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エグゼキューター  作者: 結城 春
迷々編
6/24

平和の監獄⑤

カツカツと音を立てて宮殿を歩く者がいた。そう、現国王ドー・キュラーである。彼はやはり悪趣味な笑顔を浮かべ、闇に眠る王の間に入り椅子に座った。


 「‥‥‥入れ」


 そういうとズズズと暗闇から三人の騎士が現れた。彼らは王に忠誠を誓うように、数段低いところから服従の姿勢を見せている。


 よく見ると、騎士の中の一人が何かを持っている。なんと、それは先ほど見事な演説をした勇気ある騎士の体だった。


 「シェリダン、まだそんなものを持っていたのか」


 シェリダンと呼ばれた騎士は、「ああ」とつぶやくと、まるで風船を割るように手に持つ騎士の体に爪を突き立てて割ってしまった。


 バンッという音が王の間に響き渡り、王の間が血でぬれた。


 「シェリダン——」


 舌打ちをして一人の騎士が立ち上がった。シェリダンの行いを咎めるためだろう、しかし、


 「よい、アンデ」


 ドー・キュラーは気にするなと云った。


 アンデという騎士も王の言葉とあっては黙って頷くしかなく、シェリダンに一瞥くれて同じように跪くだけだった。


 すると、今まで沈黙を貫いていたブラムが、んん、と一つ咳払いをした。


 「王よ、成功ですな」


 「うむ」


 ふふふと笑いが響く。


 「騎士たちよ、此度の騒動を、我が一族の力を見せつけ野望のための一歩としよう」


 「はっ」


 三人の騎士が同時に反応した。


 「閣下」


 アンデが言った。


 「此度の件、まずはこのわたくしめに任せていただけないでしょうか」


 アンデという騎士は、どうやら三人の中で一番王に対する忠誠が厚いらしい。三騎士の中で誰より早く、誰より王のためを思っての行動を口にしたのだそれは間違いないだろう。


 「いや、私にやらせてくれませんかねぇ」


 しかし、ここでシェリダンが間に入った。


 「閣下。シェリダンは一族図一の阿呆です。このような者に任せるのなら、私に任せていただきたい。必ず、必ずご期待に応えて見せましょう!!」


 アンデの声がどんどん勢いを増し、ついには立って身振り手振りをつけて話すに至った。


 「それに、こやつに任せたら何をしでかすかもわかりません。もしかすると、閣下の野望が遠のくやもしれません。そうだ、やはり私に任せるべきです。閣下!!どうか私にッ!!」


 顔を真っ赤にして血管を浮かばせながら、その長い演説は唐突に終わった。


 王の間に静寂が訪れた。はぁはぁとアンデの荒い呼吸の音だけが聞こえる。


 しばらくして、くくっとシェリダンが嗤った。


 「キュリアの奴を仕留めるんなら強い方が行った方が確実だろ」


 彼女はアンデの長ったらしい演説とは反対に、ただ短い言葉で彼を否定した。そう、シェリダンはアンデを「弱い奴」と一蹴し、自らがふさわしいと言ってのけたのだ。


 「きっ、貴様ッアア!!」


 叫びながら腰の剣を抜き、その切っ先をシェリダンに向ける。


 その眼には怒りが、その剣には殺意が込められている。どうやら冗談ではなく本気で彼女を殺すつもりらしい。全く穏やかではない。


 対するシェリダンは、ふらりと立ち上がると、アンデに近づき剣の切っ先を心臓に深々と刺した。しかし、彼女に痛がる様子もなく、もはや喜々として剣の根元まで体に突き刺し、目と鼻の先まで距離を縮めた。


