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「……どういうことだ」

 ベッドの上にはカーテンの隙間から朝の光が一条明るく差し込んでいる。窓の外からは小鳥の軽やかなさえずりが聞こえ、階下からはベーコンを焼く香ばしい匂いがしていた。ベッドに半身を起こしたノアールは、あまりのことに呆然として隣を見る。自分の隣では、まだ成人前と思われる青年がスヤスヤと寝息をたてていた。

「どういうことだ……」

 ノアールは再び呟くと、自分が寝ていたはずの床上を見る。壁際には自分の荷物が昨夜置いたままの姿で置かれていたが、抱えていたはずのレイピアは消えていた。

「くそッ……!」

 慌ててベッドから飛び降りようとしたノアールは、しかし、何か硬いものに触れて動きを止める。そっと毛布を捲ると、それは自分のレイピアだった。自分の横に添うように置かれたレイピアを見て、ノアールはホッと息をつく。そして、再びまじまじとハロルドを見た。

(こいつが私を運んだのか?)

 あり得ないことだった。自分は無意識下でも反射的に反撃できるように訓練されている。その自分が若者が近付くことに気付かなかったばかりか、身体に触れられ、持ち上げられ、運ばれたことにも気付けなかったなどと、そんなことは絶対にあり得ないことであったし、あってはならないことだった。

(そこまで熟睡していたとでも言うのか?)

 それもあり得ないことだった。ノアールはすぐに戦闘態勢に入れるよう、常に眠りを浅く保っている。戸外に殺気を感じただけで飛び起き、コンマ一秒で敵の人数を把握して攻撃に移れるようでなくては傭兵としてこの歳まで生き延びることは出来ない。残る可能性は唯一つ。

(ハロルド・ハーバザード……)

 会うのは初めてだったが、名前は子供の頃から何度も聞かされていた。今は無きアルフヘイムの忘れ形見にして、ハーバザード国の第二王子……。

(まだ子供ではないか)

 ノアールは不機嫌に眉を顰めてハロルドを見下ろす。昨夜は青年らしい精悍な顔立ちをしていると思ったが、寝顔は年齢よりもかなり幼く見えた。

(それにしてもよく寝ているな……)

 他人に覗き込まれても目が覚めないとは、よほど自分に気を許しているのか緊張感が無いのか。昨夜会ったばかりの人間を自分の脇に寝かせ、あまつさえ寝汚く眠り込める神経がノアールには理解出来ない。

(寝首を掻かれるとは考えもしないのか……)

 誰からも愛され大切に育てられた王子は、命を狙われたことなど無かったのかもしれない。ノアールはそう考え、自分とはあまりにも違い過ぎる運命に思わず暗い笑みを浮かべる。しかし、前後不覚に眠りこけているこの状況は自分にとっては好都合である。さっそくハロルドの上に視線を走らせ、あるものを探してそっと毛布をめくったノアールは、しかし、胸元に触れようとした瞬間、寝ているとばかり思っていたハロルドに突然手首を掴まれ、ハッとして息を呑んだ。

(しまった……!)

 慌てて腕を引こうとしたノアールは、しかし、ハロルドの深い青の瞳に思わず視線を吸い寄せられる。まるで深い海の底を思わせるような澄んだ深青色の瞳は、全てを見透かすように自分を真っ直ぐ見上げていた。

(まさか……気付いて?)

 ノアールはその考えに全身を緊張で硬くする。だが、当のハロルドはフワリと目元を和らげると、少し照れたように微笑んだ。

「おはよう」

 その柔らかな微笑みに、どうやら気付かれたのではないらしいとわかったノアールは内心でホッとする。と同時に、胸の奥がチリッと痛んだ。

「……お前が私を運んだのか?」

 ノアールは無表情に問いながら、掴まれたままの腕を取り返そうとする。しかし、ハロルドの指はしっかりと自分の手首を掴んで離さなかった。

「ああ……くしゃみをしてたから」

 ハロルドは寝起きの掠れ声でそう言うと、昨夜のことを思い出したのかクスリと笑う。

「首を切られないように必死だったよ」

 そして、ふと自分が何かを掴んでいることに気付き、視線を動かした。

「うわッ?」

 ハロルドはそれがほっそりとしたノアールの手首だと気付くと、慌てて声を上げて離す。

「す、すまないッ……!」

「いや……」

 謝られたノアールは視線を逸らすと、取り返した手首を撫でながら小さく息を零した。


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