2話。「女の子と買い物行くの!? その格好で!?」「そうだけど」
不定期更新の第二話です。
息子の潤がギャルに告白されてから一ヶ月経った、十二月上旬。
本人は何も言わないが、娘の美音が友達の百武さんの兄から聞いた、高校での面白い転校生の話を教えてくれるようになった。百武さんが兄から聞いた話を美音から聞くので、おそらくところどころ脚色されているだろうが、本当に楽しそうに過ごしているようなので、親としては安心している。
何か問題が起きれば、私には話せないが光一には絶対話すから、過度な心配は要らないと本人からも言われている。光一には話すのは、血が繋がらない男性からこそ気軽に話せるのだとか。実際、私や美音には聞かれないようこっそりと相談しているようだ。
順風満帆で何より。安心していた、土曜日。
「母さん、友達と買い物行くからちょっとお金ちょうだい。財布見たら中身なかった」
「うん? ちょっと待って」
休日に買い物に行くような友達も出来たことに少し感動しながら、洗濯物を干す手を止めて潤を振り返る。
我が家はお小遣い制ではなく、その都度申請制にしてある。妹の家がそうだったからそのまま引き継いだ形だ。参考書の購入や散髪などの金額が大きくなりそうな時は予め言っておくことになっている。
今回は出る前に気付いた様子なので、ほんのちょっと息抜きに遊ぼうという程度だろう。
財布にどれくらい入れていたか思い出しながら、自室まで慌てて戻って財布を持って来た。
「お待たせ。どんな予定?」
「ちょっと相手の買い物に付き合って、昼を食うぐらいだろうから、そんなに多くはいらない」
人数を聞いたら一人というので、参考書選びか、文房具か。ついでに遊び場を少し教えてやろう! という感じだろうか。男子高校生が外食で食べる量を考えて、三千円はあったほうが良いか。考えながら財布を開いたら一万円札か五千円札しかなかった。
「ごめん、これしかなかった」
「……何枚かあるように見えたけど?」
「え、こっちのほうがいい?」
「五千円が良い!」
五千円札を差し出すと、潤は眉根を寄せてちらりと財布を見てくる。私が気を使って大きい札を出したと思ったらしいので、引っ込めて一万円札を出したら、大慌てで訂正してきた。美音なら一万円札を喜んで受け取るのに、潤は謙虚すぎる。
受け取った五千円札を財布にしまう潤は、パジャマにも出来そうな灰色のスウェットズボンに黒のダウンジャケットだ。多分ダウンの中はズボンと同じ色のスウェットだろう。それで斜めがけのボディバックを付けていて、相手が男子だとしてもラフすぎるだろうと苦笑した。朝ご飯の時は付いていた寝癖は直してあるので良しとしよう。
「相手はどんな子?」
詮索は良くないと思いつつも、心配なので聞いてしまった。潤は鞄に財布をしまいながら、ついでに中身も再確認していたそのまま答えてくれる。
「クラスの女子。大学でのメイクについて、実物見ながらアドバイス欲しいって」
私は耳を疑った。
改めて潤の格好を見直す。何度見直しても、パジャマにも出来そうなスウェットの上下である。夫のおしゃれな友人達なら「いや、それはパジャマだろ」「パジャマだな」「深夜のコンビニぐらいには行けるけど、日中にその格好で外歩く勇気はないっすね」と口々に言いそうだ。(実際、この後にミッドナイトコードで聞いてみたらそう言っていた)
「女の子と買い物行くのか!? その格好で!?」
「……そうだけど」
思わず叫んだ私に、荷物確認が終わった潤は不思議そうな顔で当然だろと言わんばかりの調子で答える。