 そしてブラムは、独りため息をついて跪いていた。


 「なんだ、言い返してみろよ」


 「一度ならず二度までも‥‥‥私を愚弄するか!!」


 途端、剣が赤色に鈍く光った。


 光が王の間を照らしだす。


 剣が赤く伸びる。


 剣は壁を貫き、あらゆる障壁を穿つ。


 「フンッ!!」


 忠実な騎士は、シェリダンの体を心臓から右腕ごと切断した。それは見事に水平に。


 彼女はさすがに堪えたのか、逃げるように後ずさりした。しかし、その顔にやはり苦痛の表情は浮かばず、かわりに、嫌に不気味な笑みを浮かべていた。


 「アア、久しぶりだ。そうだ、どっちが強いか殺し合いと行こうじゃないか!!」


 シェリダンの手が、なにやら赤い膜でおおわれて鋭い凶器のようになった。さながらそれは猛獣の詰めのように尖っている。


 アンデの剣がまるで鞭のようにしなり、蛇のように周りの空間を、アンデを中心にして絡みついている。


 両者が床をえぐる様に蹴り、雷鳴の如くスピードで突進した。互いに攻撃の間合いに入る。斬り伏せんとする剣、抉らんとする爪、その寸前、


 「やめんかっ」


 ドー・キュラーの静止の声が響いた。


 アンデの剣が彼女の前で止まる。


 シェリダンの爪が彼の胸の前で止まる。


 「ちぃ」


 彼女は苛立たしそうに舌打ちを。


 「命拾いしたな」


 彼はプライドを胸に捨て台詞を吐いた。


 「貴様ら、我は一族がいがみ合う未来を見ているのではないぞ」


 ドー・キュラーが悲哀の眼で、跪く騎士たちを見た。


 「我が見ているのは、我らが一族が平和に暮らす、そんな未来を見ているのだ」


 騎士たちは跪いたまま顔も上げない。


 「我らの出発点を確認しよう。我らが一族は人間に虐げられ、屈辱の日々を過ごした。その果てに、何人もの仲間が地に堕ち、そのたびに、人間を憎み、何度も殺そうとした」


 哀れな王は、そこで一度言葉を区切ると天を仰いだ。


 「だが、奴らは強かった、魔術で我らをいつまでもしばりつけた。奴らには敵わないだから、耐え続けた。耐え続けて、そして戦争があった。そこで我らは混乱に乗じて脱走してこの地に流れ着いた。そうだな」


 「そうでございます。そして、そのとき我々は一つの野望を抱きました」


 ブラムが答えた。


 「うむ。そうだ。我らの力と慈悲深さを人間どもに認めさせ、我らの国を作る。人間どもに支配されない圧倒的な国を作り、我らが平和に暮らせる国を作り出す。そんな野望のため今まで過ごしたはずだ」


 ドー・キュラーは熱が入ったようだ。だんだん声が大きくなっていく。


 「ならば、我らが殺しあうなどなんと愚かなことか。同族で殺しあうなど人間どもと同じ愚かなことではないか」


 「閣下。申し訳ありません。一族の者たちで殺しあうなどあってはなりませんでした」


 「私もその、すみません」


 二人の騎士はバツの悪そうに頭を下げた。


 「わかればよいのだ。だが、我はこの国の王とはなったが、未だ真の意味で平和を得たとは言えぬ。この地に旗を掲げし今もなお、我らの安寧を脅かす国が存在するのだ。」


 ドー・キュラーが椅子から立ち上がる。


 「今まさに、我らが野望は成就の刻を迎えようとしておる。よいか、これより我らは、キュリア王国に対し宣戦を布告する。今こそ、一族の宿願を果たす時だ!兵たちよ、隊を整えよ! 心に火を灯し、剣に誓いを刻め!キュリアの者どもを討ち滅ぼし、我らが最も強く、最も慈悲深き種族であることを世界に知らしめるのだ!まずは、我が領に踏み入ったキュリアの兵を討て!奴らを、我らの偉業の礎とせよ!」


 「はっ」


 騎士は一層頭を深く下げ、その声に応じた。


 どうやら、この声は宮殿全体に聞こえていたようで、兵士たちも同じように跪いて声にこたえた。


 「アンデ。まずはお前が行くのだ」 


 「は。よろしいのですか」


 王はうなずくと、


 「お前の力は、一人でないと発揮しきれんのでな」


 「御意」


 「ほかの者たちは宮殿で防衛に当たれ!!」


 「ハッ」


 城全体が呼応する。


 そして、目の前の三騎士は影の中に消えていった。


 「ふむ」


 王は椅子にもたれかかると、眠りについた。






 「なるほど」


 一度、町を囲う壁の上に戻っていた男が、何やら意味深につぶやいていた。男は耳に指を二本近づけている。見ると、指と耳の間に奇妙な光り輝く陣があった。


 「すべて聞かせてもらった。ドー・キュラー」


 どうやら、さっきの宮殿での会話を聞いていたようだ。


 おそらく、あの陣を通して声が聞こえているのだろう。


 男は町の様子を思い出していた。


 平和で、今の世の中からは考えられないまさに楽園。ここに住んでいる人達は本当に幸せなのだろう。普通に仕事をして、普通に遊んで、普通に食べて、普通に寝て、そうやってひたすら平和に‥‥‥。


 でも、外の世界は。


 背中にある荒れ果てた台地を見る。


 世界はこんなにも残酷になって、生きる屍がいるだけ。


 冷え切った老婆の手の感覚がよみがえる。


 呪いの言葉が耳に響く。


 そうだ、俺は。


 「‥‥‥」


 男は朝の家族の会話を思い出していた。


 本当にいいのだろうか。彼らの幸せを奪ってしまって。せっかく手に入れた幸せを、俺が奪ってしまっても。


 考えれば考えるほどに、男の体にナメクジが這う感覚が走る。だが、迷っている場合ではない、それはいままでの自分を否定することになる。


 「‥‥‥」


 なびくマントの中から二振りの短刀を取り出す。


 腹をくくったようだ。


 「出てこい」


 いったい何がいるというのか、あたりを見渡してもそこには果てしない闇があるだけ‥‥‥。


 なんと、その闇の中から一人の騎士が出てきたではないか。


 「———まさか、気づいていたとは」


 無言。


 「わが名はアンデ。王の右腕。我らが国を脅かすキュロスの兵よ、我らが野望のために死んでもらおう」


 二人が剣を構える。


 どうやら、戦いが始まるようだ。



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