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 その洞穴は大きな岩場の横腹に開いており、奥行きはそれほど無いが、多少の風雨なら凌げるだけの広さがあった。ノアールはその洞穴に誰もいないのを確認すると、道々で拾って来た枯れ枝を入り口から少し入った場所に一まとめに置く。そこには焚き火の跡があり、どうやらそこで旅人達が火を焚いて暖をとっているらしかった。

「慣れたものだな」

 手際良く火を熾すその姿に、ハロルドは感心して言う。そして、自分は来る途中で見た小川で水を汲んで来ようと、水袋を手に洞穴を出た。

「大丈夫か」

 顔を上げて問うノアールに、ハロルドは笑顔で手を上げて足早に元来た道を戻る。森の中は既に真っ暗だったが、せせらぎの音を頼りに進むと、程無く小川に辿り着いた。この辺りは落葉樹が多いのか、枝々の隙間から零れた月明かりが小川の水面に反射してキラキラ光っている。ハロルドは水袋いっぱいに水を汲むと、再び下生えの中を戻った。しかし、それほど道から離れたようには思えなかったのに、なかなか街道は現れない。

「まさかとは思うが、迷ったか?」

 一人旅なら気にもしないが、今は連れがいる。もしかしたら洞穴の焚き火が見えはしまいかと、辺りをキョロキョロ見回したが、生憎どこにも明かりらしきものは見えなかった。

「しまった。また叱られてしまうな」

 なぜか自分はノアールの不興を買ってばかりいるような気がする。道すがらずっと眺めていたノアールの美しい横顔を思い出すと、それはすぐに目元を赤く染めた怒り顔に変わる。

「ふふ」

 こう言っては何だが、ノアールの怒り顔は幼く見えて可愛い。普段は隠している感情が表に出るからだろうか。

(可愛いなんて言ったら、凄い剣幕で怒られてしまうんだろうな)

 いや、もしかしたらレイピアで問答無用に切りつけられるかもしれない。ハロルドはそう考えて、我知らず笑みを零した。

 その時、ガサッと下生えを踏みしだく音がして、ハロルドはハッと立ち止まる。腰の剣に手を伸ばし、じっと辺りの音に耳を澄ました。もしかしたらノアールが心配して迎えに来てくれたのかもしれないので、うっかり斬り付けては大変である。すると、不意に目の前の熊笹がガサガサと音をたてて、中から真っ黒な塊が飛び出して来た。

「あッ……!」

 ハロルドはハッとして身構えたが、それが何なのかを見とめて構えを解く。

「お前は……!」

 信じられない面持ちで手を伸ばすと、真っ黒なユニコーンはハロルドの手の届かない場所まで後退り、つぶらな瞳でこちらを見上げた。

「また会ったね。君はあの時のユニコーンだろ?」

 怖がらせないようにそっと訊ねると、ユニコーンが微かに首を傾げて不満そうに鼻を鳴らす。

「ここで何をしているのかって?」

 ハロルドはハハハと笑うと頭を掻いた。

「実は街道に戻れなくなってしまってね。この先で友人が待っているんだが、今頃きっと心配しているに違いない」

 すると、黒いユニコーンがクルリと回れ右して歩き出す。そして、数歩歩いたところで立ち止まり、振り返ってハロルドを待つような仕草をした。

「ついて来いって言ってるのかい?」

 ハロルドは半信半疑ながらもユニコーンの後について歩き出す。ユニコーンはそれを確認すると、もう振り返ることなく真っ暗な森の中を進んだ。時間にすると、ほんの四半時だろうか。やがてどこからか焚き木の燃えるいい匂いがして来たかと思うと、不意に森が開けて、ハロルドは洞穴のそばに出た。いつの間にかユニコーンの姿は無く、ハロルドは辺りをキョロキョロと見回す。

「遅いぞ。どこまで水を汲みに行っていたんだ」

 洞穴の中ではノアールが焚き火で何かを焼いている。その香ばしい匂いに誘われ、急ぎ足で戻ったハロルドは、洞穴に入った途端に温かい空気に包まれて、自分の身体が酷く冷たくなってしまっていることに気付いた。

「暖かいな」

 嬉しくて火の傍に座ると、ノアールが串に刺して炙った干し魚を目の前に突き出す。

「……あまり心配を掛けるな」

「ごめん」

 ムスッとした顔で言ってはいるが、それほど怒ってはいないらしい。ハロルドは苦笑して謝ると、真っ暗な洞穴の外を見た。

「ユニコーンに会ったって言ったら、君は信じるかい?」

 真っ暗な森の中にその陰を探しながら問うと、子鹿か何かじゃないのか、とノアールが返す。

「どちらにしても、こんなに真っ暗では物の判別などつくまい」

 ノアールはそう言うと、焼きたての魚に齧りつく。ハロルドもそれに倣うと、再び真っ暗な森へと視線を向けた。

「あのユニコーンに会うのは実は二度目なんだ。そう言えば、あのユニコーンは君に似ているよ。黒くてとても優しい目をしているんだ」

 気位が高くて愛想の無いところはとりあえず脇に退けておく。すると、途端にノアールがキッと目元を染めて眦をつり上げた。

「お前はッ……!」

 激高して語気を荒げ、何か言い掛けて絶句する。白い頬だけでなく形の良い耳まで真っ赤に染まったのを見て、ハロルドは慌てた。

「すまない! 怒らせるつもりはなかったんだ、許して欲しい」

 確かに動物に似ていると言われて喜ぶ人間はいまい。ハロルドはそう思い、真摯な面持ちで謝罪する。ノアールはグッと唇を引き結ぶと、顔を背けて焚き火に枯れ枝を放り込んだ。

「私をあまり買い被るな……私はお前が思っているような人間ではない」

 どうやらユニコーンに似ていることではなくて、『優しい目』に対しての言葉だと気付き、ハロルドは首を傾げる。

「そうかな」

 ちょっと考えて答えると、即座にノアールが、そうだッ、とキツい口調で返した。

「お前は私のことなど何も知らない……!」

「そうかな」

 ハロルドはその言葉に再び返すと、焚き火の焔を睨み付けているノアールの横顔を見詰める。

「少なくとも俺は、泊まる所が無くて困っている男を相部屋にしてくれたり、ジブリエルまでの道案内を申し出てくれたり、こうして火を熾して俺の分まで魚を焼いてくれる君を知っている。それだけじゃダメかな」

 途端にノアールの黒瞳が大きく揺れる。

「……お前は……何も知らない……」

 暫しの沈黙の後に零れた小さな呟きは、しかし、洞窟の外を吹く風の音と、枯れ枝のパチパチ爆ぜる音に掻き消された。


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