目を剥いて彼の肩を両手で掴んだ私は間違っていないだろう。
「どんな子!?」
「え、なんで……」
「どんな子だ!? クラスでたまにしか話さない子か!? クッキーをあげた子か!?」
「告白してきた子、だけど……」
「ギャルちゃんか!!」
高校生でメイクまでしている子。どう考えてもおしゃれな子だ。美音が居たらきっとこの無頓着すぎる兄に文句を全力で並べ立ててくれただろうに、彼女は潤より先に友達と遊びに行ってしまった。なんてこと。
「時間は!? ある!?」
「え、ある、けど……」
「着替えなさい!!」
「ええ……?」
絶対にダメだ。この子は良くても相手の女の子が恥をかく。もっとマシな格好させなければと潤の許可を得てから彼の服を確認する。上はパーカーや長袖のTシャツが多い。予想通りなのでそちらはいいとして、私が見たいのはズボン。
黒のテーパードパンツがあったのでそれに履き替えさせている間に、夫の部屋に入ってニットとチェスターコートを持ってくる。
「これを着なさい」
「父さんのじゃん。怒られない?」
「怒らせない」
事後報告にはなるが、スウェットの上下で女の子と買い物に行こうとしていたと説明すれば、光一はむしろファインプレーだと褒めてくれるだろう。男の子同士ならまだギリギリ許容範囲内だったとしても、女の子はダメだ。
潤は不服そうな顔をしつつも、文句は言わずに着替えた。白のニットにキャメルのチェスターコート。少し大人びた格好ではあるが、顔立ちはまだ幼さを残すとはいえ、身長は175cmと高身長。髪型も本人がセットするのが面倒だからとざっくりとツーブロックにしているので、大学生にいそうな感じになっている。
まだ時間があるというので、リビングに座らせて、これまた夫のワックスを持ってきて髪を軽くセットしてやる。これでまぁ、大学一年生ぐらいには見えるだろう。
靴は黒の防水スポーツシューズなのは、もう仕方がない。取り繕いようがない。
「デートじゃないんだけど……」
「馬鹿を言え」
洗面所で一度自分の髪型を確認して、溜め息をつきながら玄関に向かい靴を履く潤に反論をする。
「デートなら相手の好みと行く場所に合わせたコーデを考えるぞ。今のそれは汎用コーデだ」
「……なるほど。母さんの中の男の汎用装備はこんな感じなわけだ」
「参考にしたのは光一だ」
「これ父さんの汎用装備か……」
そう言えばこんな感じだったと呟く息子に、そもそも光一以外の男に興味が無いので、覚えているのが彼のコーデだけということは黙っておく。恋人になる前の休日、買い出しに付き合わせた光一はこんな格好だった。デートとなるとまた違った雰囲気になっておしゃれな奴だなと感心したものだ。
ギャルちゃんは、潤が告白を断った理由が「互いのことを知らないから」だったために、まずは互いを知るため休日に買い物に付き合わせて、相互理解を図ろうと考えたに違いない。メイクのアドバイスなんて男子に頼むものか。その上、高校生で行ける範囲での買い物となれば、クラスメイトにも会うことだろう。ギャルちゃんの友人も範囲が被るはずだ。ついでに牽制しておこうという算段だろう。
相手はなかなか強かな女の子のようだ。この令和でギャルをやれるわけだ。
そんな相手に、あんなダサすぎる格好で挑むのは潤へのヘイトが高まりすぎて危険だ。恥をかかされたことで、自身の権威を保つために報復行動に出かねない。せっかく学校生活が楽しそうなのに、その平穏を壊してなるものか!
