化け物②
血操術、吸血鬼のみが使える族術か。
「はっ!!」
剣を軽く一振り。
二人の間にはおおよそ十メートルほどの距離がある、普通なら絶対に剣は届かないだろう。だが、男が相対する目の前の騎士は普通ではない、吸血鬼なのだ。
赤く伸びた剣はまるで鞭のようにしなり、男を襲う。
「ぐう」
四方からくる連撃。最初は遅かった斬撃も、赤い剣は振れば振るほどにその力を切っ先に伝え、斬撃の速度を上げる。
男は最初こそ攻撃をさばきながら反撃の機会をうかがっていたが、速度が上がるにつれてさばくので精一杯になっていった。
「どうしたキュリアの戦士。吸血鬼は劣等種なんじゃなかったか。一人で余裕なんじゃないのか」
速度が上がる。
男はまずいと思った。
このまま速度が上がればじり貧で死ぬ。そうなる前に何とかして殺さなくては。
そこからの男の思い切りの良さは、見事といっていいだろう。なんと、両の手に持つ唯一の武器といってもいい短剣を、吸血鬼に目掛けて投げたのである。
「なんと、死に急ぐか」
アンデはそのすきを逃さずに攻撃した。
およそ神速といっても差支えのない上段からの斬撃。
だが、男は体をひねって攻撃をかわすと、逃げるように後ろに飛んで行った。
そして、二振りの短剣は弧を描くように、まるでホーミング弾のように正確にアンデの体に襲い掛かる。
「ちぃ」
アンデは二つの短剣を撃ち落とすと、男を迎撃しようとしたが、
———あいつがいない。
この一瞬で姿をくらましたか、逃げたのか、それとも俺を無視して宮殿に向かったのか。
「いや、そのどちらでもないな」
刹那。
空間を凍てつかせるほどの寒気が、アンデを支配した。
「な」
空から声、驚いて声のする方を向く。驚愕。なんと男が弓を番えて、まさに発射せんとする寸前だった。
「馬鹿な」
混乱。それも無理はないだろう。なにせ、一瞬で頭上を取られ、思考を読まれ、持ちえないはずの武器を持っていたのだ。
だが、その思考は、その困惑はアンデの判断を鈍らせた。
「しっ」
掛け声とともに、矢が放たれた。それは空気を裂き、ビュンという音を立てて圧倒的な速度で進む。
本来なら、この程度の矢ならばアンデは弾くか何かして、直撃だけは逃れただろう。だが、
———矢が、飛ん。
認識。
焦燥。
剣を振る。
しかし、
「遅いよ」
後ろに飛べば急所は避けられただろう。
だが、困惑し混乱し驚愕した頭では、そんな考えは端から浮かばず、まして矢をはじくことも叶わず。
「グァ」
見事に心臓を打ち抜いた。
「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaa」
一心不乱に剣をふるった。
繰り出される乱撃。それを男は顔色一つ変えずに、空中で身をひねるだけで軽く躱す。
怒りのままに振っている剣など、男にとって恐れるに足らないモノであった。
躱しながら弓を投げ捨てると、男は虚空を掴んだ。何もなかったそこには二振りの短剣があり、男の手に握られている。
男はその二振りの剣で、攻撃をいなし、躱し吸血鬼の下に堕ちる。
互いの間合いに入る。
「ぐうおおお」
雄たけびは両者から。
勝負は一瞬。
激しい火花を散らして二振りの剣は衝突した。
刹那。男の短剣が砕けた。そのまま吸血鬼の剣が男を襲う。
勝った。
アンデは確信した。しかしその確信は、音を立てて砕け散ることとなる。もちろん言葉通りの意味でね。
そう、次の瞬間アンデの胸が音と共に爆発し、そのまま隙を突かれて剣を握る腕を切り落とされた。
なんだ。まさか、さっきの矢に魔術的な措置を施していたのか。
「ご明察ッ」
花丸代わりに蹴りをくれてやる。
これには堪らず、五メートルほど吹き飛ばされてしまう。
「そうさ、今撃った矢には時間経過で爆発する魔術が組み込まれていたんだ。そして、怯んだすきに腕を切り落とさせてもらった。腕は壁外に落ちたし、どうする」
男は挑発的に語る。
だが、今度のアンデは冷静ではなかった。どうやら、先の一撃で完ぺきに火がついてしまったらしい。
「ははははは。やめだ、騎士の真似事なんてな。やっぱり俺はこっちの方がいい」
落とされた腕を再生し、地面に手を付ける。
瞬間、周囲の空間が震えた。影からあふれんばかりの、重厚な魔力の渦が漏れ出す。ゆっくりと影の中からソレを取り出す。
「ああ、本当に久しぶりだ」
取り出されたそれは、身の丈ほどの大剣だった。
「お前、キュリアの英雄ライア何とかって奴だろう。さっきの模倣の魔術あれは絶対にそうだ」
男はまるで驚いた様子もなく、
「そうさ。だが、その呼ばれ方は不快だ」
顔色一つ変えずに告げた。
吸血鬼はにやりと笑う。
「ははっ。やっぱりなぁ。あの英雄様が相手だったか。戦争を終結に導いたあの」
「うるさいぞ!!」
男は怒りをあらわに叫んだ。
「そうか。でも、英雄と戦えるんだから楽しまないとなぁ。本気でやんないとなぁ」
どこまでも人のようで、まるで人間とは違う。まさに吸血鬼と呼ぶにふさわしい。
空気が変わる。殺気と狂気が入り混じった混沌の戦場に。
「さぁ!!第二ラウンドだ!!」
二人の戦士は駆け出した。




