量子力学がやりたかった私の話
無目的に書きます。だからどうしたの話です。
物理学を専攻している場合、学部学生は三年生か四年生になると、研究室に配属という儀式があります。大学院などの研究の道に進む場合には、自分の専門分野への道を選びます。社会にでる場合にも、各自の道に従って、もしくは、物理学以外の本当にやりたいことに時間を割くことのできるように、など、様々な理由で研究室を選びます。
私は、量子力学が好きでした。高校生時代に、粒子と波動の二重性の不思議に魅せられました。しかし、学部での量子力学の講義は数学的なテクニックばかりで、私の二重性に対する不思議は解消されませんでした。しかし、量子力学は、全ての自然現象の基礎となりうる理論だと感じていました。私は、量子力学を武器に研究したいと思いました。そして、以下の三つの研究分野からどれを選ぶか悩みました。この塙では、私が悩んだ分野のあらまし、どれを選んだか、についてお話しします。
(1)一般相対論的量子力学
一般相対論的量子力学とは、量子力学に一般相対性理論を考慮する、完成したら、究極の理論になると考えられている理論です。
一般相対性理論とは、ニュートンの重力の理論をアインシュタインがより一般化した理論です。一般相対性理論によると、重力によって時空は歪み、光も曲がります。一般相対性理論は、例えば、本来、地球からみて太陽の真後ろにあって見えないはずの星が、見えることから、光が曲がること、星の見た目の位置が、一般相対性理論の予測と一致することから、実証されました。今では一般相対性理論による補正で、GPSの位置情報を誤差数cmで決定できます。
しかし、量子力学に、一般相対性理論に従う時空の歪みを導入することができません。今現在、粒子間に働く力には四種類が知られています。重力、電磁気力、強い力、弱い力です。最後の二つは核反応に関連します。強い力は、原子核内でプロトンや中性子が結合する核力です。弱い力は、β崩壊という核分裂や核融合が関連します。
これらの中で、重力だけが量子力学に導入できていません。全ての力を取り入れた理論は、統一理論と呼ばれて、その完成は物理学的の大きな目標です。
量子力学の方程式に一般相対性理論を取り入れる、すなわち、究極の理論をめざす天才たちが、当時も今もごまんといます。私などの出番はない、と思いました。そして、私はこの分野を選びませんでした。
(2)素粒子物理学
素粒子物理学とは、粒子の中で、もっとも究極の構成粒子を探索する学問です。その当時、素粒子物理学は花形分野でした。クォークだの、ニュートリノだの、よくわからないけどワクワクしました。そして、量子力学はこれらの素粒子を記述できる唯一の理論体系と考えられています。
その昔、物質の究極は原子だと思われていました。しかし、原子は、更にマイナス電荷の電子とプラスの原子核からなることがわかりました。現在、電子はこれ以上分けられない素粒子と考えられています。しかし、原子核は、更に、プラス電気のプロトンと中性子からなります。原子のなかの電子の数とプロトンの数は同じなので、原子は中性です。
プロトンや中性子は、更にクォークと呼ばれる素粒子からなります。クォーク三つで、プロトンや中性子をつくります。クォークの電荷などの種類の組み合わせで、プロトンか中性子かが決まります。クォークと対の反クォークのペアからなる中間子もあります。他にも、ニュートリノ、ミューオンといった素粒子があります。ここにあげた素粒子は、フェルミ粒子と呼ばれる素粒子で、物質の基本構成要素です。
一方、上にあげた素粒子の間にはなんらかの相互作用が働きます。量子力学によると、相互作用を及ぼす媒体までが、素粒子になります。ボーズ粒子と呼ばれます。例えば、電荷を持った素粒子間に働く電磁力を与える素粒子をフォトン(光子)と呼びます。つまり、電荷を持った粒子が、フォトンを介して、他の粒子に静電気やら磁力やらを与えます。プロトンや中性子の中にクォークを閉じ込めたり、プロトンや中性子を結びつけ原子核をつくる強い力はグルーオンにより運ばれます。(1)で説明した重力はグラビトンという素粒子が運ぶと推測されています。
