネイルに目が止まった
そこに描かれていたのは
まるで道化師のようにおちゃらけた可愛らしい動物のキャラクター
よくあるカッコつけた気取った絵ではなかったことが好印象だった
自然とチャットに添えられたURLをタップする
飛んだページは歌や音声などを自由に録音して投稿するサイト
ページの見方がよくわからなかったが
大きく再生ボタンがあるのだけは分かった
恐る恐る再生ボタンをタップする
そこから流れてきたのは
彼女の楽しげな歌だった
何者にもとらわれることなく自由に歌う彼女の歌声は
まるで自分も一緒に歌っているかのような
心躍る満ち足りた気分にさせてくれた
それからは
彼女が歌を投稿するたびに聞きに行く
どんなに落ち込んでいても
その歌声を聞くたびに元気が湧いてくる
そしてある時
彼女のことがどうしても気になっていた私は
勇気を出してSNSのDMで話しかけてみた
内容は・・・
「突然のメール失礼します。
いつも、貴女の歌を拝聴させて頂いております。
貴女の楽しげな歌声に、いつも元気を頂いております。
これからも、貴女の歌が投稿されるのを楽しみにしております。」
ただのファンメールのようなものだ
しかし、メールを送信して直ぐに返事が帰ってきた
「私の歌を聞いてくださってありがとうございます。
そのように言っていただけてとっても嬉しいです。
これからも、沢山の元気が届けられるようにがんばりますね!
それから、もし良かったらでいいのですが
お話し相手になってもらえませんか?」
それからだった
彼女と沢山のメールのやりとりをした
甘いものが好きだとか
あのサムネイルは自分で書いているだとか
踊るのが好きだとか
今日は街に出てショッピングを楽しんだとか
動物園に行くのが大好きだとか
本当に他愛もない会話だったけれど
少しづつ彼女のことを知っていけることが
嬉しくてたまらなかった
そして、ついに彼女と会うことが出来る
先程のSNSでのやりとりである
「いつか、貴女に直接お会いできたらいいなぁ」
そう、わざとらしく送ったメールに彼女は難色を示していたが
その後の必死の説得のかいあってか
「わかりました。
でも、驚かないでくださいね?」
と、承諾のメールを送ってきたのだ
会えるのは今度の日曜日
その日のことを考えると仕事で失敗したことなんか小さなことだ
冬の澄んだ星空を見上げる
そこには煌々と輝く満点の星々が
まるで私を祝福するかのようにまたたいていた
今日は日曜日
朝の駅前を行き交う人達はおしゃれをして笑顔で歩いている
あと30分もすれば彼女との待ち合わせの時間
その時には、自分もあの笑顔で歩く人々の中に混ざるのだ
そのことを考えると自然と顔がにやけてしまう
刻々と近づく待ち合わせの時刻
後25分・・・20分・・・・
今日のためにいろいろ準備してきた
デートコースもバッチリである
15分・・・10分・・・
想像の中の彼女を思いながら
一体どんな人なんだろうと想いを廻らせる
5分・・・
あと少しである
鼓動がだんだん早くなっていくのがわかる
1分・・・
もう電車を降りたところだろうか?
駅の改札を眺めながら今か今かと待ち続ける
しかし・・・今しがた到着した電車から降りてきただろう人の群れに
それらしき人影は現れない
まぁ、少しぐらいの遅刻ならむしろ可愛いもんだ
そう自分に言い聞かせて
もう暫く待つ
心配になってメールを送ってみたが返事は一向に帰ってこない
どうしたんだろう?
何かあったのだろうか?
しかしとうとう・・・
昼を過ぎても
日が沈んでも
彼女は現れなかった・・・・
はは・・・
こんなものか
あんなにはしゃいでいた自分が馬鹿みたいだ
そうだよな
顔も知らない、素性も知らない男なんかといきなり会ってなど
くれるはずもなかったのだ
考えればあたりまえじゃないか
普通だったら警戒して疎遠にされる
こんな見ず知らずの俺にあれだけ迫られたら
とりあえず了承するしかないもんなぁ
現実を知った自分の冬の夜空には
大きく輝くオリオン座の一角が
一際眩しく輝いていた
それから一週間
彼女とは一切連絡を取っていない
それはそうだ、自分は警戒されていたのだ
ましてやあんなことがあった後に連絡など取れようはずもない
そして何故かあれからぱったりと彼女の歌の投稿も止んでいる
そこまで警戒されていたのか・・・
やはりネットでの出会いなど・・・辛いだけだった
だがしかし、何度彼女のことを忘れようとしても
むしろ思いが募っていくだけで胸が張り裂けそうになる
仕事ではなんとか平静を保ってはいるものの
ふとした瞬間に張り裂けそうになる気持ちが蘇ってくる
そのたびに、自分が彼女のことを本気で好きだったんだと思い知らされる
それは布団に入った時にも現れ、落ち着かず寝ることすらままならない
このままでは本当にダメになってしまうと
とにかく仕事に打ち込む
それによって普段よりも仕事が進む上に
うまくいくものだからお笑いだ
バカなのか俺!いい加減に忘れろ!
