1話。「お兄ちゃんがギャルに告白されたんだって」「なんて???」
面白いネタをもらったので滾って書きました。何話書くか分かりません。
「お母さーん。お兄ちゃんがギャルに告白されたんだってー」
「…………なんて???」
残暑がようやく消え、涼しさから寒さを感じ始めた十一月上旬。
家に帰るなり、娘がお帰りの挨拶も無しにいきなりそう告げた。
驚く私に彼女ははたりと「あ、おかえり」と挨拶を思い出したので、靴を脱ぐ体勢で固まっていた私は再起動して「ただいま」と返しつつ、靴を脱いで家に上がる。
「ええと、潤が女の子に告白されたの?」
「うん。クラスカースト上位のギャルに教室で告白させた上で断ったんだって」
「……ごめんね。ちょっと処理できない。情報を飲み込む時間をちょうだい」
「わかったー」
洗面所に向かって一緒に廊下を歩きながら改めて訊いてみたが、謎の情報が増えただけだった。ひとまず後でと娘に少し重いエコバッグを渡し、自分は洗面所に。スーツの上着を脱いで洗濯籠に引っかけ、鞄を足下に適当に置く。
クラスカースト上位のギャル、まではなんとか飲み込めた。ギャルって一度死滅していなかったかと思ったが、今かつての流行が再び巡ってきているようだし、その流れでギャルも戻ってきているのだろう。
ギャルと聞いて頭に浮かんだのは、日焼けサロンだったり黒に近いファンデーションを塗ったりして肌を真っ黒にして、金髪に白いアイシャドウの、いわゆるヤマンバメイクをしている女子高生だったが、あまりにも古いので頭から消しておく。平成初期の話だ。歳がバレる。
時々町で見かける、少し派手な装いの女子高生が今のギャルだろう。清潔感は残しつつもメイクにチャレンジし、髪をゆるく巻いている姿は社会人の予行練習をしているようで少し微笑ましい。
手洗いうがいをしながら、次の情報を脳内でリプレイ。『教室で告白させた上で断った』。教室で告白、まではギャルの気が急いた結果かも知れない。あるいは牽制か。
だが、続いたのは『させた』。他動詞だ。息子がギャルに告白させたと。どういう状況なのか。
その上で、断っている。
(……ええええ……?)
分からないまま化粧も落とし、軽くケアまで終わらせる。
「……美音。やっぱりわからないんだけど?」
「うん、だよね」
スーツの上着と鞄を手に、着替えるために寝室に行く前にリビングに行き、娘に疑問を投げる。美音は食材を冷蔵庫にしまい終え、エコバッグを畳んでいるところだった。
「私も友達が友達のお兄ちゃんから聞いた話だから、どこまでホントかわかんないんだけどさ」
どうやら彼女の友達の兄は、息子のクラスメイトらしい。何気に初耳だがそこにはツッコまずに、ソファに二人揃って座り、美音の話に耳を傾けた。
「百ちゃんのお兄ちゃんの話では――」
****
「ねぇ。この後、ちょっと顔貸してよ」
地毛と主張するにはちょっとアウトな明るい茶髪を緩く巻き、目元はブラウンのアイシャドウに控えめなゴールドのラメ。派手な彩りだが、元々目が大きめで二重だからだろう、彼女の目元に華やかさを添えるだけで、不快感を与えるような印象は無い。唇を彩る赤のほうがケバケバしくて似合っていない。
すっぴんも可愛い彼女はコミュニケーション能力も高く、スクールカーストの上位に余裕で降臨していた。
そんなギャルが声を掛けたのは、先月北海道から転校してきたばかりの転校生。
通常、転校生と言っても受験の足音が聞こえるこの時期では、一週間も経たずに生活の一部に溶け込む。本人が特に周りと絡むことなく、黙々と勉強していたらなおさらだ。
カースト上位のギャルは、いつも一緒の友人も連れずにたった一人で、堂々と、帰り支度をしている彼に声を掛けた。
この情報を提供している百武兄ならば、即座に付いていく。何か女子に対してやらかした覚えがないのならば、クリスマスを来月に控えた十一月上旬の呼び出しなんてどう考えても告白だからである。
ギャルギャルと言っているが、コミュニケーション能力が高く、クラスメイトならば普通に話は出来る。男子だからと邪険にはしない。下ネタを平然と話す男子には冷たいが当然の反応だ。
つまり彼女は、モテるのである。ただ、周りで牽制しあい、彼女に告白しないだけで。
突然のことに、誰もが転校生の動向を固唾を呑んで見守っている。その空気は緊迫感すら感じるものだったのに、彼は平然と彼女を見下ろして、申し訳なそうに首を振った。
「ごめん。母さんからタイムサービスの卵を買って来てって言われてるんだ」
(そんぐらいオレが買ってきてやるからお前は付いていけーーー!!!!!)
