#4 授業と幽霊と令和の空気
1時間目 数学
チャイムと同時に教室に入ってきたのは、短い黒髪と細いシルバーフレームの眼鏡が真面目な印象を与える、男性教師だった。けっこう若く見える。
「よし、薩摩、号令」
先生が言う。田中は首を傾げた。薩摩なんて人いたっけ? そう思っていたら後ろの席で誰かが立つ気配があり、後ろの席にいる人は1人しかいないのだが、いやまさかな~……と思って振り返ったら、やっぱりポテトだった。
念のため、1度前を向いてから振り返り直した。やっぱりポテトが立っていた。
「え、ポテトさん、薩摩って苗字だったんですか⁉」
「え? 僕は薩摩ポテトだよ。知らなかった?」
「いやいや全然知りませんでしたよそんなこと!」
「一応『学生ポテトの高校生活 スレ』では言ったんだが」
「それ準備・会話掲示板ですよね⁉ 見ませんよ!」
「騒がしいな。早く号令をかけろー」
先生の言葉に田中は黙った。彼は長年の友(前作でもそうだが、今作でもそういう設定である)の苗字すら知らなかったことにショックを受けていたが、まあ田中にはそのまま落ち込んでてもらおう。
「りきーつ、おろしくよねがいしまーす、ちゃきせーく」
「よし、それでは授業を始める」
ポテトのやる気の無い、というか完全にふざけた挨拶に、何の反応もしない数学教師。ポテトはネタが空ぶったことに不満の表情である。
「俺は、数学を担当する、氷室彗という。1年間よろしく。それでは教科書の7ページを開いてー」
氷室先生は淡泊なのか冷静なのか、自己紹介はほとんどせずに授業を開始した。
ポテトは数学の教科書を開いた。しかしすぐに顔をしかめた。ページ数が、「2^2」「(x+5)/3=x-3」「x^2+2x-120=0(x>0)」とまあこんな感じなのである。
早乙女美音が挙手し、「先生、ページ数が見にくいです」と言うと、氷室先生は「ああ、これは中学校でやった範囲だから大丈夫だ」と、答えにならない答えを返す。
みんなは仕方なく「x=√49(x>0)」ページを開いた。
「今日からやるのは『数と式』の『整式の展開公式』だ。じゃあ九四六、何か展開公式を知ってるか」
「我に命令するとは、見上げた度胸ではないか。善いだろう。答えてやる。我が知らないことはない、あるとすれば無知を知る手段そのもの……」
「何か展開公式を知ってるか」
「『(a+b)(a-b)=a^2-b^2』! それだけではない、『(a+b)^5……」
「ありがとう。このような展開公式は……」
九四六土星の中二病すらスルーしてみせた。一体この氷室、何者なのであろうか。
「貴様、我に命令したばかりか、あまつさえ我の言の葉を遮るとは。万雷に貫かれる覚悟はできてい」
「展開公式は他にもあるから覚える必要がある」
「またしても遮ったな。我が腕に宿る闇の」
「今から受験の話をするのを、早すぎると思ってはいけない」
「……」
その後も九四六は氷室先生に果敢に挑戦し続けたが、その声が届くことはなかった。
× × ×
2時間目 国語
短いボブスタイルの黒髪に赤い眼鏡が似合う国語教師が入ってきた。
「それじゃ成瀬君、号令」
髪を櫛で整えていた成瀬和己はドヤ顔で立ち上がった。
「さあ、みんな、立つんだ……。頭を下げて、怖がらなくていい……。そう、上手だね……、よし、それじゃあ座ろうか!」
コイツもけっこう重症である。
「私は国語の日ノ丸桜です。和食が大好きで、あとは和服とか、とにかく日本っぽいものが好きです!」
可憐な雰囲気漂う日ノ丸先生は自己紹介を終えると、今日は現代文をやるよと言って、みんなに教科書を開かせた。
「数学の教科書みたいにカオスじゃないだろうな」と思っていたポテトだが、案の定ページ数は「壱、弐、参、肆、伍……」である。ただ、まあ数学よりはマシだった。
しかし、それだけではなかったのである……。みんな、すぐに国語の教科書に違和感を覚えたのだ。
ポテトは戦慄した。
「芥川龍之介の『羅生門』が……アブラハム・ルーノスケーの『ザ・ジョーロ』になっている……! なんだこの教科書!」
それだけではない。川端康成の「舞姫」は、ジャガバター安いなりの「My姫」になっているし、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」は、芋沢けんぴの「飴モモラエズ」に成り下がったし、夏目漱石の「坊っちゃん」に関しては、夏野素麺の「ボッチャーン」……。
