1.5話。ギャルに告白された。息子が
血の繋がらない息子が、どうやらクラスメイトのギャルに告白をされたらしい。
ギャルは死滅しただろとツッコみかけたが、先日街中でルーズソックスが復活しているのを見たので、ギャルも復活していてもおかしくない。流石にヤマンバメイクではなかろう。
詳しい状況を一方的に話した後に、奥様は理不尽にも命じてきた。
『私から聞いてもあの子は何も喋らないだろう。お前から学校で困っていることがないか聞き出してくれ』
俺に丸投げである。だが、確かに彼は六花さんに心配をかけまいと頑張っている。
その理由を、俺だけは知っている。
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引き取ってすぐの頃、潤は学校で背中に野球ボールを受けて、それを隠していたことがある。真夜中の電気を付けていないリビングで、スマホのライトを頼りに救急箱を開けていたのを見つけたから発覚した。我が家は仕事と夫婦の年齢上、湿布の使用率はなかなか高めだ。だから数枚程度バレないと思っていたらしい。実際、気付いていなかった。
「六花さんには、言わないで欲しい」
湿布を貼るのを手伝ってやって、感謝の言葉の後に続いた潤の懇願には、若干の怯えが見えた。その様子にもしや学校生活が上手く行っていないのを隠したがっているのかと一瞬勘ぐったが、次の言葉で霧散する。
「ケツにバット挟んでボールを打とうとして、失敗したなんて説明したくない……っ!!」
「ぶっふぉっ!」
噴き出したのは不可抗力だ。
野球の授業が終わった後、道具を片付けていた男子の一部が、尻側で打てるよう股にバットを挟み遊んでいるのを見て、混ざりに行った。そして打ったはいいものの、ボールは潤の背中にぶち当たったそうだ。なお、やらかした全員、野球部にブチ切れられた上に正座で説教されたそうだ。そらそうだ。
打撲の位置は太ももや脇、腕じゃなくて背中。肋骨と腰の間ぐらいに出来ている。後ろから狙って投げられたと勘違いする位置だ。バレたら、イジメじゃないことを証明するためにも、今の話を説明しなければならない。
だが六花さんは、今でこそ母親とはいえ、元は伯母だ。なかなか言えないだろう。
「頑張って頼れる良い子を演じているのに、六花さんの中の俺のイメージを崩したくないんだ……!!」
「ぶっふぉっ!!」
二度目の噴き出しも致し方あるまい。いやはや、悲壮感が漂うほど真面目な顔して言う事じゃない。
だが、本人は至って大真面目なために、俺は鋭い視線で睨み付けられた。
「くっくっく……わかった。黙っててやるよ。代わりに、六花さんに言い辛い怪我は俺には教えろ。
子供に怪我を隠されて、元気ですって顔されてんのが一番キツいんだよ。職業柄」
治療を手伝ってやるから。心配だから。そんな言葉をかけたところで、受け取ってもらえるほどの信頼関係はまだ築けちゃいない。そんな俺が取れる手段は、自分の職種に絡めて、俺に心労が掛かると伝えること。
兄妹には六花さんと同じ職業で、なんなら上司と部下の関係だとも伝えてある。一番効果的だと思った言葉は、この心優しい少年にきちんと正しく届いたらしい。
潤は驚いたように瞬きを繰り返して、素直に頭を下げてきた。
「ごめんなさい。……実は肩にもある」
「お前、結構やんちゃ坊主だなぁ!」
謝罪と共に見せられた肩を見て笑ってしまった。こっちは普通にクラスの女子を野球部の暴投から守った結果だった。とりあえず湿布を貼ってやった。
「名誉の負傷じゃねぇか」
「そうなんだけど。格好悪いじゃん」
そう言ってやや拗ねたように視線を逸らす潤は、年相応の子供だ。初めて顔を合わせた時の感情の読みづらい口数少ない優等生、ではない素の彼に、俺は心から安堵した。信用の置ける大人程度には馴染んでくれたようだ。
そこから一ヶ月以内でさらっと父さんと呼び始めたことには驚いたが。
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帰宅後、一人での夕食を食べ終わったタイミングで潤が顔を覗かせた。
「おかえり、父さん」
「ただいま。聞いたぞー。クラスカースト上位に告白されて断ったんだって?」
「うわ……母さんが言ってたのはその話か……」
笑いながら告白の件を知っていると告げれば、潤は六花さんの宣言の意味が分かって嫌そうに顔をしかめた。
