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「おやおや」

 土砂降りの雨の中、男は小さく溜息をつくとその塊に歩み寄った。

「何をやっているのだ、お前は」

 足下には全身黒尽くめの青年が身体を丸めて倒れている。胸元で握り締めた手の間から、ペンダントの鎖がこぼれているのが見えた。

「それがお前の出した答えか?」

 男はそう言うと、屈み込んでヒョイとノアールを持ち上げる。そして、軽々と肩に担いで辺りを見回すと、煙突から白い煙を立ち昇らせている炭焼き小屋目指して歩き出した。



「ヴァラン!」

 扉を開けて入って来た人物を見るなり、ハロルドは驚いて声を上げる。そして、次に彼が肩に担いでいるものに気付き、息を呑んで駆け寄った。

「ノアール!」

「来る途中に落ちていたので拾って来ました。気を失っているだけです」

「気をッ?」

 ハロルドはぐったりしているノアールの身体を受け取ると、部屋の隅にそっと横たえる。ドロドロに汚れた服を脱がせ、冷たい雨の滲みこんだ下着に手を掛けたハロルドは、そこで初めてその内側にあるものが自分と違うことに気付いた。

「ヴァ……ヴァラン!」

 慌てて下着から手を離し、大声でヴァランを呼ぶ。濡れた外套を干していたヴァランはその声に振り向いたが、ハロルドが驚いている理由に気付くと、クックッと笑いながら再び外套の皺を伸ばす作業に戻った。

「ジブリエル族は大人になるまで性別がありません。その者はまだ未分化なだけです」

「未分化って……」

 こともなげに言うヴァランに、ハロルドは愕然として返す。ヴァランはようやく外套の掛け具合に満足したのか、振り返ると、今度はノアールの着替えに取り掛かった。

「医者に見せなくてもいいのか?」

 ヴァランが着替えさせている間もピクリとも動かないノアールが心配になって問うと、ヴァランが笑いながら首を横に振る。

「心配は要りません。この者の意識が無いのは変化が始まっているからです」

「変化?」

 ハロルドが怪訝に思って尋ねると、ヴァランが興味深そうにハロルドの顔を覗き込んだ。

「おや、自覚が無いのですね。あなたがそうさせた筈なのですが」

「俺が?」

 ハロルドは驚いて訊き返す。ヴァランは頷くと、死んだように眠っているノアールに視線を戻した。

「聞いたことはありませんか。ジブリエルの民は臣下に迎えれば忠実最強の戦士となり、妃に迎えれば英知美麗極まりなし、と」

 それは数日前にハザウェルから聞いた言葉だった。ハロルドは頷く。

「アルフヘイムの王族が身篭ると、ジブリエルはすぐに自国の王族の子供の中から一人を選んで許婚の契約を交わします。そして、相手が成人した時に選ばせるのです。忠実最強の側近が欲しいか、賢く美しい妻が欲しいかと。あなたはどちらを選ばれたのですか、ハロルド様?」

「何を言っている。それではまるで、このノアールが俺の……」

 言い掛けて、ハロルドはハッと息を呑む。その瞬間、全ての符号がピタリとはまった。

「では、あの石は本当にノアールのものだったのか……」

 だとすると、ノアールはジブリエルの王族の末裔ということになる。しかし、自分は今の今までそれを知らなかったわけだから、もちろんどちらも選んではいない。そう言うと、ヴァランが興味深そうにノアールを見る。

「では、この者は自分の意思で選んだということですね。実に面白い。こんな例は聞いたことがありません」

 しかし、ハロルドは面白いどころではなかった。

「ノアールはたぶん、自分の石を取り戻しに来たんだ……」

 言葉にした途端、胸の辺りがツキンと痛む。すると、ヴァランがクスリと笑った。

「では、ハロルド様はフラれてしまったということですね」

「フラれた……?」

 ハロルドは意味を問うようにヴァランを見たが、すぐに意味を理解して再びノアールに視線を戻す。

「そうか……フラれたのか、俺は」

 だとすれば、ノアールの言動にも辻褄が合う。許婚だからという理由だけで望んでもいないのに妻に迎えるのはどうかと反対したり、婚約の証である石を奪って逃げたり……。つまり、こんな奴の妻になるのは真っ平ご免だとノアールは行動で示したのだ。世界広しと言えども、告白もしないうちからフラれてしまった間抜けな男は自分くらいではなかろうかと、知らず大きな溜息が漏れた。

「変化にはどのくらいかかるんだ」

「そうですね。早くて一日、遅くとも三日目には目覚めるかと」

「三日か……」

 王妃と約束した期限は一週間。それも今日で四日目だ。馬でもいれば一日で戻れる距離も、歩きでは到底期限内には戻れまい。ハロルドは再び小さく溜息をつくと、ピクとも動かないノアールを見詰める。暗くなり始めた窓の外では、いつの間にか激しい雨に代わって小糠雨が世界を白く煙らせていた。

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