#3 ライバルと中二病と転校生
翌日。まだ朝早く、太陽もまだ地平線の少し上で休んでいるようだった。煌々高校にも生徒はまだ1人もいない。早く来た教師が数人、といったところであった。
ある教室のベランダで、鈍い銀色の手すりに手を置いて校庭を眺める男性教師がいた。
背の高さは高校1年生の平均身長くらいで、大人にしてはやや低め。紺色のベストから覗く腕が白く細い。柔らかい髪の色は、紫がかった黒。その下の顔は、一見すると校庭を無邪気に眺める少女のようだが、髪と同じ色の目を見ると、そこに宿る冷たさに気が付く。童顔に老獪な知識が憑いているような、そんな印象だ。よくよく見れば小さい鼻も小さい口も、鋭い線を描いているのだった。
ベランダの床の隅の濁った水が、風で、揺れた。
「やあ、エース・レッド先生」
ナゲットは振り返ることなく言った。
後ろに背の高い教師が立っていた。赤みがかった黒の硬質な髪の真下に、青い――冷たい色ながら、熱い――炎を宿した瞳があり、鼻がまっすぐに真一文字の口まで貫いている。そして顔を見たときに目を引くのは、右目の黒い眼帯だった。整った顔の、そこだけがアンバランス。そして手にはサーベルを握っていた。
サーベルの白い刃は手すりに寄りかかった教師の首にピタリと当てられていた。同時に、背の高い教師の首にも、宙に浮く、鈍い銀色の鉤爪のようなものが据えられている。両者の異能力だ。
「やめてよエース。僕は君の首が切れるシーンなんて見たくないよ」
「そうか。俺はお前が叫ぶ場面を1回は見てみたい」
「あ~。ほら、叫んだよ。満足?」
エース・レッドは目を細め、サーベルの異能を消滅させた。同時に鉤爪も消える。
「ナゲット・シリウス。俺はお前が嫌いで自ら転勤したんだ。なぜついてくる。ストーカーか?」
エース・レッドの低い声と同時に風が吹き、ナゲットの柔らかな髪を揺らした。
「別に僕だって好き好んで君をストークしやしないよ。偶然を嘆いているのは僕も同じだって」
風のせいか、床の隅の濁った水がまた揺れた。
「法律によればこういう時は相手を斬り刻んで良いんだよな」
「どうぞ斬ってごらんよ。君は晴れてテレビに出られるよ?」
「この学校でお前が何かやったら、俺が、つまみ出してやる」
「怖いなぁ。もう生徒が来る時間だ。仕事に戻ったらどう?」
エース・レッドはしばらくナゲット・シリウスを睨んでいたが、やがて教室の中に戻り、廊下へ出て行った。
「あーあ。エースはいるし、しかもポテトもいるし……」
ナゲット・シリウスは爪を噛んだ。
「最悪だ」
× × ×
「なんで・お前が・ここに・いる」
ポテトは自分と同じくらいの身長の相手にかみつくように言った。
ポテトは昨日の遅刻を反省し、早めに家を出たのだ。その途中で同じE組の相田一郎と会い、「ああ同じクラスの」的挨拶をし、雑談をしながら登校した。ヤクザには会わず、天気も良く、これは幸先が良いなどとポテトは考えていた。そして……。
ポテトは激怒した。必ず、かの前作でさんざん酷い目に合わせてくれたナゲットを除かねばならぬと決意した。あとコイツを紹介しなければならぬと思った。
「僕の目の前に立っているコイツはナゲット。最低最悪の男だ。前作を読んだ人なら、そのクソっぷりは知っていると思う。前作を読んでない人でも、これからコイツのクソっぷりを知ることになる。とにかく嫌なやつで、×××で×××で、本当に×××……」
紹介というより、ほぼ悪口だ。
ポテトの罵詈雑言、誹謗中傷を滝のように浴びても動じず、笑ってさえいるナゲットは、ペラペラ喋り続けるポテトの横で呆気に取られている相田に「おはよう」と声をかける。
「おはようござ……えっと……知り合いなんですか?」
「うん。生死を分けて戦い合った、最高の友達だよ」
「そうなんですか。へ~……そうは見えない……」
「ポテトはツンデレだから素直になれないんだ」
「誰がツンデレだと……? ふざけるなっ!」
