ダンジョン屋台
ここは東京第3ダンジョン。
日本で最大級の亜空間ダンジョンでその大きさは一階層につき15平方キロメートル。
その広さの階層が現状判明しているだけでも80階。
10階までは難易度の低さと単純な広さで住宅や商業施設が立ち並び、11階から20階は草原エリアで採取できる薬草や討伐対象に困らないため、初心者御用達のダンジョンとなっている。
その後の階層は21~30は森林、31~40は雪原といった風に10階層ごとに生態系が大きく変わっていく。
現在の階層は25階。
森林エリアの折り返し地点。
木々が多く、視界がひらけていないため不意の戦闘が発生しやすい。
主に出現するモンスターはコボルト、オークとその変異種。
コボルトは爪、オークは肉と睾丸が割と高く売れる。
野草の類はあまりめぼしいものはない。
強いて言えば果物が割と美味しいくらい。
「ねー鈴。このダンジョンのパンフレットなんか読んでどうしたの?」
声の方を向くと軽装備の相方がいた。
斉藤清美。ジョブ・シーフ。
関節部と急所だけにプロテクターをつけ、腰にはベルトとナイフ。
身軽さだけに全振りした装備は見ていて不安になる。
「いや、あまりにも暇だったから」
「暇って……。まぁ三月は偵察中待つくらいしかないもんね」
相方と違い私のジョブは重騎士で、プレートアーマーと大剣という結構な重装備。
動くのに支障は無いが体力の消耗が激しいため、偵察などの動き回る行為はできない。
「で、この先はなんかあった?」
気を取り直してこの先の状況を聞く。
「んー一応オークの群れが居たけど……どうする?」
オーク。
二足歩行のブタの怪物で瞬発力と怪力が特徴だが、持久力がないため初心者でも引きうちで用意に倒せる。
「んじゃそれ倒したらお昼にしよっか」
「りょー」
結構な速度で木々を移動する清美の後ろをついていく。
筋力任せの跳躍のため、はねたあとの地面が少しえぐれる。
「もうそろそろー」
その掛け声のあと少し開けた場所が見える。
よく見ると人工的な穴が空いておりその前にはオークが3体。
作りの粗い槍や棍棒も見える。
「じゃ、行ってくる」
「いてらー」
急停止した清美を追い抜き、剣を引き抜きながらオークの前に出る。
まずは一体。
不意打ちで首を落とす。
遅れて反応してきた二体も大剣の質量で叩き潰す。
戦闘時間は体感10秒。あっけない戦いだった。
一応穴の中も確認してから清美に合図を送る。
「ほいほーい」
オークの解体を始める清美を尻目に、武器の手入れを済ませる。
刀身についた血を拭き取り、砥石で少し研ぐ。
それが終わったらカバンから、真空パックを取り出して素材を入れやすいように封を開けておく。
「うげーまたオークのちんちん触っちゃったよ~」
そう言いながらそこそこ大きい丸っこいものを真空パックに詰めていく。
オークの睾丸。キンタマ。
世間一般では珍味や強力な精力剤として扱われる。
一体のオークから50gほどしか取れないため高級素材なのだが、今を生きる乙女としてはあまり触りたくない部類のものだった。
「けどこの一袋で3万円なんだからホント王に金の玉だよね~」
なんてことを言っていたので清美は乙女ではないのかもしれない。
その他にバラ肉や顔面の皮を丁寧に切り取って梱包し終え、帰路につく。
亜空間ダンジョン内には一定の場所に階層をつなげる装置があり、それを操作すると目的の階層までの道が作られる。
道と言ってもただ長い螺旋階段だが。
この階段はモンスターが出現しないため、度々他のグループが休憩したりしていることがある。
単純に疲れたからとか、作戦会議とか。理由は様々だ。
そんなグループと通りがかりに声を掛け合い、ときには情報を交換する。
だが今日はそんなグループがおらず、代わりに美味しそうな匂いと小さな建物のようなものが建っていた。
器用に土台を立てその上に今時珍しい手押し車の屋台。
前にかかったのれんには『ダンジョン食堂』と書かれている。
「おー?屋台?」
清美が珍しそうに中を伺う。
中には白い調理服を着た青年が一人。
カウンターの上には様々なお惣菜が並んでおり、奥にはおでん鍋がある。
青年はこちらをちらりと見て、「……らっしゃい」と短く声をかけ作業に戻った。
「ちょっと寄っていく?」
目を輝かせながらこちらを見る清美。
時計と自分のお腹を見る。
時刻は16時過ぎ、昼食は早めに取ったため最後の食事から大体5時間ほど。
「そうしようか」
のれんをくぐってカウンターに座る。
手際よくピッチャーからコップに水を汲み、おしぼりと一緒に出してくれる。
おしぼりまほのかに暖かく、思わず顔を拭いてしまう。
「ぷぷぷっ鈴ってばおっさん臭ー」
そう言って笑う清美も顔を拭いていた。