彼はお茶をおかわりに来たらしく、カップを片手に嫌そうな顔のままキッチンに入って、電子ケトルに水を入れる。その隣で食べた食器を軽く水で流して食洗機に入れた。手が濡れたついでに、一度洗おうとしたのかシンクに置かれている潤のカップを洗ってやる。
布巾を片手に持った潤が感謝しながら手を出したので渡し、俺は手を拭いて水が多少飛んでいるシンクを拭くべく、キッチンペーパーをちぎった。
「潤。クラスメイトの態度が変わって、じゃれ合いの範囲を超える暴力、物の盗難、あるいは話しかけても無視をされる。そういったイジメと称されるような事態は起きていないか?」
作業をしながら、いつもの世間話の軽いノリで、六花さんが聞きたかったであろう事を問う。
転校先は、家から一番近い高校で良いと言って、潤は適当に選んだ。それなりの進学校だったから、合格さえ出来れば勉強以外で心配事はないと俺は思っているが、今回のようなクラスカースト上位に喧嘩を売るようなことをしたら、もしかしてもあり得る。
話しかけても無視されるのは、社会人ならば対処のしようがあるが学生だと難しい。あと三ヶ月ほどなので我慢してもらうしか無い。
だが、暴力と盗難ならば、いくらでも対処できる。そして、俺たち夫婦はそういった分野に強い。
潤は少し迷った様子だが、俺が重ねて「六花さんに詳しくは言わないと約束する」と言えば口を開いた。
「……告白してくれた子、加藤さんって言うんだけど、彼女がすごく良い子で。絶対に嫌われたと思ったのに、彼女の席の脇を通ったら毎回話しかけてくれるんだ。
クラスメイトも、面白いヤツが一人居て、そいつが俺の事すげーフォローしてくれるから、イジメは起きてない」
イジメは起きていないと言いながらも、潤は俺の方を見ずに説明している。隠し事をしている典型的な様子に、水を吸ったキッチンペーパーを絞りながらどう切り崩していくか考えたところで、潤は意を決したように俺に顔を向けた。
「ただ、みんな誕プレ欲しいって言ってくる。断ってんだけど、しつこくて困ってる」
「そりゃ自業自得だ」
どんな困り事が出てくるかと思ったら、自業自得だった。
転校したばかりでまだ校内施設の位置が分かっていなかった頃、図書館まで案内してくれたクラスの女子が、先々週誕生日だったそうだ。皆が祝っているのを見たこいつは、家に帰るなりクッキーを焼き始めた。実家から持ってきたクッキー型の中から、超有名ゲームのマスコットキャラのクッキー型をわざわざ選んだのは、彼女が好きなゲームだったからだそうだ。そのゲームの文房具をいくつか持っているらしい。
そしてラッピングは流石になかったので、食品保存用密閉袋の一番小さいサイズに綺麗に焼けた分だけを入れて持っていった。
『特に会話もしていない転校生が、誕生日プレゼントとして手作りクッキーを持ってきた』。そんなもん、注目を集めないわけがない。しかもこいつのクッキーは美味い。
「それなら、彼女には世話になったから焼いただけで、お前らに焼く理由はないって言っちまえ」
「そう言った。でもしつこい」
しょうもないが、本人的には困り事だ。だから解決策を提示してやれば、もう既に自分で言った後だった。
「じゃあもう、材料費と人件費くれたヤツは焼いてやるってことにしろ。人件費は時給換算して。そしたら高くて諦めるだろ」
「わかった。やってみる。材料費は……レシートまだあったっけ」
「まだあったはずだ。ちょいまて」
金が絡めば、しつこいヤツらも諦めるはずだ。手作り品とは往々にして高くつく。
小麦粉・バター・砂糖・卵。それらを分量分に計算し原価を出してから、枚数で計算。これだけだと安く見えるが、ここに人件費をプラスする。東京都の今の最低賃金を製作時間で割って。数枚で五百円を突破した。
「割に合わないな!」
計算を終えた潤はあまりの数字に笑った。俺もこれなら誰も頼んでこないと思う。下手なケーキ代より高い。
明日も言われたら、これで返してみると満足そうな顔でメモを手に潤は部屋に戻っていった。
あの様子なら、本当に学校生活は上手く行っているようだ。イジメが起きても俺にはちゃんと話してくれそうなので、安心して六花さんに報告に向かう。彼女は夕食を用意してくれた後、部屋で仕事をしておくと言っていた。
翌日の夜。沈痛な表情で潤は俺を待っていた。まさかの事態を覚悟してみたが、
「生クリームとイチゴ代も加えた金額を出すから、クリスマス用のケーキ、家庭科室で焼いてくれって言われた……」
俺は大爆笑した。




