表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「連載版」「地味で退屈な女」と婚約破棄されたので、鍵束と管理簿だけ置いて静かに去りました。……禁書庫が開かないのは私のせいではございません  作者: 夢見叶
第1章 禁書庫が黙った翌朝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/8

第3話  開かない扉に、最初に震えるのは誰?

 翌朝、私は王宮に戻った。


 理由は単純だ。宰相府への正式退官届は、口頭ではなく書面で直接提出しなければならない。それが規定だ。昨夜のうちに封書はできていた。ただ届け先の受付が開くのは、朝の鐘が3つ鳴ってからだ。


 だから戻った。それだけのことだった。


 正直に言えば、もう1度あの廊下を歩くことになるとは思っていなかった。回廊に差し込む早朝の光は淡く、石畳がひんやりと音を返してくる。手の中には封書だけがある。7つの鍵がない手が、まだ少し奇妙に感じた。


 宰相府へ曲がる手前で、声が聞こえた。


 複数人が、慌てた足音を立てている。方角は禁書庫だった。


 ……聞かなくていい。私には関係のないことだ。


 そう思いながら、足が止まっていた。


 職業病だ、と内心で結論を出して、ため息をつきながら廊下の角だけ曲がってみた。


 禁書庫の扉の前に、すでに10人近くが集まっていた。


 文官たちが鍵束を手にしている。正確に言えば、私が昨日机に置いてきた7つの鍵だ。その1本を錠前に差し込もうとしているのが見えた。差し込まれた。回らない。差し込まれた。また回らない。


 文官の1人が、首を傾けた。


「……なんで?」


 なぜか、という問いが廊下に落ちる。


 私は答えなかった。答える立場にない。


 鍵は物理的には正しい。だがあの扉の魔法錠は、鍵を差すだけでは開かない。官職登録と紐づいた魔力刻印の照合が通って、初めて回転する仕組みになっている。それは5年前の侵入事件の後、私が改良した仕様だ。


 扉の継ぎ目に、古い補強の痕がある。石工の手ではなく、魔法師が後から充填した跡だ。あの痕を見るたびに、私はいつも同じことを思い出す。守るために変えた。それだけだ。それだけ、のはずだった。


 「どういうことだ!」


 声が割り込んだ。金色の髪が朝の光を受けながら、廊下を大股で歩いてくる。王太子殿下だった。その後ろに、カルヴィン宰相が書類を抱えて続いている。


「刻印が反応しておりません」


 カルヴィンの声は静かだった。感情がない、というより感情を計量して使う声だ。


「7本すべての鍵を試しましたが、扉は沈黙しています。刻印照合が通らなければ、あの錠前は開きません」


「魔法師を呼べ、こじ開けろ!」


「壊せば、中の保存魔法が誤作動します。原本がすべて劣化します。紙になります」


 殿下が言葉を飲んだ。カルヴィンは続けた。


「扉を壊すことは、禁書庫を壊すことと同義です」


 文官たちが黙って下がっていく。人が減ったぶんだけ、扉の前の静寂が広がった。


 私は廊下の端で、石壁に背中をつけたまま動かなかった。


 白い衣の令嬢が、足音なく前に進んだ。リリアーナ様だった。両手を組み、目を閉じている。祈りの形だ。その手の中に、小さな淡い光が灯り始めた。聖なる光属性だ。


 周囲の視線が集まった。誰かが息を詰めるのがわかった。


 光が強くなった。白い輝きが廊下に流れた。


 扉は、沈黙した。


 光がある。輝きがある。そして鍵穴は何も反応しない。


 リリアーナ様が、もう1度、まったく同じ角度で両手を組んだ。同じ祈りの形。同じ光。


 同じ沈黙。


 周囲が固まっていた。誰も動かない。誰も何も言わない。ただ、祈る形の令嬢と、閉まり続ける扉と、凍りついた文官たちの顔があるだけだった。神殿の者が何か言いかけた声が、自分で口の中に戻っていくのが聞こえた。


「……万能なら、まず扉ひとつ開けてみせろ」


 殿下が低く言った。


 その言葉が廊下に落ちた瞬間、私は胸に何かが刺さるような感覚を覚えた。痛みではない。もっと静かな、認識が変わる感触だった。


 今まで「地味で退屈」と言われたのは私だ。鍵束を持つだけの職能だ、と思われていたのも私だ。そのくせ、いざ鍵束がなくなれば、万能とうたわれた光も扉の前で止まる。


 逆転は、静かに起きていた。


 私が地味と呼ばれた5年間の積み重ねが、今この扉を止めている。


 カルヴィンが書類の束から1枚を取り出した。決裁箱の赤字紙だ。赤い文字が、廊下の光の中でも鮮明だった。


「条約更新期限は——残り6日です」


 その言葉が廊下に冷たく並んだ。


 殿下が何か言いかけて、止まった。


 私は封書を胸に引き寄せ、音を立てずに廊下を引き返した。


 宰相府の受付に届出書を置いて、王宮を出る。それだけだ。


 手の中に、鍵はない。


 だというのに、今この廊下で、何かが確かに軋んでいた。


読んでいただき、ありがとうございます。


よければブックマーク・評価・いいねなどしていただけるととても嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