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第2話 囚われの王族

「それで、クソ兄貴達はあの(あと)ここに……?」

「ええ。途中で不幸にも目を覚まし、暴れたりしましたが、なんとかこの場所まで連行・収監しました」


 ワルド=ガング王国のどこかにある、暗い石造りの廊下……魔術で出した小さめの光球しか明かりのないその場所を、二人の男が歩いていた。


 一人はワルド=ガング王国が現在戦っている謎の敵『異相獣』と戦うための部隊を(ひき)いる総隊長である、王族のアルセス。

 もう一人はアルセスが所属している『アウロラーナ』で司令官を務める、ワルド=ガング王国の国教『ミルス教』の司祭ことランドルフだ。


 彼らは、レラ・エクーリア侯爵令嬢を始めとする五人の少女が、超人戦士として初めて戦った相手――新種の異相獣にまんまと(だま)され利用されていた者達……レラの元婚約者にして、アルセスの兄であるオスカルと、その側近達の収監されているこの場所に、オスカルの様子の確認としてやってきていた。


 彼の口から、異相獣に関する新たな情報を聞ける事を期待して。


「それにしても、まさか異相獣が……ここまで王族に近い場所へと食い込んでいたとは思いませんでした。()()が何を思ったか知りませんが……今度は知略を(もち)いてこの国を奪おうとしている可能性がありますね」


 ランドルフは複雑な顔をしながら言った。


 異相獣が()い出てくる謎の〝孔〟が存在しているワルド=ガング王国の北方の山脈に、自分達が敷いた包囲網を突破した異相獣は、彼らが現れてから今までの三百年間に何体かおり、その(たび)に王都やその近隣地域が大きな被害に見舞われた。


 そしてだからこそ、ランドルフは今回のケース――王都などで破壊活動をせず、代わりに王族のオスカルの浮気相手であるリサ・ロレント男爵令嬢に成り代わっていた異相獣の行動が理解できなかったのだ。


 敵はまさか、力押しでは攻められないとでも判断して戦略を変えたのか。


 それともこちらこそが本命の戦略であり。

 そして自分達が気づいていないだけで、まだ何体もの新種の異相獣が、この国のどこかに存在するのではないか……とにかく様々な、被害妄想に(ひと)しいパターンが脳裏に浮かぶからだ。


「その相手については、今も分からないのか?」


「魔導具による通信が入った瞬間に途絶えて、さらに踏み込んだ者が戻れなかった〝孔〟の向こうにいますからね。何者かは全然分かりませんが……まずはこちら側に引きずり出さなければ話になりません」


 ランドルフは肩を(すく)めた。

 敵――異相獣を送り込んでいる存在がいるのが〝孔〟の向こう側であると、状況からして理解できないランドルフ達ではない。


 そして過去にはその〝孔〟に踏み込んだ者ももちろんいたのだが……ランドルフが言った通り、魔導具による通信が途絶え、見たらすぐ引き返す事を約束していた探索者が戻ってこなかった、といういったい何が起こったか分かりようがない事態が起こったため、それ以降〝孔〟の探索は(おこな)われていない。


「引きずり出せるのか?」


「向こうはこちらになんらかの干渉をしたくて異相獣を送り込んでいます。相手がただの愉快犯でなければ」


 ランドルフは冗談めかして言った。

 何がどう動いているのか分からない状況による緊張を少しでも、自分のためにも(やわ)らげたいと思い、無意識にそう言ってしまう。


「なので、(しび)れさえ切らせばいずれこちら側に現れるでしょう。その時こそが本当の…………ようやく着きましたよ、殿下」


「俺を殿下と呼ぶな…………ッ!?」


 話している内に、二人はようやく目的の場所へと到着した。

 そこは、石造りの周囲とは違い金属で作られているドアの前だった。

 そのドアには、二十センチ四方くらいの大きさの正方形の窓ガラスが()められており、そこから明かりが()れている。


「わざわざ光魔術による明かりだけでここまで来てくれてありがとうございます」

 到着するなり、ランドルフは改めてアルセスに感謝した。


「この場所ほど極秘に彼らを収監できる場所がなかったもので、魔導灯などの光源をこの独房の中以外に、まだ置いていないんですよ」


「まぁ確かに、ここの周囲に民家はないし。極秘に閉じ込めておくには最適だな」


 アルセスはここ――かつてなんらかの目的のために、ワルド=ガング王国主導で建てられたが、これまたなんらかの事情により打ち捨てられたらしい研究施設への道のりを振り返りながら言った。


 いったい(なん)の研究をしていたのかは分からない。

 ここでなんらかの事故があったのか、それとも誰かによって無理やり消されたのか、その研究の資料などが全部抹消されているためだ。


 少なくとも、独房として使える部屋があるところからして、マトモな研究をしていなかった事は確かだが、今回のように重要人物を人目につかないよう閉じ込めておくには最適な場所である。


「そういえば、クソ兄貴達の声が聞こえてこないが……死んではいないよな?」


「まさか。敵の手がかりに繋がるかもしれない人をそう簡単には死なせませんよ。ついでに言えば、自殺を(はか)ろうとしたその瞬間、気絶するほど強力な電流が流れる首輪を彼らにつけておきましたから、死のうにも死ねません」