百武兄は心の中で叫んだ。口に出す勇気はなかった。でも男子一同、なんなら女子一同も同じ事を思ったことだろう。
これは北海道流の遠回しな告白回避法かと誰もが思った。ギャルもそう思ったか、時間を変えようと提案しようとしたのだろう。
「なら――」
「だから、話なら今ここで聞くよ」
彼女の言葉を遮って、転校生はさらっと言ってのけた。
もう完全に、告白だと分かった上での高度な断り方だ。この転校生、涼しい顔をしてやることは容赦が無い。さすが試される大地から来た男。話せば面白いヤツだと思っていたが、冷たさは凍るレベルだ。普通の女の子ならば泣いて良い。
しかし、ギャルは強い。強いから校則違反なギャルが出来る。
「なら、ちゃんと聞いて。
あんたさ、あたしと付き合わない?」
腕を組んで堂々と彼を見上げ、自信に満ちた笑みでギャルは人前でもお構いなしに告白をした。断りにくい状況での告白なんて卑怯だと罵る奴はいるわけが無い。むしろ、明らかに告白を避けていた彼に対して、装飾語も言い訳も無しに真っ正面から立ち向かったギャルは強い。
カウンターを真っ正面から喰らった転校生はさぞ悔しそうな顔をしているだろうと思ったが、予想に反して驚愕に目を見開いていた。この男、どうやら告白だとは全く思っていなかったらしい。
明らかに予想外の言葉に動揺している様子で視線を彷徨わせた後、真っ直ぐに彼女を見下ろし直した。表情は真剣なので、再び固唾を呑んでクラスメイト達は言葉を待つ。
「ありがとう」
最初に出てきたのは感謝なので、どっちだと困惑が立つ。
「鈍くてごめん」
続いて出た謝罪に、こいつはただただ鈍かっただけで、最初の対応は素で言っただけだと察する。高度な断り方ではなかったことに百武兄は胸をなで下ろした。
ギャルもホッとしたように肩の力を抜いたのが百武兄には見えた。緊張して肩に力が入っていたようだ。
「君の気持ちは嬉しいけど、付き合うことは出来ない」
しかし。返ってきたのはきっぱりとしたお断り。ギャルの肩に再び力が入った。
「一ヶ月弱しか経っていなくて、互いによく知らない状態で告白してくるのは良くないと思う。
俺は両親のおかげで容姿は整っているようだけど、中身は平凡だ。付き合ってから期待外れと言われてフラれたくはない。
君なら美人だし、引く手あまただろ。クリスマス近いし、俺みたいなので時間を無駄にするのは勿体ない」
そこまで真剣な表情で告げた後、彼は気付いたように小さく声を上げ、困ったように眉を下げた。
「ごめん。もしかして、罰ゲームか何かだったか?
それなら、空気を読まずに真面目に受け止めて、真面目に断ってごめん」
これはギャルを気遣って、罰ゲームということにして彼女の名誉を救おうとしたようにも聞こえるが、先ほどの発言を見るに絶対に素で言っているとこの短時間で百武兄は理解した。
素で気を使ったのだろう。だいぶズレているが。
「あと、この件で俺は嫌われるだろうから、君を見た時から思ってたことを一個言っとく。
君、寒くなっても血色が良いみたいだから、そのリップは二度と使わないほうが良い。薄ピンクのリップクリームぐらいで充分綺麗だ」
あまりにも空気が読めない発言に全員が凍り付く中、メイクを指摘されたギャルは大きく目を見開いたものの叫ぶ事はなく、小さく息を吐き出して。
「あんた、大人になったらいつか女の人に刺されるよ」
「え、なんで」
「そーゆーとこ!!」
全く分かっていない彼に対して、親切にもギャルはアドバイスまでした。強い。格好良い。クラス内での男前ランキングがぐぐんとアップした。
「ハァ……もういい、わかった。明日も普通にクラスメイト。OK?」
「うん。……ありがとう」
溜め息をついて、告白してきたのはギャルだが、ギャルから友達宣言をし直す始末。彼とギクシャクしないようにするためだと流石に分かったか、転校生は小さく感謝を落とした。そんな彼をギャルは嫌そうに睨み上げ、溜め息をもう一度ついて背を向け、友達のところに向かった。
