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記憶の彼方  作者: 野津
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仄かな陽気と日の光が僕の体を包む。

そんな、ふわりふわりと宙に浮くような明るさと暖かさの中、僕の心は蜂の巣をつついたよりも騒がしく、嵐の中の小舟のごとく、荒々しい感情の波に乗せられていた。



ここは何処だ?僕は誰だ?



僕の心には、何かが抜け落ちてしまったような虚無感があった。

その、何かが抜け落ちてしまった心の穴には、隙間風が容赦なく吹き込んでくる。


何か、この穴を埋める手がかりは無いものかと、僕が寝ている嫌にふかふかとした物から起き上がり、周りを手で叩いて確かめる。

ゴツゴツとした、冷たい物に手が触れた。それが何か、混乱していた僕は警戒もせず掴み、目の前へ持ってくる。

それは、…名前は解らないが、心の穴が無かったころに使っていたような、そんな気がした。

心の穴が無かったというのはどこか変だが、そのような例えしか見つからない。

あらゆる感情の波に揺れていた心が、少しの安堵感得て僕を落ち着かせる。


名前の解らない、ゴツゴツとしていて、黒光りし、とても手に馴染むそれを、僕は体に纏っている布の袋状になっているところに突っ込んだ。いつか役に立つだろう。そう思ったからだ。

とりあえず此処からでよう。そんな漠然とした目標をつくり、床に足を着ける。そして、足に力を込める。


瞬間、目の前が真っ白になり、そのまま空気に押されるような形で、僕は床に吸い寄せられた。

これがどのような原因で起きたのか、一体何なのか、判断しようとしたが、何かが抜け落ちてしまった不完全な脳では、考えられない。


どこからか足音が聞こえ、近づいてくる。僕の心は、またしても騒がしくなった。それに加え、恐怖感も一定のリズムを刻む足音が近づくにつれて増してくる。



なんとか起き上がろうとするが、変に緊張した体は思うよう動いてくれない。

そうこうしているうちに、足音は止み、代わりに目の前の木の板が内側に押された。

軋むような音の中、少しだけ顔を向けてみると、黒髪の少年が姿を現した。


「…朝霧、大丈夫か?」


頭上から、労るような声が聞こえくる。何故か、今まで動かなかった僕の体に力が戻ってきた。

それと同時に、目の前の人物への恐怖が一気に溢れ出し、根拠のない恐怖は僕を苦しめた。


とてつもない恐怖の中、ふらふらと立ち上がった僕に、目の前の彼は尚も声をかけてくる。

その声が無性に胸の奥を刺激するが、それよりも恐怖心が勝った。わからない恐怖。何もかもがわからない。だから、僕は全てを恐れた。


気がついたときには、先程手にしていた手に馴染むそれの、引き金のような物を引いていた。


途端に、何かが破裂するような音とともに、体に感じたことのないような、しかしどこか懐かしい衝撃が腕を伝い、走る。目の前が一瞬真っ白になった。 何かが抜け落ちてしまった今でも、こびりつくように残っていた感触。


またしてもふらつくが、両足で踏ん張り、なんとか体勢を持ち直す。


「何するんだ!」


目の前の彼が怒鳴った。


体の奥から湧く、ぞわぞわとした感覚で体が小刻み揺れている。その感覚は虫のように、体を這いずり回った。


「いいから手を挙げろ…」


手を挙げてどうなるか、全くわからない。今の言葉で気圧されたのか、彼の目は大きく開かれ、どこか色を失ったかのようにみえた。


「挙げないと…撃つ。」


またして、意味のわからない言葉が自分の口から零れ出る。撃つと言ったからだろうか、彼は素直に手を揚げた。

“撃つ”という言葉には、どんな意味があるのだろう。恐怖の中、僕はそんなことを思った。そのわからないということが、今現在一番恐ろしいものである。


目の前の彼は僕の方をまじまじと見てきた。その視線が体に突き刺さり、妙な痛みを残す。


僕の頭は混乱し、今にも発狂してしまいそうだ。そんな頭で僕は彼に名前を尋ねた。混乱した頭だが、どうも彼のことが気になる。好奇心は時に、恐怖をも上回るものなのだろうか。

彼に名前を尋ねる声は、自分でも笑ってしまうほど声が揺れていた。


彼に名前を尋ねるとき、僕の視線は真っ直ぐに彼をみた。恐怖で混乱していたが、彼が酷く絶望しているのは目に見えてはっきりしている。


少しして、彼の口が重苦しく開かれ、彼の名を口にした。


「夜霧だ。」


夜霧…僕の頭の中に、そのような名前は記されていなかった。


「そうか、夜霧…か…。」


噛み締めるように僕は言葉を口にする。

部屋は、明るい何かによって金色に染まった。


夜霧という名前を聞き、何か感じることがあるのでは、と思った。だが、僕の期待は裏切られ、底のない沼地のような悲しみが増えただけだった。


「わからない、自分の名前も、人の名前も、ここが何処かも…」


自分でも初めて聞く、か細い声が口から零れる。


「夜霧…だったか…もう、手を下ろしていい…」


名前を聞いた僕は、彼に手を下ろさせ、何度も彼の名を頭の中で復唱した。

先程の恐怖は消え去り、代わりに言いようのない悲しさと虚しさが心に黒い陰を落とす。


「なあ、朝霧…」


彼が誰かの名を口にした。


「それは、僕の名前?」

「あぁ、お前の名前だ。全部、わからないのか?」


彼は僕に問いかけた。その言葉で、僕の心は少しずつ崩壊していく。


「わからない。おかしいんだ、僕。」


またしても、声が揺れる。この揺れるという表現も何か違う言葉に置き換えれるのだろう。喉元までせり上がり、引っ込む言葉は僕を苦しめた。

足の真ん中あたりに力が入らず、そのままへたり込む。


「おかしいんだ。君のことも自分のことも、どこかに置いてきてしまったみたいで…変なんだ…。」


いつしか僕の口は勝手に弱々しい言葉を紡ぎ出した。

心に空いた穴が悲鳴を上げる。

頬に知らない温もりが横切った。


「朝霧…、置いてきたのなら、取り返さないか。」


僕は彼の言葉に驚き顔を上げる。

頬に湿った温もりが滑り落ち、その滑り落ちたものが手に落ちた。そこで、その滑り落ちたものが雫だと僕は知った。


「取り返す…?」


疑いを拭えない僕は彼の言ったことに対し問い返す。


滑り落ちる雫を無視していると、少し落ち着いてきた。


「…僕も、記憶を取り戻したい。」


きっと、記憶というのが僕の欲しいもの。そんな気がしてその言葉を口にする。


「俺も手助けする。絶対に取り戻そう。」

「…うん。」


彼は力強く僕に語りかけた。

彼といると、自然と知らない言葉を使うことができた。


きっと、この心の穴を埋めることができる。根拠は無いがそう思う。 


部屋に落ちてきた輝きは、これからの行き先を教えてくれる光のように見えた。




朝霧くん視点。

何も知らないしわからない彼はこのあとどうなるのでしょうかね…

作者も着地地点を決めてないのでわかりません\(^o^)/

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