「メイクのアドバイスを頼まれたのだろう? ならばお前のアドバイスに信憑性を持たせるために、お前自身も格好良くあるべきだ。見た目はとても重要だぞ」
「……なるほど。一理ある」
ただ素直に「潤の高校生活を心配してのことだ」と言ってしまうと、彼の負担となる。私のエゴで彼を苦しませたいわけではない。だから買い物の理由を絡めて、それらしく言葉を並べたら潤はすんなりと納得した。
時間も迫っているので出て行った彼を見送り、私は洗濯物の続きを思い出してリビングに戻る。
干しながら、口調が子供たちに接する時の優しげな物でなく、素だったことに気付いたが、子供たちも口調が違うことには気付いているだろうから気にしないことにした。
****
夕飯前には帰ってきた潤は、ギャルちゃんに振り回されて疲れ切った顔かと思いきや、どことなく充実した顔だった。
「アドバイス、上手くいったの?」
「うん。方向性が分かってるなら、その色を探すだけだから」
不思議に思い、ひとまず買い出しの理由だったことを聞いてみたら、本当にアドバイスをしていたらしい。なんと言うことだ。
そう言えば昔から色彩感覚がとても良い子だった。妹や美音の服の色を決めていたのは潤だ。小学生の夏休みの宿題を見たこともあったが、出来はともかく色合いだけはとても綺麗だなと感心したのを思い出す。
その色彩感覚は、メイクにも生きたらしい。
「まさか、リップについて指摘してから彼女とメイクについて話をしたのか?」
「そうだよ。向こうから聞いてくるようになった」
光一からはギャルちゃんから話しかけているようだとは聞いていたが、内容がメイクとは思わなかった。フォローしてくれるヤツは百武さんのお兄ちゃんなのは確定している。
「月曜、今日選んだやつで来てくれるらしい。似合うと思うから、今から楽しみだ」
満足そうに微笑む潤に、ギャルちゃんについてどう思っているのかを聞きたくなったがグッと我慢する。この子のことだから、綺麗な子が綺麗になるのは嬉しい程度しか考えていなさそうだ。
ギャルちゃんは確実にお前を落としに来てるぞ、などとは言えないが、とても言いたい。
「そうだ。今日は父さん何時に帰ってくる?」
「光一か? 今日は――」
潤がコートを脱ぎながら聞いてくるので、答えていたら途中で「ただいまー」と玄関から光一の声が聞こえてきた。続いて元気な美音の声も。
緊急事態も起きず、きちんと時間通りに上がれたようだ。そして途中で美音と合流したのだろう。
「二人ともおかえりー。父さん、こっちの汎用装備を教えてー」
「汎用装備? あれ、それ俺の服……どゆこと?」
「実はさー……」
「話はあとで。みんな手を洗って、うがいしてきなさい。晩ご飯食べながら話そう」
コートを片手に潤が玄関に向かい、早速今日のことについて説明しようとしているようなので、私はひとまず家に上がってこいと促した。晩ご飯での話題はこれに決定だ。
その後、晩ご飯を食べながら説明をすれば、美音は信じられないものを見る目で潤を見つめ、光一は苦笑していた。
「あっりえない!! お母さん、お父さん、明日はお兄ちゃんの買い物ね!!」
「大学生は私服だし、少し買い足していこうな。向こうとこっちじゃ気温も違うし。しかし、高校生の汎用装備か……」
大学生ならばまだ想像が付くが、高校生となると異次元だ。しかもあと三ヶ月ほどで高校生ではなくなるので、期間限定の格好。光一は悩みながら箸を動かしていた。その間に美音が潤からデート、ではなかった。買い出しの様子を聞き出している。
「彼女がよく使うとこだと売り切れてたから、ちょっと離れた店舗に移動して。途中でなんかすげーおしゃれで高そうなカフェで昼飯食おうとしたから、こういうとこは大学生や大人になって、金に余裕が出来てから来ようって止めた」
「お兄ちゃん……その口ぶりだと、金に余裕が出来たら一緒に行こうって言ってるように聞こえるよ……」
美音がツッコんでいる隣で、私もコクコクと頷いて同意を示す。どう解釈しても、次のデートを誘っているように聞こえる。
「え。美味そうだったから、大学生になってバイト始めたら行くつもりだったけど」
「ギャルさんと?」
「加藤さんな。彼女じゃないと場所がわかんないから、案内してもらうつもりだった」
「潤……あなた、ほんと思わせぶりな行動を……」
妹の夫からの遺伝だろうか。それとも妹だろうか。思わせぶりすぎて、これはいつか女の人に刺されても文句は言えない。
「六花さんも人のこと言えねぇがな……」
潤の将来を考えて嘆いていたら、向かいの光一がやや疲れた様子でぼそりと呟いた。まるで私が無自覚で振り回しているかのような口ぶりに眉根を寄せる。