もうかなわぬ思いなのだ!
そんなことは自分自身がよくわかっているじゃないか!
くそ!こんなものがあるから!
手に持っていたスマホを地面に叩きつけようとして天高く振り上げた時
突然着信音が鳴り響いた
え?メール?
彼女から!?
今更になってなんの用なのだろうか
期待はせぬようにと自分に言い聞かせながら
それでもメールを開く手は急いでいた
え、これって・・・どういう・・・
「突然のメールをお許し下さい。
私は、天海 星奈の母、天海 優子と申します。
娘の星奈がいつもお世話になりました。
そして、本当にありがとうございました。
驚かれるかもしれませんが、星奈はもうこの世におりません。
ですが、貴方とのメールのやりとりをしている間の星奈は
本当に楽しそうで、まるで病気であることなんか忘れているかのようでした。
余命3ヶ月と言われていた星奈が一年も保ったのは、まぎれもなく貴方のおかげです。
貴方に会うとなった日の前日も、ずっと楽しみにしてはしゃいでおりました。
なのですが、その日の朝、笑顔のまま息を引き取りました。
本当に突然のことでした。
星奈も私達も、いつかこうなることはわかっておりました。
でもまさか、貴方にお会いできるという日だなんて思ってもおりませんでした。
実は、星奈から自分が逝ってしまった時に貴方に渡してほしいと言われていた手紙があります。
添付してあるファイルが星奈からの手紙になります。中身については私も知りません。
これは貴方にだけ当てられたメッセージになります。
よろしければ、読んでやってはいただけませんでしょうか?
天海 優子」
うそだろ・・・そんな・・・・
そうだ添付ファイル!
急いで添付されていたテキスト形式のファイルを開く
そこには、まぎれもなくあの彼女のトーンで綴られた文章が書かれていた
この手紙が読まれる頃にはもうこの世にはいないだろうこと。
歌い始めた時のこと。
それによって素晴らしい出会いがあったこと。
メールのやり取りが唯一の心の支えであったこと。
そして、恋をしたこと。
「ですが、この想いは私が死ぬまで心の内に秘めておこうと思います。
なので、この手紙に、私の想いの全てを綴ろうと思います。
貴方が好きです。
この体がもっと長生きできるのであれば、すぐにでも貴方の元へ行きたい。
貴方に直接会いたい。
一緒に色んなことがしたい。色んな所へ行きたい。
いつか話した動物園やテーマパーク。
貴方との食事。
貴方と過ごす毎日。
でも、全てかなわぬ願い。
私はすぐにいなくなってしまうのに、貴方にこれ以上甘えてしまったら
私のわがままに歯止めが効かなくなってしまう。
だから、歌という形で私という存在が生きた証を、想いを、残し続けたかった。
私にとっての最大限のわがまま。歌と貴方とのメール。
ベテルギウスという星を知っていますか?
オリオン座の中でも、いえ、地球から見える太陽を除いたすべての星の中でも一番大きく輝いて見える星。
だけどその眩いまでの輝きも、今この瞬間には存在していないかもしれない。
ベテルギウスという名前の由来は
「巨人の脇の下」という意味のアル=ジャウザーという名前からという説がありますが
本当はアル=ジャウザーという名前は女性の名前なんだそうです。
私は、貴方にとってこのベテルギウスのような存在なのかもしれません。
もしかしたら明日には失くなっているかもしれない命。
見えているのに、存在していない。
私は、この世を去ってからも、あなたの心のなかで輝き続けていたい。
だから、私にとっての最大限のわがまま。
せめてもの、私の願い。
それでは、お身体には気をつけてお過ごしください。
お元気で、さようなら。」
涙が・・・止まらなかった
涙で滲んだ夜空には、一際大きく輝くベテルギウスだけが見えた
end