エネルギーとは形態を変えるもの
私たちの周りにあるすべては、エネルギーの流れと変換によって成り立っています。ここでは、火力発電のプロセスを通じて、エネルギーがどのように形を変え、私たちの生活に不可欠な力となっていくのかを探ります。そして、持続可能な未来への道を、科学と環境の視点から考察していきます。
前作の後書きで、粒子の間に働く力が粒子の位置の配置関係で決まるものであれば、エネルギーは保存することを述べました。ある粒子の集団があって、それらの粒子は集団の中でしか互いに力を及ぼさないとすると、粒子の運動エネルギーと粒子の間の位置エネルギーの和は常に保たれます。
その集団の粒子が、別の集団の粒子と互いに力を及ぼしあうと、その集団と別の集団との間でエネルギーが移動します。
火力発電を例にとります。発電設備の燃焼室に、石油、石炭、液化天然ガスなどの燃料を供給します。燃焼室の酸素雰囲気下です。これを最初の集団とします。この集団に種火を入れると、燃料は次々と酸化されます。燃料(炭化水素)と酸素は、二酸化炭素と水とその他燃えかすになります。燃料(炭化水素)と酸素の原子の配置からなる位置エネルギーは、二酸化炭素と水とその他燃えかすの原子配置の位置エネルギーよりも大きいです。なので、この反応により、位置エネルギーの差は、二酸化炭素と水とその他燃えかすの運動エネルギーに変換します。二酸化炭素や水の速度は速くなり、燃焼室のガスにぶつかり、ガスは壁にぶつかり、燃焼室の温度は上がります。燃焼室内が600〜1500℃になると温度に従う輻射により赤からオレンジ色に見えることでしょう(星の色が温度で決まる仕組みと同じです)。
火力発電設備のパイプを水が循環します。この水が第二の集団です。燃焼室を通過するパイプ内で、燃焼室のガスがパイプの壁の固体を形成する原子を振動させて、その振動がパイプ内の水の分子のエネルギーになります。また、赤〜オレンジ色の輻射も水の分子のエネルギーになります。水の温度が上がり沸騰します。
ここまでを一旦振り返ります。第一の集団である燃料と酸素は、酸化により、二酸化炭素と水と燃えかすに変換します。最初に燃料と酸素の分子内の原子配置が持っていた位置エネルギーが二酸化炭素や水の運動エネルギーとなります。そのエネルギーは、燃焼室のガスや輻射、パイプの壁を通じて、第二の集団、パイプの中の水の運動エネルギーになります。エネルギー保存則によると、水の運動エネルギーが、燃料の燃焼エネルギーを上回ることはありません。むしろ、燃焼熱は水とは別の場所を温めるのに使われて、下回るでしょう。燃焼熱が水に伝わった時点で燃焼が終了していたら、燃焼室のエネルギーは、水にエネルギーを渡した分、低下します。燃焼が続いていれば、次々と、水にエネルギーが運ばれます。
では、その次のプロセスです。第二の集団、パイプ内の水の運動エネルギーが、第三の集団、タービンの回転エネルギーに変わります。圧力の高い水蒸気がタービンの羽に吹き付けられてタービンが回転します。水蒸気は運動エネルギーを失い結露して水に戻り再びパイプを循環します。
次は第四の集団、発電機です。モーターに電流を流すとモーターの軸が回転します。発電機は、その反対で、タービンの軸の回転を電気エネルギーに変えます。手回し携帯電灯を使ったかたならご存知かも知れません。手回し携帯電灯は私たちの手の力で発電機を回しますが、火力発電所では、燃料と水蒸気とタービンを使っています。
この後、交流電圧が長い伝送距離を結ぶ電線を伝って、第五の集団、各家庭に電気が運ばれます。(安定した電力網を保つために、第四と第五の間にも様々な技術が使われていますが、ここでは省きます)。
火力発電を例にして記載したかったのは、エネルギーは、形態をかえているということです。
燃料の時代を遡りたければ、古代の動植物が地下で油となり、など、これもエネルギーの変換です。やがて、太陽の光のエネルギーに遡るのでしょう。そして太陽では水素の核融合が起こり等々遡るとどこまで行けるでしょう。ビッグバンまでエネルギーの変換をたどれるでしょうか。私はやったことありませんが、楽しみです。
反対に、時代のあとを見ることもできます。家庭のコンセントから電気自動車に電気を充電すれば、私たちを充電したエネルギーに応じて、遠くに、もしくは速く移動してくれます。しかも「道路上に」二酸化炭素を撒き散らすことはありません。充電の待ち時間を我慢すれば、いいことずくめに見えます。その代わり、日本の電力のほとんどは火力発電所に頼っています。先にみたように、火力発電所では二酸化炭素が発生します。トータルで見ると、電気自動車に変えたことによる二酸化炭素削減効果は思ったよりも少ないかも知れません。
火力発電の方が、ガソリンエンジンよりも効率は高いですし、火力発電所では二酸化炭素の放出を抑制できるでしょう。なので、電気自動車による温室効果ガス削減効果はあります。しかし、まるまる削減できるわけではありません。バッテリー製造時の二酸化炭素の発生と寿命、廃棄の問題もあります(太陽光発電のソーラーパネルにも当てはまりました)。私は、これらの問題は技術的に解決されるかも知れないと思いますが、何割の削減の効果があるか(エネルギー、環境、経済的にペイするか)、エネルギー供給の問題かそれが引き起こす環境の問題か、注目する必要があります。
だからといって、原子力発電所を稼働するべきだと主張するつもりもありません。原発の廃棄物処理の問題は二酸化炭素の問題よりも重大に思われます。原発の廃炉も容易ではありません。ここでいう廃炉は震災に被災した原発の廃炉ではありません。日本初の原発の廃炉作業が2001年にはじまりいまだに終わっていません。とくに被災があったわけでもなく。もちろん、廃炉は丁寧な作業が必要がありますので早ければ良いわけではありませんが、天変地異と隣り合わせであるからには、速やかに廃炉にできる技術は欲しいところです。
エネルギーと環境の問題は、とても挑戦的な課題です。日本には資源もありません。とれる政策も限られるでしょう。
長々とエネルギーの物理学を説明しましたが、このような危惧のためです。でも、もう一度いいます。エネルギーは形態を変えます。形態の変化の一部を考えるのでは足りません。流れの全体を考えて、何を優先して、何のリスクをとるかを考える必要があります。
最後にこのような終わり方で申し訳ありません。
お読みいただきありがとうございました。
「エネルギー」とは幅広い概念や現象を含む言葉です。「どの形態の」エネルギーかを一歩立ち止まって考えてみては如何でしょう。