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ショート・ストーリー’S

猫と俺と

作者: 薄桜

 叔母が亡くなり葬式をした。母より5歳下で、40になったばかりだった。

 『まだ若いのに』そんな声をいくつも耳にしたが、確かに俺もそう思う。”死”ってのは普段あまり意識もしないけど、実は結構近くにいるもんだなって、俺は今回初めて知った。


 俺がまだ小さかった頃は、親戚同士集まる事も珍しくなかった。伯父と、母と、叔母と、それから伯父さんの子供たち。つまり従兄二人と、姉貴と俺でよく遊んだ。

 叔母さんには子供がいなかった、より正確には結婚もしていない。そのせいなのかどうなのか、本当の所はよく分からないけど、叔母さんは段々顔を出さなくなり、俺たちもそれぞれに大きくなって、友達とあれこれ遊ぶようになって……つまりはこの日、久し振りに集まった訳だ。


 皆、一様に暗い顔をしいていた。当たり前だ、叔母さんが死んだんだ。しかもその理由が自殺だった。

 叔母さんは結婚していなかったけど、一緒に住んでる人がいたらしい。その人が病気で亡くなり、その後を追ってしまった。

 一人では寂しいからと猫を飼って、でもそれだけでは穴を埋める事ができなかった。その人が亡くなってから一か月と半分。叔母さんはそれだけしか耐えられなかった。


 ◆


 そして今俺は、不細工な猫の入ったケージを携えている。こいつは白地に黒の斑のある、ごくごく普通のただの猫だ。だが悲しい事に、斑の配置が悲劇的だった。

 鼻の辺りと、口元に黒子のような斑がある。目にかかるようにも斑があって、そのせいなのかもともとか、とても目つきが悪く見える。

 おそらくこのふてぶてしい顔のせいで、積極的に引き取ろうとする者が皆無だった。俺も正直そう思ってた。だが猫を見捨てようとする者もいない。そして、消去法が採用されるに至った訳だ。

 ペットが飼える部屋に住み、アレルギーも無く、猫が好きで、飼えない理由を述べなかったのが俺だった。

 『猫アレルギー』って言った奴、絶対嘘ついてるだろ? 昔どっかの猫と遊んだの覚えてるからな。でもそんな態度に腹が立って、俺が飼うよ! って、派手に啖呵切っちまったんだよなぁ。


 ……で、猫とゲージとオモチャとエサを、がっつり持たされての帰宅。重かった。だが、最初から買い揃える事を思えば、幾分マシだ。

 しばらく誰も居なかった部屋はヒンヤリとして、明かりを点けても寒々しい。荷物を下ろすと、ニャアと弱く鳴き声がした。そして気付く。こいつも寒いのかもしれない。

 猫はコタツで丸くなる生き物であるらしい。連れて帰ったばかりで弱らせたり、ましてや死んでしまうなんて事態は、大見得きった甲斐がない。

 先日出したファンヒーターのコンセントを差し込んで、スイッチを入れた。内部の駆動音を聞きながらケージを開けると、猫は悠然と出てきて俺を見上げた。

「お前さん、本当に不細工だよな?」

 白地に黒ブチの古典的な柄は、子猫であれば可愛かったかもしれない。かもしれないだけだが、”小さい”ってのにはそういう効用がある。でもこいつはもうデカイ。そして態度も同じくらいにデカイ。

 猫は見慣れぬ場所でもお構いなしに、居心地の良い場所をあっさり見つけて丸くなる。俺の定位置、座椅子の上だ。

 ファンヒーターから温かい風が出始めて、猫はピクリと耳を動かす。俺は上着を脱いでハンガーにかけたものの、その先の行動に躓いた。……座る場所がない。


 ファンヒーターのそばに、何かで貰ったブランケットを敷いて、ピンクのモコモコの付いたオモチャで気を惹いてみる。猫はチラリとそれを見たものの、それ以上の興味を示さなかった。

 それにしてもふてぶてしい。目付きが悪いからそう見えるのか? 言い換えれば眼光が鋭い? だが残念ながら、鼻の斑のせいでどうしたって間抜け面だ。

「少しはご主人様の機嫌を取ってみたらどうだ?」

 だが猫は鳴きもしない、動きもしない。完全に独り言状態の俺は、虚しくなってオモチャを投げた。そして俺の腹が鳴る。

 そういえば夕飯を食べてない。猫と荷物を抱えて店に入る気にもならず、コンビニも遠慮した。


 お湯を沸かし、カップ焼そばに湯を注ぐ。三分待って湯を捨てて、ソースをかけたら猫が来た。足に忙しなくじゃれついて、今までで一番高い声で鳴きだした。

「お前、これ食いたいのか?」

 もちろんそれらしい返事は無いが、猫はめいいっぱい体を擦り付ける。いいのか? 猫って確か薄味で、とかじゃなかったか?