水を口に含むと仄かなレモンの風味と酸味。
よく見るとピッチャーにはレモン薄切りが1切れ浮いている。
「お、フレーバーウォーターだ」
その次に魚の皮が盛られた小鉢を出される。
「え、まだ何も頼んでないんだけど……」
「……つき出しだ」
「つき出し?」
「こういった店ではまず最初にこういった小皿を出す。……こちらの方ではお通しというんだったか」
「あぁ」
お通しというのは聞いたことがある。
チャージ料のようなものだろう。
魚の皮は薄い桜色をしていて軽く湯に通されている。
その上には紅葉おろしとネギの小口切り。
「いただきます」
軽く手を合わせて、カウンター脇にあった割り箸を取る。
角張った普通の割り箸ではなく、丸みを帯びた竹箸。
二つに割って湯引きに手を付ける。
魚の旨味とポン酢の塩味と酸味。
ピリリとした紅葉おろしとネギが食欲を沸かせる。
食べる前に感じていたすこしの空腹感が、今ははっきりと分かる。
「おいしー」
相方も気に入ったようでわかりやすく嬉しそうだ。
「ね、次何にする?」
そうは言うもののメニューなどが見当たらず、どうすればいいのか迷う。
「……希望を聞かせてくれればある程度それに沿ったものを出せる」
キョロキョロしていたのを見かねたのか、青年がそういう。
「では、適当に」
「了解した。ではまずはこれを」
次に出されたのは大根と厚揚げのおでん。
「ん、おいしい」
大根には昆布が強めの出汁が良く染み込んでいて、柔らかさも申し分ない。
厚揚げは中の豆腐が濃厚で、衣には少しごまの匂いがついている。
おそらく自家製の厚揚げだろう。
「お次は「あ、その前に!」」
清美が青年の言葉を遮る。
「大将。これ、ある?」
口元で何かをクイっとするジェスチャー。まぁ酒のことだろう。
思わず頭を抱えてしまう。
確かに酒が進むであろう料理ではあるが、私達はまだ17歳。成人ではない。
「……はぁ」
一瞬しかめっ面をするがため息をついて、台下から一升瓶を取り出す。
ラベルには純米大吟醸と書かれている。
「あまり飲みすぎるなよ」
そう言って新しいグラスに注ぐ。
「あんたは?」
そう言ってこちらを見る。
「もらう」
頭の中で倫理観と欲望が戦ったが、1秒で決着が付いた。
日本酒の注がれたグラスはわずかに霜が降っている。
冷たい。
最初に来たのは冷たさ。その後に甘みと旨味。
その後にアルコール特有の熱さ。
それをおでんで上書きする。
このコンボがまずい訳はなかった。
「次は牛すじの土手煮だ」
赤味噌で煮込まれた牛すじに小口のネギ。
甘みが強く味も濃い。
酒のあてには最高だった。
その後は春菊のおひたし、しじみの酒蒸しと続いた。
一升瓶が半分ほどなくなった頃。
「これから締めにはいる」
そう言って鍋のようなものを取り出す青年。
大きくなく平べったく取っ手が上に伸びている鍋。
「親子丼……」
予想はあたっていたようで通り玉ねぎ、鶏肉、割り下、卵の順で鍋に入れられていく。
そして丼に装われたご飯の上にのりをふりかけ、具を乗せる。
その上に三つ葉を乗せて蓋を被せる。
卵は硬めが好きなため、少し待ってから蓋を開ける。
相方はすでに食べ始めており、その評定から美味しいであろうことがわかる。
少し硬めのご飯に醤油の効いた卵と鶏肉。
玉ねぎはシャキシャキと歯ざわりが良く、甘みもある。
酒とつまみだけが入っている胃袋に親子丼を掻き込む。
酒飲みが締めによくラーメンやお茶漬けを食べるのは体がブドウ糖を求めているからと聞いたことがある。
真偽はわからないが、たしかに飲んだあとの米はうまい。
最後に温かいお茶をもらいお勘定といったところで問題が発生した。
体をまさぐるが財布は出てこない。
それもそうだろう。ダンジョンでは金銭のやり取りなんてしないし、持ってきたとしても上層のコインロッカーに預けてしまう。
清美はもうすでに机に突っ伏して満足そうに寝息を立てている。
「……素材での支払いにも対応している」
こちらの状況を察したのかそう提案してくれる青年。
「このあたりをうろついているということはオークだろう?睾丸2つでいい」
単純計算で1万円くらい。
「……持って帰って換金する手間があるから相場より低めだが、どうだ?」
「まぁいいよ。というかお金持ってないのにこれだけ食べた私達が悪いし」
「こういうのはよくある。ダンジョン内に財布を持ってくるやつは珍しいからな」
「キンタマ支払い……キンタマペイ……」
なんて寝言を抜かす清美をなんとも言えない表情で見る青年に、睾丸2つとバラ肉を渡し帰路についた。
脱出後のメディカルチェックでは、アルコールをばらまく変異種がいたと苦し紛れの言い訳をした。
気の向くままに書いてたらナチュラルに未成年飲酒してたゾ