前の席の田中は「ぶ、文豪を、ぶ、侮辱している、」と震えている。田中は激怒した、といったところか、それとも、田中は悲しんだ、か。とにかく田中は挙手し、「これは酷いですよ」と言った。
「ん?」
日ノ丸先生は笑顔で答えたが、目が全然笑っていなかった。
「タコス、ナポリタン、カレー君? なにか、あった?」
田中はヒィ……と言って座ってしまった。
そのまま「ザ・ジョーロ」(羅生門の下で男が、魔法のジョーロを使って花を咲かせ、王様に認められて鬼退治に出る話だった)を読み進めて2時間目は終わった。
× × ×
2時間目と3時間目の間
「やぁ、ポテト君、ちょっと勝負しないかい?」
「突然勝負をもちかけてくるやつなんて、ポケモ〇トレーナーしかいないと思ってたぞ」
ポテトに勝負をもちかけたのは、成瀬和己だった。黒い前髪を櫛で横に流し、細面にドヤ顔を浮かべている。ちなみに入学式の日に3人連続で女子に告白したことは有名で、女子からの印象は最悪だ。
「勝負とか、そういうのはちょっと……」
「なんだ? 僕からの決闘の申し込みに怯えているのかい?」
「決闘罪でお縄になっちゃうことの方になら、怯えているな」
成瀬は櫛で髪をかき上げ、人差し指をチッチッと振った。
「ルールは単純。じゃんけんで勝った方が勝ちだ!」
「10分の休み時間をそれで無駄にしたくないんだが」
「さあ、最初はグー! じゃんけんポン!」
ポテト✋ 成瀬
「……早く出せよ。堂々と後出ししてんじゃねーぞ」
成瀬は何故かムゥ……と悩んでいる。しばらく悩み、手を出した。
ポテト✋ 成瀬✊
「おいおいおいおい後出ししてるのに、ちゃんと負けてるじゃんか!」
「ん~待って待って、この勝負は3回戦なんだ」
「一番カッコ悪いからやめとけ!」
× × ×
3・4時間目 美術
1-E生徒が美術室に向かうと、既に先生は待機しており、黒板に書かれた座席表に従ってみんな着席した(まあ教室と同じ並びである)。
美術教師は、真っ黒な短髪と、太い白レームの眼鏡が特徴的な男性だった。細長い顔の顎にはヒゲがぶっきらぼうに生えている。顔以上にヒョロっとした体には染料で汚れた作業着を纏っていた。ビジュアルで言えば、今まで見た中で最も個性的な先生だ。
「やぁみんな! 俺は美術の、黒戸モネだッ‼」
「それ本名か?」ポテトは思ったが、まあ前の席には「タコス・ナポリタン・カレー」が座っているし、今更だと割り切り、言わないでおいた。
「今日は、道具とでかい画用紙を渡すから、班に分かれて、テキトーに色々描いてみよう! 上手とか下手とか関係なく、好きに描いてみよう!」
1班(相田・押屋・クェンダ・令丈)
相田が1を111個描く。ボーイッシュな女子の押屋真奈、お嬢様の令丈華廉は大量の1の間に可愛らしい絵を描いたが、ボブ・クェンダが筋肉を描いたためにアンバランスになった。面白い絵になったため、全員満足だった。
2班(田中・早乙女・ポテト・チエ)
田中、ポテト、チエが前からの知り合いなので、早乙女が孤立しないか心配されたが、チエが上手に架け橋になった。田中が中心に萌え絵を描き、それを早乙女とチエでさらに可愛くした。ポテトは中心の少女にリアルすぎる焼き芋を持たせ、非常にまとまりのある絵になった。全員楽しそうにしていた。
3班(九四六・雀野・徒梨)
池上が参加するはずだったが、死んでいるのでどうしようもない。おとなしい徒梨静が今は亡き池上の似顔絵を描く。そこに不思議ちゃんの雀野瑠花が棒人間の胴体を付け足し、九四六が翼や鎌や十字架などを描いて神々しくした。池上への追悼のため、作業は黙々と行われ、最後に絵は燃やされた。天国の池上に届け――。
4班(アーノルド・成瀬・妖神寺)
神社の巫女である妖神寺椿と一緒の班で成瀬は喜んだが、妖神寺は彼の自慢を一切無視し、アーノルドに構った。絵としては、アーノルドが才能を出し、繊細な風景画を描いた。妖神寺は、写真のように四方に額を描く。成瀬は右下にサインだけした。彼曰く、「キュートでプリティな女の子が描いた絵だけで十分なのさ」
授業終了間際、黒戸先生は、4つの絵を前にウンウンと頷いたのであった。
× × ×
昼休み
2時間目あたりから早くもお腹が空いていたポテトは、弁当が食べられるので上機嫌である。田中は机を回転させ、ポテトと向き合った。
「やっと弁当にありつける。ところで、何で蛇のぬいぐるみを肩に背負ってるんだ?」
「あれ……? 起きて眼鏡探している時に絡まったんですかね」
「よく今まで気付かなかったな」
田中が弁当箱をオープン!
