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エグゼキューター  作者: 結城 春
迷々編
12/24

化け物⑥

 聞いたことがある。今になって思い出した、もうすでに遅かったがたった今思い出した。吸血鬼達(やつら)は闇の中では無敵の強さと手数を持つと、姿を自在に変え、()()()()()()()()()()

 まるで獣のように鋭い爪のその上を血で固められた手は容赦なくライアの胸にめがけて突き出された。

 完ぺきな不意打ち。もはや、これをかわすことは叶わず受け入れるしかない、自らの死を。

 しかし、彼は違う。かつて地獄のような戦争を生き抜き、ましてや英雄ともてはやされた男だ。そんな男がこのような攻撃で死ぬはずがない。

 「満たせ。女神の愛盾(イージス)

 「!?」

 爪がその胸に届く寸前、その間に光の壁が現れ両者の空間を遮断した。

 力を入れても貫くことはできず、動かすこともできず。ただ、その光の壁は一層光を増しそれと共に魔力を膨れ上がらせる。

 明らかに異質な状況、しかしそれを判断することができるほどの理性がもう吸血鬼には残っていなかった。

 光の壁の中心にあたる場所から、渦を巻くようにその壁と共に光が収束していく。

 「あ」

 ここにきてやっと吸血鬼は状況を理解した。追い詰められているのは、自分なのだと。

 それに気が付いた時、逃げようと後ろに下がろうとする。だが、もはや後ろに飛びのくほどの時間すら、走馬灯を見る猶予すら残されてはいなかった。

 「この光は傷を受け、尚人を愛する自愛の心を孕む。女神の愛はそれを包み、風を送る」

  光の壁は瞬時に風に変換され膨張し圧縮される。

 「溢れろ。猛烈な暴風(アイギス)

 風が放たれる。

 限界まで膨張し圧縮された風が、吸血鬼の胸を腕ごと深々と抉る。それと同時に、ライアを襲っていた手の群れが消える。

 好機。

 振り向きざまにその手に握る大剣を叩き込む。

 しかし、吸血鬼はとっさに体をどす黒い水のようにして攻撃を受け流し、そのまま大剣を飲み込んでしまった。

 「まだ、だ。‥‥‥俺は、‥‥‥戦いた、りない」

 水が膨れ上がり、その姿を今度は数多の動物たちの群れに変えた。

 「戦い足りないっ!!」

 動物たちはその一匹一匹が異質な姿かたちをしていて、この世のもののようでそうでないような不思議な感覚をライアに抱かせる。

 哀れだと思った。

 「楽しみ足りないぃぃぃ」

 もはやどこから聞こえるのかもわからない声は暗闇によく響く。まるで雄たけびのよう、小動物が少しでも自分を強く見せようとするような、そんな雄たけびのよう。

 「やはり哀れだな。戦いはいろいろなものを狂わせる」

 「ふふ、ははは。あわれ、あわれれ。たのしい、‥‥たのしいなぁっ」

 その群れは一斉に駆け出した。死んでいることすら気が付かずに。

 英雄は右手で十字を切り、ただ機械的に、

 「アーメン」

 ただ一言刻んだ。

 「ぎゃあいおふはお」

 もはや叫びかもわからぬ叫びのようなものを発しながら、その体が光に包まれていく。動物たちは光の中で、砂の城のように形が崩れて消えていく。

 そうして、かつてアンデと呼ばれていた残骸が残った。

 「ばかな、洗礼魔術だと。何の媒体も使わずに‥‥‥」

 体が徐々に崩れていく。崩れた体の中から十字架のペンダントが落ちる。それを見るとその残骸は悟ったようだ。

 「あのときか。剣を飲み込んだ時に、一緒に飲み込んでしまったんだな」

 終わりを悟りながらも、ああすればという後悔が、戦い足りないという不満が、道の先を見ることができない無念がこみ上げる。

 「ああ、閣下。すみません」

 吸血鬼は最後に月の幻影を見ながら空に手を伸ばす。その幻影の中で彼は無念にも倒れた。

 「化け物がいっちょ前に、」

 「化け物か」

 見上げる英雄の顔は不快感を隠そうともしない。

 「そうだ、化け物だよ。普段の姿こそ人だが、内に秘める姿はさっきの化け物だ。そんなのが政治をして国を担って、世界に新たな戦争を起こそうとしている。戦争する奴なんて、戦いをするような、楽しむ奴なんてみんな化け物だ、悪の塊だ。それがお前だ。化け物だ」

 ふふ、とその残骸は笑った。

 「なにが、」

 「たしかに俺は化け物かもしれないな。好きで戦いをやってるんだ、確かにそうだ。だが、この後に会う吸血鬼がみんなそうだと思っているのか。確かに我らは戦争をしようとしている、しかしそれは戦争でしか得られないものがあるからだ、仕方ないのさ。お前達だってそうだろう、命を得るために戦争をしたのだから」

 「貴様ッ。‥‥‥戦争は悪だ。確かに俺も戦争に参加した。だからこそ、もうあんなことをさせないためにこうやって」

 「戦争をしようとしている国をつぶして回っていると。ふふ、そうか。だが、お前は戦争を戦いで鎮めようとしている。これではかつての戦争と同じだ。少なくともそこでお前は起こってもいない戦争を止めるために戦いを生み出しているんだ、お前は火種なんだ、お前こそ戦争を起こす化け物じゃないか」

 「俺は、」

 一瞬の間。かつて英雄と呼ばれた男は目をつむり、少しの間記憶を思い起こしている。

 そして、眼を開けると。

 「それでも俺は、やらなきゃいけないんだ。それが俺の贖罪だ」

 「たとえ化け物になっても?戦いを引き起こす火種になっても?」

 「そうだ。それであの時の戦争がまた起きることはなくなる。俺一人が苦しんで、戦いも誰も巻き込まなければ、その先には平和がある」

 そうか、そうか。残骸は納得した。この男がなそうとしていること、矛盾をはらんでいるその理論がいかに無謀なことなのか。

 「おぬしの考えがよくわかったぞ。では、残りのわが部下を蹴散らし、この私ドー・キュラーのもとに来るがよい」

 「お前いつから」

 「こ奴は空に手を伸ばしたときにすでに死んでいる。そこからはこの体を遠隔で操作しておぬしと会話しておったのだ」

 「なかなか。ふん、おしゃべりが好きなのか」

 はははと残骸が笑った。

 「そうかもしれないな。愉快でたまらん」

 ドンと残骸を吹き飛ばした。

 ライアの手には弓が握られていた。

 「不愉快だ。言われなくてもお前を殺してやる」

 夜はまだ長い。

 化け物たちの戦いは終わらない。

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