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「貴方様が夕食をお召し上がりにならないと言って、侍女が困っていましたよ。イリヤー様」
「ヴァラン……!」
薄暗い室内に入ると、寝台に横たわっていた人影が驚いたように自分の名を呼ぶ。夜目にもほっそりとした白い腕が上がり、自分の方へと伸ばされるのを見て、ヴァランはゆっくり歩み寄ると、そっと寝台の縁に腰掛けた。
「泣いていたのですか?」
指先でそっと触れると、目尻からこめかみにかけてが冷たく濡れている。
「……もう来ないかと思った」
イリヤーは両腕を伸ばしてヴァランの首に回すと、自分の上に引き寄せた。今は暗くてよく見えないが、イリヤーはレライエによく似ている。ブラウンの髪に青い瞳。数年前から髪を伸ばしているので、余計に若い頃のレライエを思い出させる。ヴァランは長い指でイリヤーの髪を一束掬い上げると、そっと唇を押し当てた。
「いつまで伸ばされるおつもりです?」
「……死ぬまでだよ」
一瞬の沈黙の後、イリヤーが答える。そして、ヴァランの背に腕を回して胸元に顔を寄せると、ギュッと眉を顰めてその胸を押しやった。
「……母上の臭いがする」
「夕刻にお会いしましたので」
身体を起こしながら答えると、イリヤーがフイと顔を背ける。
「会っただけでは臭いは移らないよ……」
「貴方と同じでスキンシップのお好きな方ですので」
薄く笑って答えると、イリヤーは再び顔を向けた。
「……第二王子を連れて来たの?」
「はい」
「どんな子?」
「子……と言う年ではありませんが、普通の十八の青年でしたよ」
ヴァランはそう言うと、イリヤーの手首をそっと掴む。
「お食事を抜かれるのは感心しませんね。もう少し太って体力をお付けになりませんと」
「……ハロルドは健康なんだね」
どこか虚ろな目をしてイリヤーが呟く。
「そうですね」
ヴァランは答えると、イリヤーのやせ細って節ばかりが目立つ指に口付けた。
「もしお召し上がりになるのでしたら、私が食べさせてあげましょう。侍女に持って来させますが、どうなさいますか?」
指に唇を寄せたまま視線を向けると、途端にイリヤーの瞳が惑う。
「……食べる」
短い沈黙の後、イリヤーの声が小さく答える。常は血色の悪い頬が薄く色付いたのを見て、ヴァランは静かに微笑んだ。