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「旦那方が最後だよ。もうみんな行っちまったから、気兼ねせずゆっくり食うといい」

 身支度を整えて階下に下りると、既にテーブルの上には二人分の朝食が出来ていた。昨夜と同じ丸パンとスープだけの簡素な食事だが、ハロルドは店主に礼を言ってさっそくテーブルに着く。ハタと視線を留めた先には、宿敵とも言える豆のスープが大きな深皿になみなみと注がれている。ハロルドは溜息をつきながら店主を見るが、店主はカウンターの内側で忙しそうに客が食べた後の食器を片付けていた。

「豆のスープは栄養がある。好き嫌いを言わずに食べた方がいい」

 それを見たノアールが、向かいの席に腰を下ろしながら無表情に言う。ハロルドは困って皿を脇に退けた。

「朝にこれを食べると体調を崩すんだ」

「……」

 昨夜同様、好き嫌いは良くないと説教を始めようとしたノアールが、自分の皿を見下ろしてスッと半目を閉じる。彼も同じものを嗅ぎ取ったのか、そうか、と低く答えると、自分の皿も脇に退けて窓の外を見た。

「……馬はどうした」

「朝起きたら既にいなかった。昨夜か早朝に盗まれたらしい」

 ハロルドは固い丸パンを齧りながら小声で言う。愛馬であれば見知らぬ者が近付いただけでいなないてハロルドに報せたであろうが、王宮の馬は誰でも扱えるように調教されていたのが災いしたらしい。今頃はどこかの朝市で大人しくセリに掛けられていることだろう。

「この後はどこへ向かう」

 同じように丸パンを千切りながらノアールに訊ねられ、ハロルドは視線を戻す。

「ジブリエルへ行こうと思っている」

「あそこはとうに滅んだ」

 眉を顰めて言うのへ、ハロルドは小さく頷き返す。

「人を探している。まずは王宮に行きたい」

「……ッ!」

 ハロルドの言葉に、ノアールがハッと息を呑む。しかしそれは一瞬で、すぐに無表情に戻ると、千切ったパンを口に入れた。

「……道は知っているのか」

「いや、地図は貰って来たのだが……」

 ハロルドはそう言うと、ゴソゴソと荷物を探る。すぐに一枚の羊皮紙を取り出すと、テーブルの上に広げた。

「……かなり大雑把な地図だな」

 ノアールの言う通り、地図には三国の大まかな位置と主要な街道しか描かれていない。土地勘の無いハロルドがこれだけを頼りに目的地に辿り着くのは至難の業とも思えた。ハロルドは、ウ~ム、と唸りながら地図をしげしげと眺める。すると、それをジッと見ていたノアールが小さく溜息をついた。

「……ジブリエルには何回か行ったことがある。良ければ途中まで案内するが」

「え?」

 ハロルドは驚いて顔を上げる。願っても無い申し出に、思わず顔が綻んだ。

「だが、迷惑では……」

「迷惑なら最初から言わない。気にしなくていい」

 ノアールはそう言うと、懐から金を出す。

「世話になった」

 店の主人に礼を言ってさっさと立ち上がるのを見て、ハロルドも慌ててそれに倣った。



 ハロルドが『つけられている』と感じたのは、町外れに来た時だった。

 前方に太い丸太を二本立てただけの簡素な門が見えて来る。そこを過ぎると、その先は荒野で民家は無い。二人が歩いている白い街道だけが一本、右手に見える山の際へと緩やかにカーブしながら伸びている。

「振り向くな……」

 ハロルドがそっと腰の長剣に触れると、ノアールが小声で囁く。

「荒野に出るまでは奴も襲っては来ない」

 この辺りはまだ人目があるので、襲うなら確かにこの先の荒野に入ってからだろう。ハロルドは頷き、そっと隣を見る。自分よりも少し低い位置にある横顔は、賊が襲って来ると言うのに、特に緊張もしていないように見えた。

(……凄い人だな)

 こうして見ると女性のように線が細いのに、昨夜垣間見たレイピアの腕前は戦い慣れたそれだった。剣には覚えのある自分が、油断していたとは言え避けることも出来なかったのだ。殺す気であったなら、とうに喉元を掻き切られていたであろう。

(まあ、相手にあからさまな殺意があれば近付く前に気付くけどな)

 ハロルドは思わず胸中で独り言ちる。昨夜のノアールには殺意は無かった。だからハロルドはノアールを自分の隣に寝かせたのだ。

(そう言えば、凄く軽かったな……)

 ついでに昨夜抱き上げた時のことも思い出し、ハロルドはノアールの顔から視線を下げる。こうして見ると確かに肩も胸板も薄いし、腰などは昨夜の少女よりも細いかもしれない。すると、その視線を察したかのようにノアールが不意に口を開いた。

「昨夜のことだが……」

「す、すまない!」

 ハロルドはその絶妙なタイミングに、思わず焦って反射的に謝る。

「だが、変な心積もりで触れたわけではないんだッ。風邪をひいては大変だと思ったからベッドへ運んだだけで、他には何もッ……」

 必死に言い訳するハロルドを、ノアールが怪訝そうに見上げる。

「そのことではない。お前が店主に部屋へ誘われた時の話だ」

「え……?」

 勘違いを指摘されたハロルドは、一瞬キョトンとすると、次の瞬間耳まで赤くなる。

「そ、そうか……」

「そうだ。あの時店主は客の一人と小声で話していた。てっきりお前を娘と同衾させて、結婚は無理でも高額の慰謝料をむしり取る算段なのかと思ったのだが、どうやら違ったらしい。店主は初めからお前を殺して所持金を奪うつもりでいたようだ。朝食のスープに毒を仕込んだが失敗したので、今度は人を雇って実力行使に出たのだろう。後ろから来るのは、昨夜店主と話していた男だ」

 相手は女のように小柄な若造と、貴族のヒヨッ子である。自分一人で十分だと思ったのであろう。男はたった一人で二人の後をつけて来ていた。

「甘く見られたものだな」

 ノアールが口元を歪めて吐き捨てるように言う。だが、ハロルドの関心は別のところにあった。

「同衾……?」

 耳慣れない単語に首を傾げると、ノアールが呆れたようにハロルドを睨む。

「男と女が一つの寝床で寝ることだッ。いったいどこのお子様だ、お前は……」

 声高に説明し、後半部分は口中でブツブツと呟く。すると、ハロルドはその説明に真っ赤になってノアールを見た。

「では、君と俺は昨夜……!」

「違う!」

 ハロルドの言いたいことに気付いたノアールが目尻を吊り上げて怒鳴る。途端にノアールの頬もカアッと真っ赤になった。

「もう昨夜の事は言うな! 言ったら切る!」

「しかし……」

「切る!」

 シャキン!

 ノアールは腰のレイピアを勢いよく引き抜くと、振り向き樣に後ろから来た男の胴を横薙ぎにする。今まさに長剣を振り下ろそうとしていた男は咄嗟に後ろに飛び退いたが、ノアールの持つレイピアは実戦タイプの両刃だ。

「わああああッ!」

 僅かに掠っただけに見えたのに着衣が横真一文字にざっくり切れ、それを見た男は大声で叫ぶと、一目散に町へと駆け戻って行った。

「今のうちに行くぞ! グズグズするな!」

 ノアールがクルリと踵を返してハロルドに怒鳴る。ハロルドは何が青年の逆鱗に触れてしまったのかわからずにポカンと口を開けていたが、すぐにハッと我に返ると、慌ててその後を追い掛けた。


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