君が僕は
「——————」
ドー・キュラーは空を仰いでいた。その空は青く輝かしいものではなく、いつもの輝きのない漆黒の夜空であった。
「アンデよ」
記憶が蘇る。決して輝かしいものでもなく、感動的なものでもないが忘れられぬ記憶が。
人間の支配を受けていた時、彼はその荒々しく好戦的な性格のせいでいつも反抗しては返り討ちに会うばかりの生活を送っていた。
彼はいつも返り討ちにあってはうれしそうな顔をしていた。反面どこか悲しそうで怒りを感じさせるようなそんな顔を。
「俺は戦うのが好きなんだ。俺より強い奴と戦うのはもっと好きだ。でもな、負けるのは嫌いだ。だから人間どもにこき使われて支配されてる今が、お前は負け犬だって言われてるみたいでどうしようもなくむかつくんだ」
いつかの彼はそう言っていた。私はどこに、彼のどこに惹かれて共に国を作ったのか。
そうだ、そういえば彼はあの状況を楽しいとも言っていた。常に強い奴と戦えるあの場所が好きでもあるといっていた。
そういうところに惹かれたのかもしれない。そんな矛盾を抱えた男だったからこそ我は‥‥‥。
「我らの道を見届けてくれ」
ドー・キュラーは一人王の間に戻った。
椅子に座り影を見つめる。
「シェリダン、ブラム任せたぞ」
王の言葉と共に二人の吸血鬼が姿を現す。
「御意」
タンッと軽快な音を立てて彼らは敵を狩りに行く。
「弱い奴は負けて当然だよなぁ」
シェリダンは云った。
「そうですな。ですが、あのアンデが負けるとは、キュリアの英雄油断ならぬ敵ですな」
こくりとシェリダンはうなずいた。
「ああ、油断しねぇようにな」
ブラムはシェリダンの横顔がいつもと違うと思った。目つきは鋭く、口元はキッと一文字に結ばれている。いつもの彼女からは考えられないほどの気迫のある顔だ。
「シェリダン」
「なんだよ」
ふふと少し笑みをこぼす。
「なんなんだよ」
「死なぬよう気をつけることですよ」
彼女は驚いたというように目を丸く見開いた。そして少し笑うと、
「わーってるよ」
とだけ言った。
そこからの二人に会話はなく、かくして一人の英雄と相対した。
一人目の吸血鬼を倒したライアは、城壁の上から飛び降りそのまま宮殿を目指して歩き始めた。本当は歩くのではなく走っていった方がいいのだろう、だというのにライアはまるで急ぐ気配がない。
「化け物、俺が火種‥‥‥」
俺は迷っちゃいられない、そのはずだ。
アーシャに誓ったはずだ、レオに授けられたはずだ、俺の意思でやっていることのはずだ。後悔なんてしていいはずがない、迷いを持っていいはずがない。俺は俺みたいのを増やさないために、こんなことを。
そうだ、そうじゃないと今まで殺してきた人たちは、犠牲になった人たちはどうなる。彼らの思いを背負うって決めたじゃないか。戦争をなくすって、決めたはずだ。
そんな俺が戦いの火種、
——————本当は求めてるんじゃないか、戦いを。
耳元でささやく声が聞こえる。
「そんなはずない、確かに俺は戦争を止めるために戦いをしている。起きてもいない戦争を止めるためにだ、だが、それで結果的に戦争は止められている。そんな俺が、」
虚空に向かって叫ぶ、耳元に張り付くその声を振りほどくように叫ぶ。
——————確かに戦争は止められている。だが、お前は戦争を止めるという口実を作り、戦いを求めてさまよっているのではないか。そんなお前はやはり化け物で戦いの火種だ。ならば、いつかお前はまた大きな戦争を運んでくる。
「馬鹿を云え!!おれが戦いなんて求めてるわけがない、戦争を止めるために戦っているんだ戦争を引き起こすはずもない」
ふふと気味の悪い笑い声が聞こえる。
——————それならそれでいい。ふむ、ではお前が戦争を本当に止める気があるというのなら聞く。戦争を止めるために、国や人を地獄に落とす覚悟があるのか。
「なにを」
——————すぐわかるさ。お前はまだ見えないふりをしてるだけだ。
それは、その言葉は英雄の心を覗いた様な言葉で、それは、とても不快だった。
「戦争を止めるための闘いだ。地獄を生み出さないための闘いだ、それが何で地獄を生み出す」
——————ふふ、ははは。浅はかだ。英雄よ、多くを救うためには少を切り捨てることも重要だよ。
「くッ、うるさいっ」
「何がうるさいってぇ」
気が付くと目の前に、女の形をした吸血鬼と老人の形をした吸血鬼が立っていた。
「一人で誰と話してるんだぁ」
「関係ない、お前たちには。今も、これからも関係のないことだ」
ライアはマントの中から一振りの剣を取り出した。
「英雄さん。わたくしの仲間があなたに殺されてしまったそうで、我々はあなたに無関心というわけにはいかんのですよ」
老人がコツコツと靴を鳴らして近づいてくる。
「できる限りあなたのことを知ってから殺したいのです。記憶に残るようにね」
「かたき討ちか」
「かたき討ちです」
そういうと老人の手が炎に包まれる。
それに呼応するように、少女は指の先を自身の血で切って地面に血をまき散らした。
「血操術」
すると、血の付いた部分から新たな吸血鬼が草木のように生えてきた。
「胎創血鬼」
化け物たちを前にしてライアは思った。
やっぱり、俺は化け物なんかじゃないと。