「お~田中の好きなキュアイエローのキャラ弁か。お母さん大変だな」
「いや、流石に自分で作りましたよ。推しですからね」
「これだからオタクは恐ろしいぜ」
続いてポテトも弁当箱をオープン!
弁当箱の中に1枚の紙。「平成の空気」
「……」
「……」
「ふざけんな弁当作れなかったからって誤魔化しやがって、平成の空気、令和の空気と混ざっちまったじゃねえか、素直に作れなかったって言ってくれりゃコンビニ行くだの何だのしたのに……」
「まあまあポテトさん、弁当作るの大変なんですよ」
田中をじっと見つめるポテト。じーっ。
「いやキュアイエローちゃんは僕が食べるんです!」
「何気にめっちゃ変態発言だから気を付けろよ」
しかし誰から分けてもらおうか。「学生ポテトの高校生活」の割に他の生徒との交流が少ないポテトであるから、弁当を分けてと言える相手が思い当たらない。
相田一郎に当たってみたが、誰よりも早く食べたらしく、弁当箱は空っぽで、相田は気持ち悪そうにしていた。何もそこまでするこたないだろうに。
まだ全然出てないキャラと絡むのも考えものなので、妥協して九四六土星(くしろ さたん)に当たることにした。名前がキラキラすぎていつまで経っても(くしろ さたん)を外してもらえないやつだ。
九四六は1人で座り、フタの閉じた弁当箱を前に神妙な面持ちだった。謎。
「九四六、弁当分けてくれないか……って、食べないのか?」
「我は悪魔の子であるが故に食事を必要としない。弁当など幾らでも持っていくが良い」
「そんならありがたくいただこう」
弁当箱開けると「明治の空気」
「こりゃまたずいぶん昔だな」
× × ×
まだ昼休み
「アーカリウスちゃん女子だったんだね」
押屋真奈、チエ、早乙女美音はアーカリウス・アーノルドと昼食を取っていた。
「あの、ちょっと聞きたいことがあるのですが」
「そんなにかしこまらなくてもいーよー。何?」
「何で左前の席は空席なのですか?」
……その席は池上零児の席である。
「あ、あの席の子は初日に……」
「ちょ、その話はやめようぜ、弁当が不味くなる……」
「ごめんね変な話聞かせちゃって! あの席は何でもないよ!」
「そうなんですか。失礼しました」
ポテトはその様子を見ながらニヤニヤしていた。ちなみにポテトは田中からキャラ弁を強奪して腹を満たしていた。
× × ×
6時間目 化学
1-E生徒が化学実験室に向かうと、既に先生は待機しており、黒板に書かれた座席表に従ってみんな着席した(まあ教室と同じ並びである)。
化学教師は、真っ白な短髪と、細いフレームの眼鏡が特徴的な男性だった。細長い顔の顎にはヒゲがぶっきらぼうに生えている。顔以上にヒョロっとした体には実験で黒ずんだ白衣を纏っていた。ビジュアルで言えば、今まで見た中で最も個性的な先生だ。
「っておい待て、黒戸先生だろ!」
ポテトは突っ込んだ。
「やぁみんな! 俺は化学の、亜印主多因だッ‼」
「いや文章からセリフから何から何まで黒戸先生だろ!」
「く、黒戸先生……? ああ、美術の先生か! 黒戸先生とは仲が良いよ……?」
「あくまでもしらばっくれるつもりか……。てかこの学校、人材が不足しているんじゃないのか……?」
「コホン、今日は実験器具の取り扱いについて学ぶぞ! まずはマッチを点けることができるか、みんな試してみよう」
田中はさっさとマッチを擦って点火した。「お、君は良い感じだね~」
相田は「マッチの形は『1』に似ているうううぅぅぅ‼」自然発火!「君はマッチの箱も使ってくれ!」
九四六は「異能力……【翼(アンダーネザーハデスダークネスアビスエビルドラゴンファイナルウィング)】!」背中からコウモリかドラゴンのような翼を出現させ、その鉤爪からレーザーを射出し、マッチ、実験机、床を焼き抜いた。「君は入る学校を間違えたね!」
「九四六、お前、異能のフリガナが迷子迷子してるぞ」
「ふん。これで終わりだと思うなよ」
言うが早いか、マッチを点火する。普通に点けられるんなら最初からそうすれば良いのに。さて彼はさらにマッチを擦り続け、13本のマッチに火を点けて実験机の上に円を描くように並べた。
