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白雪姫

作者: sucre

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだぁれ?」

女王様は鏡に向かって問いかけました。

「それはもちろん、女王様でございます」

鏡はそう答えました。

雪姫ちゃんは、童話『白雪姫』が絵本からそっくり出て来たような奇麗な女の子だ。雪の様に青白い血管まで透けて見えてしまいそうな肌、血の様に赤い果実のように小さくて形の良い艶艶とした唇、黒檀の様に黒い長く真っ直ぐな腰まで届く髪。

しかしその恐ろしい程の美貌は、膝の上に置いた小さな手鏡に映る、長い睫毛で縁取られた大きな目の上で定規でも当てたかの様に真っ直ぐと切り揃えられた前髪を頻りに直しているため、髪の毛のベールですっぽりと覆い隠されていた。そのせいで、黒を基調とした制服と一体になって黒い塊がもぞもぞと動いているように見えた。

高校入学当初の彼女は人目を惹く美しさから好奇の目で見られ、声を掛けたがる者も多くいたけれど、今はその不気味な様子から必要以上に言葉を交わそうとする者はおらず、一定距離以上に近付こうとする者もいなくなっていた。そして彼女には髪の毛のベールの外側にそのような何重もの重々しく見えないベールを纏い、騒がしい休み時間の教室の中にいても、そこだけ黒い影を落とし、恐ろしく静かで別世界のようだった。

「今日は前髪まで捻くれてるのよ」

彼女は苛立った声でそう言いながら、先程と変化が無い、普段とも変化が無いように思える前髪を何度も撫でつけ溜息を吐いた。

「あなたはいいわよね、奇麗だから」

私なんかとても敵わないのに、激しく、心から憎むように彼女はいつもそう私に吐き捨てる。私は雪姫ちゃんが羨ましいのに、存在しているだけで、こんなにも美しいのに。

しかし私はわかっている。彼女が私に憎しみ以上に激しく愛情を抱いていることを。


幼い頃から周囲と馴染むことが難しかったらしい雪姫ちゃんは、元々あまり学校に行っていなかった。小学校の頃と殆ど顔ぶれの変わらない中学校とは違い、知らない人間ばかりが集う高校に行く日にちは次第に減っていき、遂に学校は疎か、外出らしい外出さえしなくなった。

部屋に篭りきりの彼女は、以前教室の隅にいた時と変わらず、ベッドの上で、抱えた膝の上に置いた小さな手鏡に映る自分の顔を見つめている。ああでもないこうでもない、とブツブツ呟きながら前髪の揃い具合や睫毛のカールなどを一向に変わりもしないのに直している。必要最低限以下の食事と排泄と睡眠の量のせいで、肌も髪も唇も以前の色艶を完全に失っていたが、彼女はそれに気付く様子もなかった。そうしているうちに一日が終わっていく、という日々を飽きることなく何度も何度も繰り返していた。

クラスメイトはもちろん家族でさえ、雪姫ちゃんのこの状態を見て、ああやっぱりか、遂に来るべき日がやって来たのだ、と太陽が東から西に移動するのと同じようにそれをごく自然な流れとして受け止めていた。

回転木馬のように同じことが巡るだけの毎日だと誰もが思っていた。しかし、身体を支柱に貫かれた木馬達は、もうそろそろゼンマイが磨耗して自分達が次こそは一ミリ足りとも動けなくなることを予期していた。


彼女を包んでいた重々しいベールが、ふっと緩む。そしてとても奇麗で嬉しそうに、だけど恐ろしく歪んだ笑みを赤い果実のように艶艶した唇の端に浮かべている。

「なんだ…簡単じゃない。あいつが死ねば良いのよ…!」

そう不気味な呪いの言葉を吐くと、片時も離さず手にしていた手鏡を、ベッドのすぐ横の壁に立て掛けてあった姿見に投げ付ける。亀裂の入った私を見て、彼女はもう我慢できないという様子で笑い出す。

「なんて無様なの!なんて醜いの!早く私の前から消えなさいよ…!」

殆ど立ち上がることのなかったフラフラしている脚からは想像もつかないような強さと勢いで、私を殴っては亀裂を増やし、床にパラパラと落ちる破片を更に細かく踏み砕く。素足の皮膚に私が食い込んで血が滴っても、痛みなんか最早感じていないらしく、彼女の口からは笑い声が上がる。

「死ね!死ね…!」


真っ白な立方体の真ん中にある、シーツもパイプも真っ白なベッド。その上に艶かしい姿で横たわる艶艶で真っ黒な髪の毛を扇状に広げている真っ白な肌の少女。その真ん中に浮かぶ、林檎のように真っ赤な唇には恍惚とした笑み。

「あいつのいないこの世では、私が一番美しい…」

「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだぁれ?」

女王様は鏡に向かって問いかけました。

「それはもちろん、女王様でございます」

鏡の中の女王様はそう答えました。

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