傲慢判決④
太陽が出るまで粘れば勝てる、だがシェイを助けるならそれよりも前に倒さなくてはならない。あの吸血鬼は十分は持つといっていたが確証はない。それなら考えるより先にあいつを、殺す。
姿勢を低くし一直線に走る。全速力で駆け抜ける、二人の間は約十五メートルほど、それくらいの距離ならば今のライアは一秒も立たずに走り抜ける。
だが、ライアは自身の目を疑った。ライアが走り出してから秒数にしてレイコンマ三秒、目の前から化け物が消えた。
「遅いな」
「!?」
右後ろから声がした。急いで床を蹴り左に飛ぶ、間一髪のところで剣を避ける。しかし急な方向転換だったので着地の時によろけてしまう。
そして、目の前には奴の剣が迫っていた。二振りの剣でギリギリ受け止める。しかし圧倒的な威力の前に剣は真っ二つに斬られてしまった。
「ちぃ」
急いで盾を顕現させて剣を受ける。ぎいぃぃんと甲高い音が鳴り、後ろに吹き飛ばされてちょうどそこにあった家にぶつかりそのまま壁を突き破った。
「———はぁはぁはぁ、‥‥‥ぐ、ぐふ」
臓腑が、やられた。衝撃で血を吐きながら膝をつく。今の一瞬の攻防でかなりの神経を使い、体力を消耗したようだ、息が荒々しい。
「どうした英雄‥‥‥早く我を倒さなければあの人間が死ぬぞ―——立ち上がれ」
「言われなくても、すぐにあんたを殺す」
必死に痛みをこらえて立ち上がる。今度は右手に両手用の少し大きめの剣を、左手にはライアの持つ実体盾の最高硬度を誇る光盾輝を顕現させた。
「あんた、」
ライアが何かを口にしようとしたとき、後ろからどたどたと音がしたかと思うと男の声が聞こえてきた。
「な、なんだよこれ。家が、そんな」
男は気が動転しているようだ。無理もないだろう。
「どーしたの、パパ」
幼い女の声が聞こえる。
「馬鹿、くるな」
その声の主を父親と思われる男が来るなと制した。その顔には焦りと恐怖が浮かんでいる。
「おいお前。上にいろ、死ぬぞ」
ライアは男を見ずに一つ忠告をした。男がその言葉をどう受け取ったのか、ライアは全くわからない。わからないというのはいいものだと思う。
「死ぬって‥‥‥まて、お前の服のそのマークキュリアの。まさかお前が、お前が国王様の言っていた」
ライアの纏っているマントには小さくキュリアのマークがついている。どうやらそれを見つけて理解したらしい、この時代にキュリアのことを知らない者はいないから。
「英雄よいいのか‥‥‥そんなのにかまっているとお前の助けたい人間は死ぬぞ」
「くっ、おいお前上にいろ。いいな」
それだけ言って英雄は戦闘態勢に入った。剣と盾をうまく使って化け物の攻撃を捌きながら反撃のチャンスをうかがう。
「はぁ!!」
繰り出された斬撃を盾でタイミングよくはじく。化け物は体勢を崩した、隙が生まれる。そのすきを逃すはずもなく、全力の一撃を叩き込‥‥‥。
できなかった。
化け物はさっきの男を左手でつかみ、自分の体の前に盾にするように突き出した。
「———は」
ライアの剣は男の目の前で止まった。男は目に涙を浮かべてガタガタ震えている。
「なんで、お前。ぐふぅっ!?」
化け物はその男ごとライアを刺し貫いた。だがライアの体には刃の先端部分しかまだ刺さっていない。
「貴様ァ」
その男事斬る覚悟で剣を振るう。
「ははははは」
だが次の瞬間、化け物は前へ前へとそのまま前進しだした。それと同時に腹部に刺さっている切っ先もより深くに侵入してくる。
ライアは即座に剣を手放して刺さっている剣を掴む。そしてそのまま彼は壁に叩きつけられた。
幸い刀身は臓器まで刺さっていなかったようだ。
「この下衆やろうがぁ」
刀身を握りつぶす。握り砕くといった方がいいかもしれない。そしてまたも壁を破って外に出た。
その後を追うように化け物も飛び出す。
「どこだ」
だが化け物はライアを見失った。時間がない、お互いに早く決着をつけたいはずだ。ならば隠れて作戦でも立てているのか。
「なんだ、何か聞こえる」
それは英雄の詩だった。
「これは――人の業。
集め、我が心に刻み込む。
見栄を纏い、偽りの光で輝き続けた。
人々はそれを善と称し、
我はそれを悪と嗤った。
されど、歩みは止まらず。
呪いの声は今も、進めと響く。
ならばすべてを束ねて一を為そう
いつかの言葉が言うように」
唱える。自分という人間を象徴し、自分というに人間の根幹をさらけ出す魔法の言葉。何もない自分が、何かを手にした呪いの詩。
「上か」
屋根の上に英雄がたたずんでいた。
震える。空間が震える。魔力に気圧される。その圧で化け物は動けない。隙だらけの相手に攻撃しようという気も起きない。
やがて魔力は英雄の手に収縮される。
「我が手に刻め、虚ろなる僕の夢」
静寂。空気が止まり、世界が呼吸を忘れる。
あらゆる“武器の影”が、ライアの背後に浮かび上がる。
剣、槍、弓、斧、鎖、杖、爪、彼の記憶に刻まれたすべての模倣が、一点に収束していく。
それはもはや武器ではなかった。
概念そのものの刃だった。目視できるがそれが何なのかわからない、何にも似ていない一振り。
「なんだそれは‥‥‥なんなのだ」
英雄は答えない。
ただ化け物は理解した。それが英雄の持つ唯一の武器であり、彼の背負う罪なのだと。




