泥の記憶
アルド王国を逃げるように離れてから時間が立ち、空は暗なりとっくに夜を迎えていた。
ライアたちの視界にはあふれんばかりの木々が立ち込めている。森の中にいるようだ。今の世の中、森ましてや木があるなんてとても珍しい。
「ここにしよう」
大きめの木の下で火をおこしそこを今日のキャンプ地とした。シェイは焚火のそばで横にしてある。あれから起きる気配がない。
「まぁ生きてはいるんだ。こいつなら、大丈夫」
彼はそう言うと同じように横になった。
今日での出来事。アルド王国。本当に俺はよかったのか。
本当に、俺は理想に迎えているのか。
‥‥‥わからない。
わからなくなる。
俺のように人々が苦しまない世の中を。そのために俺は、今日あの国の人たちを犠牲にした。
「は、はは」
乾いた笑いがこぼれる。
明らかな矛盾。苦しまない人を生み出さないために、人々を犠牲にした。
―——だが、それも仕方のないことだ。万人を救うことはできない。何かを為すためには犠牲はつきものだ。
「また、お前か」
胸の奥に巣食う声。いつも俺の中で、最も冷たく、正しいふりをして語りかけてくる声。
———迷うな。あいつのために。
あいつのため。
なぁ。
俺はこれでいいのか。
「イオナ」
こうして英雄は深い眠りに入った。そしてこれから彼の体験する夢は、彼自身の過去の記憶だ。
そう、これから見るものは彼が英雄と呼ばれるまでの伝記。ただの男が英雄と呼ばれるまでの地獄の話。




