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「ハロルド……!」

「ど、どうしたんだ、ノアールッ?」

 ハロルドは何が起きたのかわからずに、必死にノアールの身体を抱き締める。そこへ、戸口からヴァランがひょっこりと顔を出した。

「おやおや。ちょっとお仕置きをする筈が、少しやり過ぎてしまいましたかね」

 ハロルドの胸に顔を押し付けて声を殺して泣いているノアールを見て、さすがのヴァランもバツが悪そうに言う。その言葉にハロルドは一気に気色ばんだ。

「いったい何をしたんだ、ヴァラン!」

「なに、ちょっとお節介をしただけです。感謝されこそすれ、怒られるのは心外ですね」

 ヴァランが澄ました顔で言い、二人のやり取りを聞いたノアールが驚いたように顔を上げる。

「知り合い……なのか?」

 言葉の最後にヒクッと大きくしゃくり上げる。その泣き顔があまりにも痛々しくて、ハロルドは夢中でノアールの細い肢体を抱き締めた。その途端、少し力を入れただけなのにノアールの身体がクニャリと撓る。その違和感に、ハロルドは驚いてノアールを見た。

「ノアール……君?」

 ノアールがその質問の意味に気付き、ハッとして身体を硬くする。そしてハロルドから身体を引き剥がすと、項垂れて身をすくませた。

「すまない……石を奪っただけでなく、わたしはお前の選択の自由も奪ってしまった……」

「そうじゃなくて……!」

 ハロルドは慌てて首を横に振る。

「石も人生も君のものだ。君に選ぶ権利がある。俺が聞きたいのは……」

 言い掛けて躊躇い、言葉を切る。ノアールは目を見開いて次の言葉を待っていた。

「俺が聞きたいのは、もしかしてノアールは俺の為に……俺の為に女の子になってくれたのかなってことなんだ。そうなのか?」

 真摯な瞳で問い掛けられ、ノアールが動揺したように瞳を揺らす。しかし、過ちは一度で十分だった。

「許して欲しい。私はもう従者にはなれない」

 言葉と共に、再びポロリと大粒の涙が零れて落ちる。その言葉と涙に突き動かされるように、ハロルドは夢中でノアールの身体を抱き締めた。

「俺が今、どれだけ幸せかわかるかい?」

 艶やかな黒髪に顔を埋めて囁くと、ノアールが心底ホッとしたように身体の力を抜く。そして、ハロルドの肩口に額をすり寄せると、良かった、と小さく囁き返した。

「さて、少し急がねばなりませんね」

 ようやく想いが通じ合い、至福の時を味わう二人に、ヴァアンが声を掛ける。

「目覚めるまでに思いのほか時間が掛かってしまいました。王妃の提示した期限は明日でしたね?」

「そうだ」

 ハロルドは厳しい顔に戻って頷く。

「期限とは何だ?」

 事情を知らないノアールに尋ねられ、ハロルドはジッとノアールを見詰めた。

「今から城に来て欲しい。俺の許婚として」

「城にッ?」

 途端にノアールが驚き戸惑う。しかし、それは一瞬だった。

「ハロルドがそうして欲しいなら、私に異存は無い」

「ありがとう、ノアール。嬉しいよ」

 ハロルドは安堵の笑みを浮かべてノアールを見詰める。ノアールはフワリと頬を染めると、少し躊躇ってからハロルドの瞳を見上げて言った。

「もう一度……もう一度石を受け取ってくれないか、ハロルド」

 しっかりと握り締めていた手を開くと、無色透明の透き通った石が陽の光を受けて眩く光る。

「いいのか?」

 頷くのを確認して受け取り、スルリと首に掛けると、ノアールがホッとしたように息をついた。

「良かった……」

「では、行きましょうか」

 ヴァランが再び声を掛ける。

「だが、どうする。歩きでは到底間に合わないぞ」

 ここへ来るまでの日数を考えても、明日中に城に戻るのは絶対に無理だ。すると、ヴァランがニヤリと笑った。

「人間の足では無理ですね。ですが、馬に乗れば大丈夫です」

「馬?」

 ハロルドは眉を寄せて首を傾げる。

「言い忘れていましたが、わたくしもジブリエルの王族の出でして、このノアールとは叔父甥の関係に当たります」

 ヴァランの言葉に、特にノアールが驚いてヴァランを見る。

「特に我が家系は特殊でして」

 ヴァランはノアールに頷きかけると、ハロルドの見ている前で、あっという間に四本足の獣の姿に変身した。

「ユニコーンッ?」

 目の前に突然現れた大きな一角獣を見てハロルドが驚く。真っ黒な一角獣は額の立派な角をひと振りすると、面白そうにハロルドに言った。

「思ったほど驚かないのですね。伝説の獣を見たというのに」

「目の前で突然変身されたのには驚いたけど、ユニコーンを見るのは初めてじゃない。以前見たユニコーンはもっと小さかったけどね」

「それはそれは」

 ハロルドの言葉にヴァランが面白そうに返す。そして、なぜか視線を逸らして赤くなっているノアールに揶揄するような視線を向けると言った。

「残念ながら定員は一名だ。お前は自分の足で付いておいで、ノアール」

「それは無理だ! 代わりにノアールを乗せてくれ!」

 ノアールは変化したばかりで、立っているのもやっとなのだ。しかし、ヴァランはその言葉を無視すると、ハロルドに横腹を向けて早く乗るように促す。

「ノアールなら大丈夫です。それよりも、この姿を人目に晒すわけには参りません。出来れば日の出までに国境に着きたい。お急ぎください、ハロルド様」

「ヴァラン!」

 ハロルドは納得しかねて声を荒げる。その袖を、ノアールが隣からそっと引いた。

「ハロルド、時間が無い。早く乗れ」

「しかしッ……!」

 憤慨して振り返ったハロルドは、しかし、次の瞬間あんぐりと口を開けて瞠目する。

「ノアールッ?」

 ノアールがいた筈の場所に、仔馬ほどの大きさの黒毛のユニコーンが立っている。そのユニコーンが白い前歯でちょこんと自分の袖の端を咥えているのを見て、ハロルドは徐々に笑みに深めると、やがて全てを理解して美しいユニコーンを抱き締めた。

「では、小城近くで出会ったユニコーンも、森で迷った俺を助けてくれたユニコーンも、どちらも君だったんだな、ノアール」

「う……」

 途端にノアールが躊躇える。それを見て、ヴァランがさも面白そうに嘶いた。

「じゃれるのは後です。さあ、お早く!」


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