5ショートストーリーズ3 その3【ホーム・スウィート・ホーム】
12月の声を聞くと、町は慌ただしくなる。裏町にある立ち飲み屋でも…
十二月の声を聞くと町も慌しくなる。
クリスマス商戦、新年の準備、今が稼ぎ時だと商売人は活気付く。
裏町の小さな立ち飲み屋でもそれは同じ。
親父は不景気でしょうがねぇが口癖だが、今の時期はその回数も
減っているようだ。
今日もいつもより客足が伸びて、定時よりも早く店じまいしよう
としている処に、なじみの客が顔を出した。
「親父さん、悪りいが一杯だけおくれ!」
まだ若いが結構稼いでいるという噂のパチンコ打ちだ。
「よう、あんた、年末年始はどうするんだい? やっぱ帰省するの
か?」
親父はコップ酒と共に、こんな言葉を差し出した。
「ん? オレは帰らない。てか、帰れねえな。こんなザマじゃ」
「北海道だっけか? たまには親御さんにも顔を見せてやんな。
へい、これはサービス、と」
親父が焼き鳥を一本、男の前に置いた。
「ああ、ありがと。でもさ、親父さん、オレ、今年はいつもとは違
うんだぜ? ガキが出来るんだからな。新年にはオレ、子持ちだぜ」
「え? パチンコ屋の店員とデキたって話は聞いたが。そうか、あ
んたも親になるのか」
「ああ、だから今年はちゃんと家に居なくっちゃ。マイ・スウィー
ト・ホームにな」
「そうか。あ、そうだ、これ持ってってくれよ。焼き鳥。嫁さんに
栄養つけてやって」
「あ、すんません、親父さん」
「今日は早く帰ってやんなよ。寄り道すんな」
パチンコ打ちはコップ酒をグイッと煽ると、ぺこっと、頭を下げ
て出て行った。
「ああ、あいつも人の親にね。なんかこう、時の流れって奴を感じ
るね」
自分でそう言って、へへっと照れてコップを下げた時だ。
「おじさん、まだいい?」
派手な格好をした三十女が入ってきた。
「お、マリちゃん。今日も婚活とやらかい? あ、もう出来上がっ
てるとこを見ると」
「そうよ、悪りいか! 本日も撃沈! どうやら来年も独身生活は
続くってか?」
女は呂律のよく回らない口調でそう言うと
「酒!」
うつむいたままで手を差し出した。
「あ~あ、しょうがないねこの娘は。ほら、マリちゃん、お酒はや
めてこっちにしな」
親父は自分の為に用意していたコーヒーを娘の前にコトリ、と置
いた。
「あ、ありがと。ああ、あったかい」
娘は素直にコーヒーに口をつけた。
「ところでマリちゃんは年末年始はどうするね?」
落ち着きを取り戻した娘に親父はそう訊ねる。
「あたし? 当然、実家に帰るわよ。実家はいいわよ。上げ膳据え
膳だから。親の小言さえ我慢できればね」
「静岡だっけ? 近いから楽なもんじゃねえか。アパートに一人で
いるより…」
「うん。ずっといい。あたしももう田舎に帰る事を真剣に考えてみ
ようかな」
「ほう。それもいいかもな。ほら、大丈夫かい?ちゃんと帰れ
る?」
「だ、だいじょーぶ、じゃ、おじさん、またね」
娘は少しよろけながら帰って行った。
「へへ、あの子もいい子なんだけどな。あ、そうだ」
自分の為のコーヒーが無い事に気づいた親父は、コーヒーを新に
淹れようとその準備を。いい匂いが辺りにも漂い始めた。
その時、一人の老人が店に入ってきた。見るからに寒々しい雰囲
気、堅気じゃないと一目で分る空気を纏っている。
「まだいいかい?」
「ああ、どうぞ。つまみはアタリメ位しかありませんが。それで良
かったら」
「ああ」
辺りを気にしながら、ぶっきらぼうに老人はそう言った。
親父はただならぬものを感じながらもコップ酒とアタリメを差し
出し、なにか話をと、つい、いつもの調子でこう言った。
「お客さん、年末年始はどうなさるんで?」
「ん? わしか? 予定はあるが、あくまでも予定じゃな」
「ほう? 地元の人には見えませんが。故郷はどちらで?」
「北の方。もう忘れた。親戚もみな亡くなったしな。家族もおらん。
言わば天涯孤独の一匹狼よ」
ああ、やっぱりそっち系の人か。そう親父が思った時、老人がポ
ツリポツリと語り出した。
「ワシは十五で家を飛び出して、ずっと裏道街道よ。シャバにいる
よりも塀の中の時間が長かったわさ。こうして年取って、今更シャ
バに放り出されても」
あれよあれよと言う間に、老人はナイフを懐から取り出すと親父
に向け
「あんたにゃ何の恨みも無いが。すまん、堪えてくれ。ほれ、早く
通報しろ!」
「あ、あんた…まさか」
「予定通りに我が家に戻るのさ。ほれ、早くしな!」
首元にナイフを突きつけられたら、もう言いなりになるしかない。
「わしの我が家は今でも塀の中にしかないのよ。そこにしか安住の
地はないのさ」
親父は言われるままにしようと思った。恐怖感は無く、ただ、憐
れみの涙がこぼれそうになった。
五分後、パトカーが急行し、老人は望み通りにお縄に付いた。
「親父さん、済まなかったな。あんたにゃ迷惑かけちまった。でも
よ、これも何かの縁と堪えてくれ。わしもホーム・スウィート・ホ
ームとやらに戻るんだ」
老人は立ち飲み屋の屋号 愛的我家を指し示しながら言った。
「おまわりさん、すんません、これ、その人に。飲む間だけ時間を」
「あ? アンタ被害者だろ? 現行犯逮捕だぞ?」
まだ若いおまわりがそう言ったが、親父は老人の手にコーヒーの
入ったカップを握らせ、それから老人の耳元で囁いた。
「おいあんた、望み通りにちゃんと証言してやるから安心しな。で、
また出てくることがあったら、ここに寄んなよ。シャバのホーム・
スイート・ホームにさ」
その言葉を聞くと老人はコーヒーを一口すすり、
「ああ、ぬぐだまる」(ああ、あたたまるの意)
そう言ってカップを置くと、親父に向って手を合わせてから若い
おまわりを促してパトカーに乗った。
遠ざかるサイレンの音を聞きながら親父は考える。愛しの我が家
も人によって様々だな。ああ、俺も早く帰ろう、母ちゃんと子供た
ちが待つ我が家に。
いつもは煩いカカアと出来の悪い子供たちが、今夜はやけに愛お
しく感じる。
師走の町は、色んな思いを含んで今日もキラキラと輝いていた。
ホーム・スウィート・ホーム(成句で、我が家にいて[戻って])ほっとする という意味)は人それぞれ。どれが正しいとかはないんですね。