君が僕は⑤
老人は、自身の爪を血で硬化させてまるでクローのようにして襲い掛かる。対する英雄は左腕に盾を持ち、剣のようなナニカを振るう。
撃ち合うたび、十度。一進一退の攻防が続く。
ブラムは、常に首と心臓とを気にしながら戦わなくてはならず、防御のたびに余計な思考が動きの邪魔をして少し押され気味のように見える。
ついに、老人の動きに決定的で極めて些細な隙が生まれた。英雄はそれを見逃さず、すかさず心臓に突きを放つ。
「!?」
驚愕。
老人は手を見慣れない形に何度も何度も組んでは解きを繰り返した。組む形は毎度違うらしい。そして、最後に祈るように両の手を絡ませると、
「風術:秘儀風化一体」
そう唱えた。見る見るうちに、老人の体が風に溶けて消える。
ライアの一撃は虚空を斬るだけに終わった。
あたりを見渡す。だが、人の影ひとつ見当たらない、物音ひとつしない。
「どこに行った」
風と同化する術。確かに強力だが、それゆえに効果時間は短いはず、ならばすでに実体化して姿も見える。
逃げたか。しかし、奴は俺を本気で殺すといった、俺を仇とも言った。それならば、逃げはいないはずだ、ではどこに。
風を切るような音が聞こえる。近くにいる。周りにはいない、見渡しても何もない。そうか、
「上か!!」
「遅いっ!」
予想通りまたも上空にいるブラムは、なんらかの術の詠唱を終えた後らしく腕をライアに向けて魔力を込めた。
「!?」
すると、途端に剣が重くなった。今のライアの状態は、一般人が片手で三百キロのダンベルを持つようなものである。
これにはさすがのライアも耐え切れずに剣を落としてしまった。なんとその衝撃で対魔の剣が粉々に砕けた。
重力魔法か。
やつめ、火の魔術と風の魔術と重力の魔術、かなり多くの魔術を習得しているな。
視線の先では、さきほどのように両手に炎を宿し、まさに今それを放たんとする寸前のブラムが映っていた。
どうする。建物の影に隠れるか。いや、さっきの魔術でここら一体の家はすべて吹き飛んでる。ならば、奴のいる高さまで飛んで仕留めるか。いや、リスキーだ。空中で撃ち落とされる可能性の方が高い。それなら矢で、いや、同じだ撃ち落とされる。
「考えたって無駄だぞ、英雄」
はるか上空からの声は、不思議と町によく響いた。
「終わりだ」
放たれる。しかし、ライアは勝ち誇った老人の姿など、ましてや放たれた炎など眼中になかった。見ていたのはそのさらに上から落ちてくる、一人の人間の影。
「終わるのはあんただ、化け物」
「なっ」
思いもよらぬ乱入者に驚き、何の抵抗も出来ずにその人間に殴られその勢いで地面に叩きつけられた。
「ライアー」
乱入者はスタッと着地をすると英雄の方に目もむけずに、
「ここは任せて国王様を倒してきな」
自信ありげに言った。
「‥‥‥お前」
少しあきれたような、不愉快だというような態度を出しつつも、
「言われなくとも」
そういって背を向けた。
「まて、まだ終わってはおらぬぞ」
その声を遮るように乱入者は言う、
「あんたの相手は私がする。邪魔はさせない」
「貴様、すぐに殺してやろう。お前も、あいつも」
「できるもんなら」
二人の闘いが始まった。




