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謁見の間に通されたハロルドの前に現れたのは、父と呼ぶには遠慮がいる程の若々しい偉丈夫だった。ハロルドは片膝を折り、深々とお辞儀をして声が掛かるのを待つ。ハザウェルは数人の衛兵を伴って部屋に入って来ると、壇上に置かれた背もたれの高い大きな椅子に腰掛け、初めて会う息子をまじまじと見詰めて満足そうに頷いた。
「さすがはシルフィーヌの自慢の息子。良い男に育ってくれて嬉しいぞ」
「ありがとうございます。国王におかれましては、公務でお忙しいにも関わらず、いつも私たち親子にお気遣い頂きまして深く感謝しております」
ハザウェルの言葉に、ハロルドは低頭したまま畏まって答える。そっと顔を上げて視線を向けると、ハザウェルが嬉しそうに笑んだ。
「美しい目だ。髪は残念ながら私似だが、瞳はシルフィーヌによく似ているな」
親であるなら誰もが自分に似ている所を探すと思われるが、ハザウェルはハロルドにシルフィーヌの面影を見つけて嬉んでいるらしい。その表情だけを見ていると、一度も会いに来ない国王のことを母が慕っているように、国王も母のことを大切に想っているように思える。ハロルドはまたしても内心で首を捻った。
「急な出立で疲れたであろう。すぐに食事の用意をさせるから、それまで部屋でくつろぐがよい。ヴァラン」
ひとしきり息子の顔を眺めて満足したのか、ハザウェルはそう言うと、脇で控えていたヴァランを呼ぶ。
「今日からお前の教育係になるヴァランだ。教育係と言っても、もう子供ではないから世話係と言ったところか。不自由なことがあったら何でも言い付けるがよい」
「どうぞ何なりと……」
ヴァランが目を伏せて一礼する。
「お気遣い、痛み入ります」
ハロルドは再び畏まって父王に頭を下げると、謁見の間を退室した。
「えらく厳重なんだな」
ハロルドの自室へ行くには、鍵の付いた扉を開けて直通の通路を通らねばならない。長い廊下には窓もドアも無く、延々と続く白い壁にランタンの明かりだけが点々と灯っていた。
「当然です。この宮中で大切な第二王子の命をお守りするには、どれだけ用心しても、し足りないくらいです」
ハロルドの問いに、ヴァランが答える。
「この通路は王と私しか入れません。必要と思われるものは全て用意してありますが、何か不自由がございましたらお呼びください」
廊下の突き当りを左に折れると、その奥に頑丈そうな扉が現れる。ヴァランはカチャリと鍵を開けると、ハロルドを中へ促した。
通されたのは応接室だった。窓の向こうに小さな箱庭が見え、その箱庭をグルリと囲むようにして控えの間や居室スペースが配置されている。箱庭の中央には小さな噴水と花が植えられており、その上には鋏で切り取ったような四角い青空がくっきりと浮かんでいた。
「食事の支度が整いましたらお迎えにあがりますので、それまでにどうぞお召し換えを。それと、私以外の者が来ても絶対に扉をお開けになりませんよう。いいですね?」
小さい子供に言い聞かせるように念を押されて、ハロルドは思わず苦笑して頷く。ヴァランが出て行くと、すぐにカチリと鍵の掛けられる音がした。
「まるで軟禁だな」
ハロルドは小さく呟き、眉を寄せる。これからの毎日を思い、思わず大きな溜息をついた。