更には、素粒子に質量を与えるヒッグス粒子(ここでいう質量は重力ではなく、重力とは関係のない力が働いたときの運動の変えやすさを示す質量です)と呼ばれるものもあります。
これらの素粒子の発見には、主に二つの方法があります。一つは、高エネルギーに加速した粒子を衝突させて、破片として新たな素粒子を探す、加速器です。今の大型加速器は山手線くらいの敷地を要する設備です。もう一つは、宇宙からやってくる素粒子を精密な測定装置で根気よく待ち構える方法です。ニュートリノの存在やその特性は、鉱山の跡地に建設されたカミオカンデなどにより明らかになりました(ニュートリノがはじめて観測されたのは加速器ではありますが、今やニュートリノは宇宙観測になくてはなりません)。
以上のように、素粒子の発見は、大規模な設備を使い、携わる研究者も多いです。一本の論文の著書だけで、何ページにもなります。皆、優秀な研究者です。私などの出番はない、と思いました。そして、私はこの分野を選びませんでした。
(3)凝縮系物理学
なんじゃそれ?な名前ですよね?しかし、物理学の中で、ぎょうしゅくけい物理学の専門家は多分、もっとも多いです。物質の物理学です。物質には、原子がアボガドロ数あります。水の中のH2Oも固体のなかの原子の数は、1立方センチメートルあたり、10^22個にものぼります。まさしく粒子が凝縮しています。
凝縮系物理学で物質の性質を解き明かすために考慮する粒子は電子と原子核です。原子核は壊れないものとして、一つの粒子として近似します。そして、マイナス電荷の電子とプラス電荷の原子核の間に働く電磁気力を考慮して物質の性質に迫ります。私たちの身体の性質も電子と原子核に働く電磁気力で決まるのです。
しかし、問題は、粒子の数が多いいうことです。では、量子力学を解くときに、何粒から多いでしょうか。実は、3粒子以上から多くて、厳密な答えを得ることができません。これはいささか頼りないと思うかも知れません。
言い訳ですが、天体の運行も太陽と地球に火星も追加して解くと厳密な答えは得られません。これを精度よく解くためには、まず、太陽と地球だけを考慮した軌道と、太陽と火星だけを考慮した軌道を計算します(よく知られているようにどちらも楕円軌道)。地球と火星の間の引力は小さいので、あとから数値的に補正します。
面白いことに、物質内の電子も、ある一粒の電子に着目して、その電子の波動を計算します。そして他の電子の波動も計算したあとで、相互作用を考慮して、物質の性質を求めます。このやり方は、天体の運行と比べて、粗い計算です。天体の例では、太陽からの引力があまりに大きいため、地球と火星の引力は後で補正しても必要な桁まで答えをえることができます。
しかし、原子核と電子、電子と電子の間の力が同じくらいなのでそう簡単にないきません。ある電子の波動を計算するときに、他の電子の波動を適当に仮定します。そして、一旦解いた電子の波動を暫定の答えとして、その波動を仮定して再び波動を再計算します。暫定の波動と得られた波動が一致するまで続けます。それでも、厳密な答えには至りません。
膨大な粒子の何を考慮して、何を無視するかは、物質と調べたい性質によって、研究者のセンスが試されるというのを読んで、この分野へ進みたくなりました。
量子力学は、微小な世界でしか現れないと言われていますが、物質の色だけは、量子力学の効果として、私たちの身近に現れていることを知っていました。そして、物質の数だけ研究者がいて良いと考えると、私の出番もあるかもしれないと思いました。こうして、私は、凝縮系物理学の一部門である固体物理学の理論系の研究室に進みました。光素子を研究したいと思いつつ。
お読みいただきありがとうございました。