平和の監獄④
朝がやってきた。
どうやらこの国が動き出すのは少し遅いようで、国民が起きるのはだいたい我らの世界の時間で言う十時ごろだった。
外では大人たちがせっせと働き、汗水たらして国のため、家族のためにと忙しそうだった。
子供たちは無邪気に走り回り、元気に友だちと遊んでいるようだった。いや、どうやら公園のようなものもあるようで———といっても、遊具などはない———木に登ったりもして子供たちは子供たちで、汗水流し工夫して遊んでいるみたいだ。
そんな様子を、昨晩の男が屋根の上からぼぅと眺めていた。
ふと、ひとつの家族が目に留まった。どうやら、その家族の親は仕事が今日は休みのようで、暖かな日差しの下でシートを広げピクニックでもしようというのだ。
会話が聞こえる。
「ねぇ、ねぇお母さん。おべんとうなにはいってるの」
「今日のお弁当はね、クリスの好きなファームチキンよ」
やったぁー、と喜ぶ子供の姿がやけに輝いて見える。その子供をガシガシとお父さんはよかったなと撫でると、家族には笑顔があふれる。
なんてことない、普通で、幸福な家族の会話。それは、本当に、普通で、幸せで‥‥‥。
「————」
幸せな国、生活、争いのない本当の平和がここにあるようだった。
しかし、彼らは知らないのだ。それとも知らないふりをしているのか。あの壁を越えれば地獄が広がっていることを。
だが、外の光景を見た我らならその違いは一目瞭然だろう。まるでここは天国のようで、やはり外から隔絶された監獄だ。
そして、彼の男は平穏の中で楽しそうに遊んでいる親子を苦しそうに眺めて、眠りにつくのだった。外の惨状を思いながら、ただそれから逃げるように。
そうそう、宮殿はやけに静かだった。
夕方になった。
子供は家に帰る時間。
大人は労働も大詰めといった時間。
どうやらこの国、動き出すのは遅く、止まるのは早いらしい。
そして夕方になってやっと男は目を覚ました。そして、すぐに異変に気が付いた。
国民が一斉に、余すことなく全員が一つの場所めがけて歩いているのだ。もちろんその場所とは宮殿である。
男は何かを悟ったようで、同じように屋根を伝って宮殿に向かった。
真夜中。
完璧に太陽は沈み街灯に火がくべられその明かりだけが町を照らしていた。
国民は宮殿の前のバカでかい広場でこれから起こる出来事を今か今かと待ちわびていた。
男はそれを少し遠い位置から眺めていた。
突然広間から歓声が上がった。
何事かとみてみれば、宮殿から現国王ドー・キュラーが現れたではありませんか。
男はやはり思った。
そこからは想像通り。国民に向けての長くありがたい演説の時間だった。男はそれを軽く受け流すように聞いていたが、演説も終盤に差し掛かったころに決して聞き逃すことのできない話が飛んできた。
「国民の皆々には伝えねばならぬことがある。昨夜、このアルド王国によそ者が紛れ込んだようだ」
国民に驚きとどよめきが走る。
「よそ者は独り。どうやらあの壁を越え、我らに危害を為すつもりらしい」
ヤジが飛ぶ。
なぜすぐに対処しないのか。
なぜそんなことがわかる。
あの壁を超えるなんて無理だろう。
と、様々。どれも当然の疑問。
「国民の諸君。諸君の疑問ももっともだ」
ごほん、と一つ咳払いをする。
「まず初めに、奴がいかにしてこのあの壁を越えたのか――それについては、未だ知るすべもない。ゆえに諸君らはこう考えたくなる。そんな者など、はじめから存在しなかったのではないかと。だが、現に「よそ者」はいたのだ。この事実を我らに知らせてくれたのは、勇気ある一人の騎士であった」
一人の騎士が宮殿から出てきて国民の前に立った。
その騎士は言う――
「私は昨晩、たまたま城壁の見張りをしておりました。そして見たのです。見慣れぬ、一人の男がそこに立っているのを」
恐怖と驚愕に、その場で動けず、捕らえることもできなかったと彼は語る。
そして彼は思った。「このような話、誰が信じてくれるものか」と。
「それでも私は、己の名誉を賭して王のもとへ報告した。たとえ信じられぬとも、いや、どのような手段を使ってでも、信じていただこうとその誠意、その勇気を、我らが国王陛下は受け止められた。そしてついに――陛下ご自身の親衛隊によって、そ・の・男・を、昼間、しかと御確認あそばされたのだ!」
ドー・キュラーが熱く語る兵士に、もうよいと顔の前に手を出し静止した。
「敵はおそらくキュリアの兵士だ。我が国に土足で踏み入れ、我らに仇名すとはなんと度し難いことか。だが国民よ安心してほしい。今宵、我が親衛隊をもって彼の男を始末して見せよう。そして見せつけてやるのだ、キュリアに、世界に!!我らの強さを、我らの誇りを!!」
こぶしを掲げる。
それに呼応するように歓声が夜の空に響き渡る。
最後に今夜家から出ないようにという警告を告げて、国王は宮殿に戻った。
かくして演説は終わり、湧き上がる興奮を抑えられぬまま国民は家に帰っていった。
その夜、家の外に出ようとする者はだれ一人としていなかった。