  魚でもマタタビでもなく、焼そばでテンションアップとは妙な猫だ。--だがやらん。残念ながらこれは俺の飯なんだ。


 猫には水と、持って帰ったキャットフードを餌皿に出した。適正な量は知らないが、まあ適当に?

 焼そば片手に猫を餌皿に追いやって、俺は座椅子を見事奪還。猫は餌の匂いを嗅いではいたが、口も付けずに一声鳴いた。

「やらねえよ。こんな塩っ辛いの食ったら毒らしいからな。お前はそっちのエサ食えよ」

 だが猫は餌になど一瞥もくれず、俺を見据えて動かない。お互いしばし睨み合い、結局は俺が根負けした。

「……仕方ねえな、ちょっとだけだぞ?」

 麺をほんの少しだけ箸で摘み、蓋の上に置いてやると、滑るような動きでそばに来る。そして用心深く確認し、あっという間に平らげた。最後はニャアと更なる催促も忘れない。

「叔母さんは、この猫どうやって飼ってたんだ?」

 俺はかなり呆れていた。叔母も一体どうしていたんだろう? 久し振りに見た顔は、死に化粧のキレイな顔で、じっくり見るのもはばかられた。

 一人暮らしで恋人もなく、仕事に疲れて帰ってきても、待ってるのはこの不細工な猫だけだった。そして今日から俺も……。

 俺は妙に神妙な心持になる。ぞっとして焼そばを頬張ると、また猫が鳴いた。

「もうやらねえよ。エサあるだろ?」

 猫は俺の周りを巡り、もったいぶって体を擦り付ける。どうにもこいつはおねだり上手であるらしい。

「いいや、駄目だ」

 餌皿を猫の前に置き、素知らぬ顔で焼そばを平らげる。空の容器を見せびらかして、台所のゴミ箱に捨ててしまうと、猫は諦めたように餌に口をつけた。

 カリカリニャゴニャゴと必死に食ってる猫を見ながら考える。誰か猫飼ってたっけな? 飼い方をちゃんと知っておかないと、何だか無責任のような気がして落ち着かない。

 俺はたぶん、叔母さんみたいになりたくないと思っているんだろう。


 持って帰った猫の道具一式を広げ、丸いフワフワのベッド……らしき物を置くと、ダッシュで猫がやってきた。おいおい、餌はいいのか餌は?

 上に乗るとくるくる回り、散々踏み倒してから丸くなる。一体何の儀式か知らないが、満足そうに転がってるのを見ると、ここがこいつの定位置なんだろう。

 猫の首辺りを突付いてみたが、見た目通り愛想が無い。

「これから一緒に住むんだから、少しくらい付き合えよ」

 猫がそんな気を使ってくれるなんて、もちろんこれっぽっちも思ってない。しかしこうも勝手でつれないと、逆に気になって仕方ない。猫ってのは、とかく厄介な生き物であるらしい。俺は既にこの不細工な顔が、愛嬌だと思えるようになっていた。

「まあ、これからよろしく頼むよ、同居猫さん」

 俺は猫にそう言って、風呂に入る事にした。猫は耳だけ動かして、それ以上の反応はない。明日は朝から仕事に出る。色々あった休みは終わり、これからはまたいつも通りの生活に戻る。

 いや、前とは違う。猫のいる生活だ。


 ◆


 シャワーで風呂を済ませ、部屋に戻ると異臭がした。

「……勘弁してくれよ」

 俺の座椅子が濡れている。猫は素知らぬ顔で定位置にいた。

「トイレってどうすんだよ?」

 こうして俺は同居の初日から、猫の恐ろしさを知る事になったのだった。

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