『白雪プレスマン姫』
お妃様は祈りました。生まれてくる子が女の子なら、真っ白な肌で、真っ黒な髪で、真っ赤な唇で生まれてきますように。その姿はお妃様そのものでしたから、祈らなくてもそうなると思われました。果たして、そのとおりのお姫様が生まれて、肌が白プレスマンのように白かったことから、白プレスマン姫と名づけられそうになりましたが、あちこちから反対意見が出て、白雪姫と名づけられました。あいにくお妃様は、産後の肥立ちが悪く、亡くなってしまいました。
新しいお妃様も、真っ白な肌で、真っ黒な髪で、真っ赤な唇の、美しい方でした。知らない人が見たら、白雪姫と親子に見えたことでしょう。
新しいお妃様は、魔法の鏡を持っていました。詳しい仕組みはわかりませんが、質問に答えてくれるのです。
「鏡よ鏡、早稲田式速記で一番小さい省略は何?」
「困る」
みたいな感じです。
わかりにくい例をとってしまいました。
「鏡よ鏡、世界の中心にいる虫は何?」
「蚊」
みたいな感じです。
調子が出ないので、話を進めます。
新しいお妃様は、毎日のように、
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
「それはあなたでございます」
という会話を楽しんでいました。楽しいでしょうね。世界で一番巻き爪がひどいのは、なんかと比べたら、さぞ。
何年も何年も、この会話を楽しんでいた、新しいお妃様に、恐ろしい日がやってきました。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
「もう一度言ってください」
新しいお妃様、びっくりです。聞き返されました。
「…世界で一番美しいのは誰?」
「私は、エマ・ワトソンとか、好きです」
鏡の好みをカミングアウトされました。
「割るよ?」
「世界で一番美しいのは、あなた…の義理のお嬢さんの、白雪姫です。ごめんなさい」
鏡は、画面をオフにして、映像的に逃げました。新しいお妃様のかんに障ったのはどの部分でしょう。そうです、ごめんなさいの部分です。明らかな蛇足です。鏡にかわっておわびします。きのうまで、子供に分類されていた白雪姫を、鏡が無視できなくなってしまったのです。
さあ、新しいお妃様、怒りました。本来は鏡に向けられるべき怒りが、白雪姫に向きました。白雪姫殺害計画発動です。
次の日、お城の兵隊をお供に、白雪姫は、森に行くように、新しいお妃様から言われました。お城の兵隊は、何を話しかけても生返事です。こんな森の奥まで来てしまって、帰れるかしら、白雪姫がそう思って、前を歩く兵隊に話しかけると、兵隊はゆっくり振り向いて、白雪姫に向かって弓に矢をつがえました。一瞬、白雪姫の顔が恐怖に染まりましたが、すぐにもとに戻りました。なぜって、兵隊が、弓矢を下ろしたからです。
「姫、私は、お妃様から、あなたを殺すように命じられました。しかし、私には、そんなことはできません。人を殺すのは何とも思いません、兵士ですから。でも、あなたのような美人を手にかけることはできません。SDGsに反します」
「ありがとう。お城にはもう戻れないのね。お父様、さようなら。あなたはお城に戻れるの」
「御心配なく。鹿でも射殺して、その心臓を持って帰ります。姫のハートを射とめました、とか言って」
かなり嫌なジョークです。白雪姫も笑いませんでした。兵隊は、何度も振り返って、白雪姫に手を振りながら、お城に戻っていきました。突っ込みどころではあるのですが、寄り道すると長くなりますので、SDGsのことは、また今度にします。
「これからどうすればいいのかしら。お城には戻れないけれど、森の中で暮らしていく自信もないわ」
白雪姫が、森の中を、少し歩いてみますと、一軒の小屋がありました。テーブルにはお皿が並び、ナイフもフォークも整えられています。パンだけは用意されています。小屋には、鍵もかかっていませんでしたので、白雪姫は小屋に入って、お腹が空いていましたので、パンを食べました。おなかがいっぱいになったら眠くなりましたので、白雪姫は、ロッキングチェアーに座ってうとうとしてしまいました。
白雪姫が目を覚ますと、あっちこっちを縛られて、動けなくなっていました。まるでガリバー旅行記です。
「これ、わしらのパンを食べてしまったのは、そなたかな」
「ごめんなさい。お腹が空いていたの。何かお礼をさせてちょうだい」
小人たちは、白雪姫を縛っていた縄を解きました。そうして、めいめいが、白雪姫に手伝ってほしいことを考えましたが、大抵は、ここには書けないようなことでした。
白雪姫は、小人たちのために、家事を担当することになりました。それが無難です。しかし、白雪姫は、炊事も洗濯も掃除も、一回もやったことがありませんでしたので、小人たちが、やり方を教えてやらなければなりませんでした。実際には、小人たちがやっているのと変わりませんでしたが、白雪姫が美人なので、小人たちは、誰も文句をいませんでした。
小人たちは、全部で七人いました。六人だったら、プレスマンの色数と同じになるのですが、そういう脚色は捨てざるを得ません。それはさておき、七人の小人が食料の調達に出かける日は、白雪姫はひとりぼっちになるのでした。
それはさておき、新しいお妃様は、幸せ気分でいっぱいでした。白雪姫を亡き者にした上は、また、自分が、世界で一番美しい人に返り咲きです。聞いてみました。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
「えー、先日も申しましたが、あなた…ではなく、白雪姫です」
鏡はまた、画面をオフにしました。
新しいお妃様はびっくりしました。世界一と言われたいがために、義理の娘を殺してしまったことに対する後悔の気持ちも少しはあったのに、生きているらしいではないですか。仕方がありません。自分で殺害計画を実行することにしました。
もとが美人なので、老けメイクを施しまして、リンゴ売りのおばあさんに化けます。森へ分け入りまして、白雪姫のいる小屋に着きました。なぜ、新しいお妃様が、小屋の場所を知っているのかですか?鏡に聞いたら教えてくれました。
「お嬢さん、リンゴは要らないかい」
もちろん、毒入りリンゴです。
「多分、小人たちは、食べないと思うわ」
「お嬢さんは欲しくないかい」
「私は要らないわ。お金も持っていないし」
「お金は要らないよ。試食してごらん」
「じゃ、せっかくだから」
白雪姫は、その場に倒れました。新しいお妃様は、満足げな笑みを浮かべてお城へ戻りました。
驚いたのは小人たちです。白雪姫が食べたそうな果物やハチミツを収穫して戻ってみれば、その白雪姫が倒れているのです。本来なら、棺に入れて、土に埋めるところですが、小人たちにとっては、白雪姫は大き過ぎるので、ガラスの棺に入れて、そのまま、埋めないでおきました。ということは、大きさの問題ではなく、美人だったからですね。
で、どこぞの王子が通りかかって、白雪姫の遺体を欲しがって、どういうわけだか、小人も遺体をあげちゃって、運んでいるときにリンゴがのどから飛び出て、白雪姫は生き返って、王子と白雪姫は、幸せに暮らしたというのですが、本当でしょうか。
教訓:きょうも、新しいお妃様の鏡は、白雪姫の名を告げるのであった。