「む? 私はしてないぞ」
「そう思ってんのはあんただけです。俺がどんだけ振り回されたか……」
「心外だ。お前に振り向いて欲しくて頑張っていたことはあるが、無自覚ではないぞ」
「ちなみにその努力は何年前からです?」
「五年くらい前からだな」
互いに仕事も忙しいし、上司と部下という関係性だったこともあって、私から動けばセクハラやパワハラになりかねない。だから、向こうから告白してくれるようにと頑張ってみた日々を思い出す。今思うと恥ずかしさで顔から火が出そうなこともいくつかある。よくやれたものだ。
光一も心当たりがあるだろう。そう思っていたら、奴は深々と溜め息をついて首を振った。
「んじゃあ、あんたも潤と同類だ」
「はぁ!? それ以前からだと!?」
「確かに露骨なのはそれぐらいから出たような気もするけど、今さら俺に惚れるか? この人が? はあ!? って思ってたんで」
「そんな……!!」
なんてことだ。振り回した覚えは欠片もなくとも、振り回されたと本人が言っているのならばそうなのだろう。
ショックを受ける私に、光一はフッとやや疲れを残す笑みを浮かべて息子に顔を向ける。
「良いか、潤。付き合う気もないのに女の子と二人で遊びに行くな。それだけで向こうは期待する。他の誰かが一緒でも油断するな。当日、ドタキャンされて二人きりにされる可能性もある。
気になる女の子以外とは絶対に遊ばないってくらい徹底しないと、トラブルが起きるぞ」
「ああ……大丈夫。経験済みだから」
光一の心の底からの忠告に、潤はやや遠い目をしながらも頷いてみせる。もうすでに経験済みだったか。しかし、それならば何故ギャルちゃんの誘いに乗ったのか不思議だ。怪訝そうに光一が眉を寄せている。私も同じ表情だろう。
二人の怪訝と心配が混ざった視線に気付いて、潤は安心させるように微笑んだ。
「加藤さんは俺の事、ちゃんと見てくれる。今日の格好もすっげー怪訝そうな顔して、開口一番「あんたの服、こっちの寒さに合ってなかったの?」だったし。
少しでも浮かれたような感じだったらさっさと帰るつもりだったけど、そんな態度だから安心して。母さんにダメ出し喰らって父さんの服に着替えさせられたって言ったら「気負わなくていいのに」って苦笑してた。でもスウェットだったって言ったら「それはお母さんに感謝だわ。向こうよりは温かいだろうけど風邪引くよ、馬鹿」って呆れられたけど」
「いい子すぎる」
「出来た子だな」
「お姉ちゃんに欲しい!!」
「「それは気が早すぎる」」
それぞれで感想が漏れる。最後の美音の願いには光一と声が重なった。
告白を断られたギャルちゃんこと加藤さんは相互理解を図っているところで、おそらく諦めていないのだろうことは分かる。だが、これについては潤の気持ちが一番だ。
「潤は、加藤さんのことをどう思っているんだ?」
「すげー良い子だなって思うよ。あの子、自分の近くで不幸があるとついつい手を貸しちゃう、お人好しすぎてちょっと損するタイプで。目を離すとすぐ首突っ込むから目を離せないんだよ。だから大学同じにしたけど、いつまでも助けてらんないし、どうにかならないかなって思ってる」
これ幸いと光一が潤に問いかけた。聞かれるとは思っていたか、潤はすんなりと答えてくれる。
溜め息交じりな言葉に、潤以外の三人が動きを止めた。少しして、美音が大きく息を吸ったので何を言い出すかとこっそり光一と様子を伺うも、娘は何も言わずに細く吐いてご飯を黙々と食べ出す。その表情はもはや無で、兄に対して言いたいことはたくさんあれど、言っても無駄だと悟った様子だ。
私と光一は顔を見合わせ、曖昧な笑みを交わして食事を続ける。
潤は一応今年の願書には間に合うので、ひとまず関東区での実力を量るために受験をしてみることにした。その時に彼は顔見知りが行くみたいだからと複数の大学の中から一つだけ選んだ。奇跡で合格できて行けるのなら、そこがいいと。その顔見知りは、どうやら加藤さんのことだったらしい。
「潤。お前もあまり助けすぎて、相手に期待させるなよ」
「んー……努力はする」
光一が忠告を重ねたが、潤は難しそうだなと思ったようだ。はっきりしない答えが返ってきた。
翌日、潤の服を買いに行って件のギャルちゃんこと、加藤さんと遭遇した。
「……あれは、うん」
「……六花さんの家系は見捨てられないタイプですね」
「お姉ちゃんに来て!」
「「それは気が早い」」
プチ不幸の意味を知り、目が離せない理由も理解したが、これはまた別の機会に。
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