「まさか、中で気絶……?」


「いえ、それ以前に……あまりにもギャーギャーうるさかったので消音魔術を独房内にかけているんですよ」


「…………叫び続けて声が()れて尋問(じんもん)できなかったら困るぞ」


「おっと。その点については考えていませんでした。早く尋問してしまいましょうか」


 ランドルフは、さらに複雑な顔をしながら右手の人差し指を動かした。

 アルセスの()(ねん)について本気で考えていなかったようだ。オスカル達の声をどうにかしたいがあまり失念していたのかもしれない。


 指を動かすと、少しずつ独房内から声が聞こえてくる。

 消音魔術が少しずつ解かれ始めているのだ。一気に解かないのは、それだけオスカル達がうるさかったからだろうか。


「……せっ、ここから出しやがれっ」


 オスカルの声だ。

 弟であるアルセスは窓ガラスを覗いてみた。


 オスカルは独房内で、独房のドア――こちらに向かって叫んでいる。

 さらには手足を、ドアに近づけようとしているようだが、首輪だけでなく、床と鎖で繋がれた()(かせ)足枷(あしかせ)もつけられていたため、動きを制限されていた。


「俺は次期国王だぞ!? こんな事をしていいと思っているのか!? 俺が国王になったらお前らの首をまとめて――」


「なんで幽閉されたのか、それさえも理解できないのかクソ兄貴」

 聞くだけで頭が痛くなったのか、アルセスは頭に手を当てながら兄に言った。


「ッ!? あに、き……? まさかお前、アルセスか!?」


 窓ガラス越しに顔を見せたアルセスが誰か、オスカルは一瞬分からなかった。

 アルセスはかつて病弱な肉体であったため、今まで辺境伯のもとへと(あず)けられていたのだから無理もない。


「敵である異相獣を国母にしかけたんだぞ。この国が(あや)うく、連中の手中に落ちるところだったんだぞ。相手の正体を見抜けないようなヤツを次期国王にするワケがないだろう」


「…………は? おまえはいったいなにをいっているんだ?」


 そしてアルセスは、改めて兄へと話をするのだが……その兄オスカルは、本当に話が分からないとでも言いたげに、キョトンとしていた。


「…………は?」


 キョトンとしたいのは明らかにアルセスの方だった。

 一方でランドルフは頭を抱え「まさかここまでとは」と小声で(つぶや)いていた。


「異相獣がなんだって? リサが? (なん)の冗談だそれは」


 最後のもまたアルセス達が言いたい台詞だった。

 だがそれにも(かか)わらず、オスカルは話し続ける。


「リサが異相獣なワケないだろう? まさかお前も俺やリサをハメようとしているのか!? そんなにお前はこの俺が!! 国王にならんとしているこの俺や王妃にならんとするリサが(うらや)ましいのか!? そりゃそうだよなぁ。お前は俺とは違って弱いもんな。お前にはないモノを俺はたくさん持ってるもんな。お前が(うらや)ましがるのも分かる。だがこのような卑劣な方法で俺を失脚させようだなんてそんなお前が国王になどなれ――」


「…………司令、これは?」

「部下から聞いてはいましたが」


 兄の言葉を無視し、確実に何かを知っていると、先ほどの小声からして明らかな上司へアルセスは訊ねると、ランドルフは深い溜め息をつきながら言った。


「一応戦闘中の映像を見せたりしたものの、その都度(つど)、都合の悪い記憶を改変しているみたいなんです。まさかここまでとは」


「まさか異相獣にオツムをやられたのか? 自分達の核心に(せま)りうる何かに繋がる手がかりを消すために」


「そうかもしれません。ですが、それでもやりようはあります」

 ランドルフは再び溜め息をつくと、オスカルへと告げた。


「そういえば元殿下、ロレント男爵の屋敷で開催されたパーティーに出席なさったそうですが」


「誰が元殿下だ!」


 兄弟そろって同じような反応だった。

 両者の反応する理由はそれぞれ違うのだが。


「確かに出席したが、それがどうした!?」


「そのロレント男爵の姿をこの頃、彼の職場で見かけないという証言があるのですが……お体は大丈夫か心配で」


 その瞬間、オスカルはランドルフを見ていてふと気づく。


 彼の口角がかすかに上がっている事に。

 その口から出た事柄が事実かどうかは分からないが、とにかくその事柄で、何かを狙っているのは間違いない事に。


「なに? ロレント男爵が…………いや、そんなまさか。パーティーの時は普通に立ち話もできるくらい元気だったぞ?」


「そうですか。では一時的な体調不良かもしれませんね。お手数おかけしました」

 そう言ってから、ランドルフはニコニコ笑顔で一歩引いた。


 もう聞きたい事は全部聞いたのだろう。

 ならばもうここに用はない……だがアルセスにはまだ言わなければいけない事があったため、再び兄に言った。


「そうそう。まだ勘違いしているようだから言っておくけど……もう俺は、昔の、お前に見下される俺じゃない。ガーランド辺境伯の所で、ただ平凡に過ごしていただけだと思ったか」


「ッ!? お、お前はいったい何を――」


「それから、俺はお前の代わりに王太子になる気はない。いやそれ以前に……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「――…………は? おい、それはいったいどういう事だ!?」


「さぁな。それは自分で考えろ」


 それだけ言うと、アルセスはランドルフに目配せをした。

 もう話す事は……いやそれ以前に、兄から引き出せる事はこれ以上ないだろうと判断したのだ。


「では、帰りましょうか殿下」

「だから殿下と呼ぶな」


 そして二人は、来た道を引き返した。

 背後でオスカルがまた何かギャーギャーと(わめ)いていたが、再びランドルフが指を動かし、消音魔術を発動した事で耳障りな声は聞こえなくなった。


「それで、司令……さっきの質問は?」


 それを()(はか)らい、アルセスは改めてランドルフに訊ねた。

 するとランドルフは、また(けわ)しい顔をしながら「ロレント男爵は、()()()()()()()()()方なんですよ」と告げた。


 アルセスは目を見開いた。

 病弱などの理由で、これまで貴族社会とほとんど関わっていなかったが(ゆえ)に、彼はそこまで細かい情報を知らなかったのだ。


「もしかすると、ロレント男爵もまた……異相獣になんらかの干渉をされた可能性がありますね」

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