それを皮切りに、帰宅準備途中だったクラスメイト達は動きを再開した。彼もさっと荷物を纏めて、時計を見て小さく「やば……」とやや焦った声を上げて教室を出て行った。時計を見れば、長針が九の位置より少し上を指している。タイムサービスまで時間が無かったようだ。
****
「じゅーーーん!!!!!」
おそらく百武さんのお兄ちゃんの誇張も入っているだろうが、おおよその流れは変わるまい。
あり得ない流れで告白させた上に、あり得ない断り方をして、ギャルなんて呼ばれるほど自分のメイクにこだわりをもつ女子高生にメイクの指摘なんて、クラスの中で村八分されても文句を言えないじゃないか。
昔から息子はモテているようだった。
顔立ちは芸能人になれるほどではないが、クラスにいたらカースト上位に入れる程度には整っている。娘とは違って喜怒哀楽の起伏が分かりづらいものの、表情にはすぐに出る。読書やゲームが好き。運動は出来るが、体育の授業以外では怪我をしたくないからと断りがち。勉強は前の学校では上位のほう。自ら喋りに行くタイプではないが、相手の話はよく聞いて、相槌も上手い。聞き上手だ。
家事も率先してやってくれる。というか妹の家では彼がやるしかなかったので、必然的に身についた習慣だが。経緯はどうあれ家事全般がこなせるというのは、同年代に男子に比べてかなりのアドバンテージだろう。家庭科の授業では彼と同じ班になりたがる子が多かったとか。
だから、北海道に居た頃もどうやら告白されていたのは聞いていた。でも彼女がいたという話は聞かなかったので、断っていたのだろうと思っていた。
もしかしなくても、あの子は同じような断り方をしたんじゃなかろうか。
「そ、それ、いつ……?」
「先週の金曜」
「五日も前っ!!!」
卵のタイムサービスと言ったところでなんとなくそんな気はしていた。近所のスーパーは金曜の夕市と称してタイムサービスをしている。
その日の彼の様子を思い出してみる。学校で何かあったか聞いても、彼は「何も無いよ。月曜は進路指導の先生に呼ばれたから遅くなる」と言っただけだ。こんな大イベントのことは欠片も漏らさなかった。
土日はともかくとして、もう三日経っている。学校生活は大丈夫なのだろうか。
ともあれ、晩ご飯の用意である。ふらつきながらも寝室に向かい、スラックスだけを部屋着に替えて廊下に出ると、ちょうど息子の順と顔を合わせることになった。
「あ、おかえり」
「ただいま。潤、ええと……」
何の対策も考えていなかったので、どう切り出したものか迷う。尋問は得意だが、カウンセリングは技術が違う。
潤は言い淀む私を不思議そうに見下ろしていたが、何か思いついたらしく「ああ」と小さく呟いた。
「ご飯の用意、手伝う?」
「ありがとう。でも今日は大丈夫」
家事をやれる人間がいることは非常に助かる。だからたまに頼むのだが、受験生の彼に家事をしてもらうのは気が引けて、いつも迷ってしまう。今回もそうだと思ったようだ。
うーん。この気遣い上手め。なんで学校ではズレているんだ。
学校ではどう? なんて聞いたところで、のほほんとした顔で「楽しいよ」なんて言うんだろう。実際、北海道の学校よりも良い環境になったと喜んでいたし。
(よし、ここは聞き出し上手な夫に任せるとしよう)
女親よりも男親のほうが話しやすいだろうし、下手に妹と同じ顔の私が心配を前面に出すと、この子は無理に笑う。隠すことが癖になっているから仕方がない。本当にピンチなったら頼れる先があることも知っているから、私からあれこれ言うのは辞めておこう。
「あとで、光一からお話があります」
「えっ」
頼れる夫の光一に全てを押し付ける事を決めて、息子へと先に伝えておく。
畏まった宣言に潤は困惑した声を上げ、視線を逸らして首を傾げだした。何も思い当たる節が無さそうな様子に小さく息を吐く。
トイレに出てきただけらしい息子をひとまず部屋に戻し、私はキッチンに入りながらスマホを取り出し、夫へと電話をかける。
『――もしもし? 買い忘れでもあったんすか?』
「いや、それは大丈夫だ。それより、さっき美音から聞いたんだがな。
潤がギャルに告白されて断ったらしい」
『…………なんて???』
うん、そんな反応になるよな。