「何する気だよ」
「悪魔召喚だ」
亜印主先生は困惑し「待って待って化学実験室で悪魔を召喚するのはちょっとやめてくれないかな……?」
九四六は無視し、どこから取り出したのか赤いチョークでマッチの間に素早く魔法陣を描き、呪文詠唱を始めた。
「サン・テンイ・チヨン・イチ・ゴキュー・ニロク・ゴサンゴ・ハチ……」
「それ円周率じゃね?」
ポテトの呟きをかき消すように九四六は「さあ今こそ降臨する刻だ……九四六土星の名の下に、出でよ大悪魔ファニーボーン!」
田中が真顔で「ファニーボーンって、ヒジの、ぶつけるとジーンってなる場所ですね」と解説を加える。
魔法陣が赤い光を放つ! 化学実験室を風が走り、雷のような爆音が轟いた。生徒も亜印主先生も悲鳴を上げ、怯えて魔法陣を見た。魔法陣にかかった煙幕が晴れる……。
「え……」
魔法陣の上に立っていたのは池上零児だった。
「池上! 生き返ったのか!」
相田一郎やボブ・クェンダが感動して彼に飛びついた。飛びついて、そのまますり抜けた。
「?」
九四六は舌打ちをし、「俺としたことが呪文を間違えてしまった。悪魔を召喚せずに、死んだ池上を幽霊として呼び戻してしまったのだ……」と言う。
「それってつまり池上、蘇ってねーじゃんかよ」
「でも僕、みんなとまた会えて嬉しい! 元気出ちゃったよ」
「幽霊が元気出るってどういうこと?」
「あ、池上君、壁とかスーッて通れるの?」
「やってみるね……あ、できる」
「「「お~」」」
池上が帰って、いや還ってきて大騒ぎだったが、その陰で一部の女子が集まり何事か話しているのであった……。
× × ×
「>36で6時間目なんてトチ狂ったこと書いてあるけど、それは5時間目で、今が本当の6時間目だ。体育だ」
ポテトのありがたい解説である。
さて皆はゾロゾロ更衣室に移動した。本校の更衣室は、2つ並んだドアの左が男子、右が女子である。あるのだが……。
「何だコレ」
妖神寺椿や早乙女美音など女子が集まっていた。そして女子更衣室の扉にビッシリお札が貼ってある。田中はしばらく口をパクパクさせてから
「これはお札ですか?」
「これはお札です」
「なぜお札が貼っていますか?」
「理由は池上君です」
英語の直訳的会話を交わした。指名された池上零児は困惑している。それを読み取った妖神寺椿は解説する。
「さっき池上君、壁をすり抜けたでしょ? 池上君が女子更衣室に入るとも思えないけど、一応対策しておこうと思って」
「椿ちゃん、神社の巫女さんやってるから術式みたいなのできるんだって」
「今、女子更衣室誰もいないから、入れないか試してみてくれない?」
何だか可哀想な池上は素直に女子更衣室のドアに歩いていった。池上の体がドアに触れた瞬間、お札の文字が浮かび上がって光り、池上はふっ飛ばされ、反対側の壁にぶつかり、いやすり抜けていった。
× × ×
本校舎隣の体育館棟まで移動し、体育館に入ると先生が待っていた。赤いビブスと筋骨隆々な肉体が印象的すぎる。真っ黒に日焼けした顔に白い歯の輝きを浮かべ、「俺は虎井アスロンという。1年間よろしくな」
その短い挨拶の中で何度もポーズを変えて自慢の筋肉を見せてくるのには閉口したが、悪い先生では無さそうだった。
「今日からバスケをやっていくけど、ドリブルのやり方は知っているかな?」
田中が機械で床に穴を開けた。「それはドリル」
成瀬和己は車でちょっと山まで。「それはドライブ」
相田一郎が果物の王様を掲げた。「それはドリアン」
ボブ・クェンダはドリアンを握り潰してジュースにした。「それはドリンク」
早乙女美音は今朝、怖い夢を見たそうで。「それはドリーム」
その夢は『最悪』な夢だったそうで。「それはテリブル」
令丈華廉は有名大学を目指しています。「それは努力」
ポテトはよく台本を無視します。「それはアドリブ」
チエが歌うよ「何度でも♪ 何度でも♪」「それはドリカム」
「東急……?」「リバブル」
「ちょっと待て、君たちドリブルする気無いでしょう?」
ギーンゴーンガーンゴーン♪
キャラクターが多く、管理しきれていない感がありますね。学園ものを書いているプロの方は本当にすごいと思います。