彼にしては珍しくポテトは感情を昂らせ、異能を発動した。金色の光がナゲットに向かって伸びるが、空中に銀色が炸裂し、阻まれた。
「先生に対して失礼だな~。しかもさっきからナゲットって呼び捨てだけど、シリウス先生って言わなきゃダメだよ?」
「シリウスなんて、前作でも呼ばれてないだろ……」
2人は始業寸前までギャンギャンやっていた。
「どうも、いつでも1番、相田です。朝からポテトとシリウス先生がドガバキしちゃって、いやー、困るな! 俺より個性が強い奴らがいるE組だけど、1番目指して頑張るぜ! さて、次回のお話は」
蘇った池上零児
カオスな授業
転入生現る
「の3本です。次回も見てくれよな! じゃんけん、ポン! ✊ また会おうぜ!」
× × ×
「うーん……うーん……はッ‼ 悪い夢を見た……>20」
田中は全身黄色のパジャマを汗だくにして起きた。枕元の眼鏡を手探りし、「あった」つかむとそれは蛇のぬいぐるみだった。
「あれ? ここのへんに置いたんだけど……」
布団の中をゴソゴソしまくり、ようやく眼鏡をかけることに成功。パッパカ着替えて部屋を出た。
朝ご飯を食べ、田中は家を出た。学校には8時より前には着くだろう。余裕のスケジュールである。青空の下、住宅地の道を、アスファルトを蹴って歩いた。
「お、同じクラスの」
学校がまだ見えない辺りで田中に声がかかった。田中の横に並んだのは、黒人の生徒だ。背が高く、体も引き締まっている。短い黒髪の下で、健康的な白い歯を見せる彼は、田中としてはなかなか好印象だった。
「えっと、名前は何でしたっけ……?」
「僕はボブ・クェンダ」
自然な日本語に感心する田中を見て笑い、「僕は日本で生まれたから、日本語がペラペラなんだ」と言った。そして田中を指差し、
「君は確か……え~」
「あ、僕は、タンドリー・ナン・カレーですけど、略して田中で良いです」
……。
「田中はインド人なのか?」
「いえ全く」
「タンドリーチキンもナンもカレーも」
「はい、インド料理です」
「なぜ……?」
「両親が、イタリアンが好きなんです」
「理由になってないような」
「ええはい」
謎めいた会話をしながら、しかし気が合ったようで、楽しく歩く2人。しかし! なんと! 工事現場に差し掛かったところで! 驚いたことに、偶然にも、鉄鋼が落ちて来たのである~! シュルルル!
「うわ~」
絶体絶命の大ピ~ンチ! 田中は死を覚悟した! 2人を鉄鋼の影が覆った……。
田中は恐る恐る目を開けた。
「ボブ……?」
ボブの全身から蒸気があがっている。なんとボブは涼しい顔で鉄鋼を持ち上げていた。片手で。
「……???」
状況理解が追い付かない田中。そこにボブの声。
「――【スーパーパワー】」
つまりこれはボブの異能力である。その内容は単純な超怪力! そして作者である私は、ボブの異能力を見せるためだけに鉄鋼を落としたのであるウハハハ!
× × ×
「ここを通す訳には行かないぞ、愚民ども……」
「なんだ?」
田中とボブの行く手を、急に現れた何者かが塞いだ。煌々高校の制服こそ着ているのだが……。
右脚のズボンには1本の紙がグルグル巻かれ、何やら古代文字的なアレが書いてある。右手には包帯が、やはりグルグル巻き。包帯の上には金や銀などのバンド。左腕の袖はなぜかまくられ、腕に黒い感じが大量に書き込まれており、こちらを制止する左手には、三角形の中に目玉がある模様がある。ベルトには何本かのサヤが提げてあり、首からは赤い宝石がついたネックレスで、それだけでなく鎖もついて……。
文章が多くて改行してしまった。髪は黒……と、半分白。鋭い眉の下の鋭い目は、右目は黒で左目は赤。しかも赤い目の周りには丁寧に赤い魔法陣が描いてある。あと額にある閉じられた目のイラストも気になる。耳には青のイヤリングなどしており、頬には傷跡的なヤツが刻まれており、う~ん……。
「わ~痛い痛い痛い痛い‼」
田中は叫ばざるを得なかった。明らかに伝説のチューニビョーだ。間違いない。しかもコイツ、同じクラスだ……!
