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エグゼキューター  作者: 結城 春
迷々編
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平和の監獄②

とある夜。


 星の明かりも見えぬ暗黒の台地を歩く男がいた。彼は黒のマントをたなびかせ自らの足で歩いているようだった。


 「‥‥‥」


 歩く台地には戦争で、はたまたその後の生活に苦しんだ者たちの死体であふれかえり、暗闇の中でそれは何とも不気味に見えた。


 無造作に置かれた死体をみて、男は手で顔を覆い死体から目を離せず足を止めた。顔を覆ったのはその異臭からか、その足を止めたのは怖気づいたのか、なんにせよ彼はまだ人間だった。


 今の絶望と混沌が渦巻くこの世の中で、まだ人間をやれているのならばそれは狂気であり、悲愴ひそうだと言えよう。


 突然グッ、と足を掴まれる感触があった。


 「―——ッ!?」


 男は驚いて足を振り、稲妻のように素早く飛び退いた。


 「———」


 さらなる驚愕。


 そこには地面に這いつくばり服も着ず、文字通りしわくちゃの、もはや骨と皮だけの体の老婆がいた.


おそらく、戦争終結後にまともな生活ができずにいる難民だろう。


 きっと平和の国があると噂を聞いてこの地に来たが門前払いされ、それ以来、もといた場所に戻ることも出来ずにいるのだ。こうして同じように平和を求めてやってきた旅人の善意に付け込む乞食となって何とか生活していたのだろう。


 「たびの、——かた。めぐみを、」


 老婆がかすれた声でそう言った。


 老婆は懇願するような、神を見たかのような顔をしている。そして、しわくちゃの体で不気味に目を輝かせながら、地面を這いずりながら迫ってくる。


 そして、男は見た。


 足のない老婆の体を。


 「‥‥‥」


 「めぐみを」


 足のない老婆。こんな場所で、こんな世界で、そんな年齢で、そんな体でいままで生きてきたのが不思議なくらいだ。服も着ずに一人で、風邪を引いたらどうするのか、食べ物は‥‥‥。


 「———は、。」


 暗闇の中で男の顔が苦悶に歪んだ。


 そして張り裂けそうな声で、


 「俺にっ」


 一瞬言葉が詰まる、


 「———こっちに来るんじゃねぇ!!」


 大声で老婆に拒絶の意を唱えた。


 男はしまったと思った。


 だが、過ぎた時は戻らない。男が顔を上げたその先で人影がふらりと一つ、また一つと起き上がりゆらゆらと動くのが見えた。それはだんだんと近づいてきて、次第に影は大きくなっていた。


 うーうーとうめき声が聞こえる。


 不気味に。


 闇の中で。


 「やめ———」


 うめき声の中、影の群れからかすかに声が聞こえた。


 「めぐみを、」


 そんなもの、


 「すくいを、」


 どうしようもないだろう、


 「かみさま、」


 いるはずないだろうそんな奴。


 あたりから聞こえるその言葉たちは呪いのように繰り返し繰り返しこだました。


 足を掴まれた。


 下を向くと足のない老婆が———


 「めぐみを、」


 老婆はけらけらと笑う。


 狂っている。


 男は掴む手を振り払い、逃げようとした。


 だが、遅かった。


 男の周りをすでに影が囲っていた。


 影の中には、そのほとんどが痩せこけていて、足が不自由で杖を突いている人、老婆のように足がなく地面を這いずる人、皆が皆まるでゾンビのように男に迫った。


 呪いのように、救いの言葉を唱えながら。


 男はどうすることも出来ずにただ、


 「う、う。があああああああああああああああ」


 発狂するだけだった。


 そして‥‥‥。


 まばらに、力なく輝く星がさっきよりかたむいて見えたころ。男は茫然と一人立ち尽くしているようだった。


 どれだけ探しても、さっきの老婆たちは見つかるまい。そこにあるのはもう冷たくなった死体たち、何も変わらない同じ風景、ただ少しそれが増えただけ。


 増えただけ、その事実。


 「うおぇ」


 視界がにじみ、激しい嗚咽がこみ上げた。あまりの不愉快さに、思わず膝をついて蹲る。


 今の光景が頭の中で、何度も何度もフラッシュバックする。それは、常人には考え付かないような経験で、ありえないと非難されることだろう。人を殺すとはそういうことだ。


 「‥‥‥う、ああ。」


 少し落ち着いたころ、彼の頭には過去の記憶が浮かんでいた。


 「ぐっ、く」


 激しい頭痛。


 止まるわけにはいかん。


 立ち上がろうとする足は震え。


 男は身体を赤く濡らしてまた歩き出した。

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