「痛い? 痛みなどで私を止められると思うなよ。我が名は九四六土星‼ 俺の異能力の前にあらゆる矛も、あらゆる鎧も塵芥に過ぎない! 小生の闇の力は何者にも止められず、何者にも操れない……。貴様らも、余の紅蓮の心火の餌食となり、吾輩の暗黒の一部となるがいい‼」
「わぁ……一人称が定まらない……」
「あっ……、ふん、一人称などに惑わされるとは愚かな。死を畏れよ、弑しを畏れよ……僕は九四六……」
「あーダメですお客様パクリなどなさっては! あーっ、お客様―!」
× × ×
「チエちゃんはシンガー? 私はクルンパだなぁ……」
「え? あれは専用の芯が高いじゃん」
竹垣ちえみは前の席の早乙女美音とシャーペンについて話していた。8時少し後、他の生徒もチラホラ見える教室のことである。
「専用の芯じゃなくてもそんなに問題ないよ~」
可愛らしく笑う美音を見ながら、チエは足を組んだ。ちなみにこの学校では制服は選択制であり、女子でもズボンをはいている子が少なくない。チエもその1人だ。
「それでも私はシンガーだなぁ……だって芯ってのはさ」
チエが展開しようとした持論は、しかし突然のバコーン的な音によって遮られてしまった。振り返ると、田中と……ボブ? だっけ? その2人が教室に飛び込んできたようだった。続いて、あの……痛い人が入ってくる。
「敵に背中を向けるなど、戦場では最も忌むべき行為だぞ。立て。鬼ごっこは終わりだ」
「ちょっと待ってくらさいよ……!」
田中とボブは床に座って泣きそうだし、痛い人はトコトン痛いし、それだけで教室中が唖然としている。さらにそこに、「お届け物だよっ」という声のあと、ポテトが放り込まれ、痛い人にぶつかった。
「おいナゲット! 待ちやがれ!」
ポテトは珍しく手を振り上げて怒っているし、痛い人は「私に攻撃を加えるとはやるではないか。だが時の魔導士である私に」とか言ってるし……。
「えーと……」
美音の声で我に返り、慌てて前を向いた。愛想笑いを浮かべる美音の肩をつかみ、「無視! 無視!」と言いつつ前を向かせた。
煌々高校での生活は、波乱に満ちていそうだな……チエは深くため息をついた。
× × ×
ポテトは丹任先生が教室に入ってきたのを何となく見ていた。「お腹空いたな~」と考えていたのであるが。
「今日はみんなにお知らせがある」
丹任先生はクラスに向かって呼びかけたが、ガヤガヤしていて、効果はいまひとつのようだ。しかし先生は構わず続ける。
「え~転校生が来た」
沈黙。
「……いやいやいや! まだ2日目だぞ⁉ 1-Eの生徒も全員出てないのに⁉」
珍しくポテトがツッコミを入れた。他の生徒もざわめいている。先生は全く意に介することなく「入ってきて~」と右側へ呼びかけた。
ドアが控えめな速度で開く。教室が再び沈黙で包まれた。
入ってきたのは……灰色のフードを被った生徒だった。胸の辺りまで灰色の布で覆われていて、下の制服とミスマッチだ。フードのせいで顔は見えず、性別すら判断できない。身長からも推測できなかった。
先生に挨拶を促されたその子はボソボソと
「僕はアーカリウス・アーノルドです。よろしくお願いします」
と言った。声も、高くもなく低くもなくといった具合で……。
こんな個性の強い人が次々と出てきては僕のキャラが薄れてしまうなぁとポテトは考えていた。まあ、だからといって初対面の相手に「何だお前は」なんて言うヤツはいない。ポテトは静観することにした。
「何だお前は!」
静観していたポテトは呆れた。初対面の相手にそんなこと言う非常識は誰かと思えば、あの相田一郎である。相田の叫びを受けた本人は、「アーノルドです。よろしくお願いします」と律儀に繰り返した。
相田は今度は先生に向かって「アーノルドの出席番号はどうなるんですか!」と叫ぶ。先生は「あ~。あー、アーノルドだから、平仮名であ、あ、の、る、ど……え~」などと呟き、
「1番だな」
と言った。
ポン! ポンポンポン!
その言葉を聞いた瞬間、爆発してしまいました相田一郎! 出席番号1番争奪戦に敗れてしまった彼は、意気消沈して机に突っ伏した。
かくしてアーカリウス・アーノルドを加え、1-Eの高校生活が幕を開けるのである、的なナレーションを今まで何回したことであろうか……。
田中の本名はタイタニック・ナーザンライツ・カタストロフィだったはずなのに……妙だな……。