#11 閉鎖と花火と色づく世界
「へ?」
「い?」
「さ?」
ポテト、田中、チエが連続して言う。
「……って、何さらっと復活してるんですか。どんだけ時間空けて戻ってくるんですか」
「いやすごいな、今見たけど『勇者ポテト』が2019/04/05に完結、『学生ポテト』は2019/12/21に完結してるんだわ。もう1年以上経つんだなあ」
「さらっと嘘つくの良くないと思うよ。『学生ポテト』は完結じゃなくて打ち切りだよ、打ち切り」
っていうかそもそも、とチエは続ける。
「何で放逐された身でありながら閉鎖のこと知ってるの?」
「放逐された後もたまにふらっと様子見に来てたんだ」
「うわぁ彼女と別れた後もずっと執着するタイプだ」
「いや僕は恋愛においてはサッパリして……」
「話が逸れてますよ、そもそもこのニュース本当なんですか、デマじゃないんですか?」
田中のスマホのネットニュースに「衝撃!キャスフィ閉鎖」と書かれている。
「こんなニュース棚からぼたもちだけどな、運営様の言うことだから間違いないな」
「それを言うなら寝耳に水でしょう」
「仕方ないよね。授業無料って言うしね」
「諸行無常ですか、もはや掠ってもいませんよ」
ポテトはぐーっと伸びをする。
「よし、『学生ポテト』完結させよう」
「あっこの人酔ってますね」
「設定思い出せ、未成年だぞ僕ら」
「設定思い出してください、僕たち戦闘の真っ最中なんですよ、そこで打ち切られたんですよ」
それがどうしたと言いたげなポテト、呆れる田中に代わってチエが言う。
「それは別サイトに移動するってこと?」
「いやいやまさか。ここで完結させる」
「あと十日そこらで? できないよ」
「できないじゃない、やるんだ」
謎のやる気を出している主人公である。
「何でそこまでするんですか」
「前々から未完結なのは気になってたんだ。閉鎖がいい機会だから、ケジメつけようと思って」
「質問変えますね、何でそこまでキャスフィにこだわるんですか」
少し間が空いた。ポテトは窓の外を見ながら呟く。
「なんだかんだ、ぬるま湯みたいなココが好きだったんだな、僕は……」
「あんな目に逢っておきながらよく言えますね!? 熱湯風呂どころか釜茹ででしたよ!?」
「今はいい勉強だったと思ってる」
「懲りない!」
悲鳴を上げる田中に構わず、冷たい目のチエにも構わず、学生ポテトは高らかに宣言した。
「何が何でも、この学生生活の終わりを見せてやる。キャスフィの終わりと共にな!」
× × ×
同時刻・1-E前廊下
ワール・ダークネスはアーカリウス・アーノルドを指さした。
「今すぐ、生徒を捕らえろ」
しばしの沈黙があった。やがて押屋真奈が「何言ってんだオッサン」と言う。
「急に変なこと言い出したな」
「え〜? 元々変だったよ?」
「それは相手に失礼ですわよ」
「敵に失礼も何もあるもんか」
ワイワイガヤガヤ。その中でアーカリウスは黙っている。やがて廊下は静まった。遠く戦いの音が聞こえる。
「教えてやろう。そこにいるアーカリウス・アーノルドは『ダーク』の一員なのだよ。この学校に送り込んだスパイだ」
皆がいっせいにアーカリウスを見る。彼女はうつむき、フードの下の表情は見えない。
「さあ、捕らえなさい」
ワールが言う。
「アーちゃん、嘘だよね?」
雀野が言う。
「当たり前だろ、だってアーちゃんは」
相田が言いかけた、その時。
「ごめんね、みんな」
バチッ
アーカリウスの体から、紫電がほとばしった。
× × ×
ラフレシアの破壊に失敗したナゲットをツタが貫く。鮮血が校庭の砂を濡らした。それでも尚、竜武を行使しようとするが、時既に遅し、次々とツタが伸びて竜武にからみつき動きを封じる。
「貴様の武器は7つ、これで全てだ。残念だったな、ナゲッ……」
「悪いけどこっちの時間が無くなった。ショーはおしまい」
じゅるり。嫌な音がする。セフェルの顔から血の気が引いた。
「あんなに目立つ物が弱点だなんてゲームの話だよ。だから逆に、一番地味な色のやつが弱点」
ウツボカズラが内側から引き裂かれ、その内容物を吐き出していた。急速に植物が枯れ始め、セフェルは膝をつく。解放されたナゲットは手傷を負っているにも関わらず爽やかに伸びをしてみせた。
「馬鹿な。竜武は全て封じたはず。なぜウツボカズラの中にある」
「7つじゃない、8つなんだ。最初に連撃しただろう? 次々に弾を補填しているから正確な数を把握されない、そのときにウツボカズラに奥の手として隠しておいた……まさかそのまま弱点だとは思わなかったけどね」
さて、とナゲットは手を伸ばし、セフェルのスーツのポケットからそっとバラを抜く。
「おやすみ。バラの園でゆっくりお眠り」
「やめ」
竜武に後頭部を殴られてセフェルは呆気なく気絶した。
「弑すと思った? やだなあ、お花を汚すなんてかわいそうじゃないか」
くつくつ笑いながら、そっと、花びらを一枚ずつ千切っていく。綺麗に散らせてあげるならこれでもいいでしょ?
「終わる。終わらない。終わる。終わらない。この小説はちゃんと完結するのかな? とりあえず僕の戦いは終わらせたんだから、エースにも頑張ってもらわないと、ね」
× × ×
『もしもしエース? 元気してる?』
アイツの声が聞こえた瞬間に通信を切ろうと試みた。
『待ってよ切らないで!?』
「時間も余裕も無いんだ、半分は作者のせいだが」
ブーメランが飛んできたので斬り落とす。搦め手を効果的に交えるとは、油断ならない。
『作者の気まぐれに振り回されてるのは僕も同じだよ。ねぇ校庭来て』
「なぜ」
『植物の異能者を無力化した』
一瞬の動揺に刃が迫った。跳躍して避け、階段の上へと行く。地の利を得たものの、これ以上は退けない。
『囲いは緩んだけど、雑魚がゴロゴロいる。あんまり多いからさ、合流してよ。ゆっくりでいいか……』
通信機を外し、乱暴に放り投げた。警戒したゴルフェンが下がる。
不快だ。彼が先に功績を立てたから苛立つのではない。彼が俺を苛立たせようとしてくること自体が、不快だ。
「どうした先生。お仲間さんに何を言われた?」
うるさい。
「【キャプテン・エース・レッド】」
サーベルの刀身が赤熱する。爆ぜる音と共に、その輝きは徐々に強くなり、金色にまで昇華する。
「かっはは! 戦いはそうでなくっちゃなぁ! 【鬼牙】」
ゴルフェンが腕に力を籠めると長方形の刃が変形し、幾つもの切っ先が現れる。それらは体積を無視して伸び、複雑に曲がりくねりながら、対象を細切れにしようと唸る。凄まじい速度で迫る攻撃を、しかしエースは片方の刃で次々跳ね返す。もう片方をまっすぐ敵に向けながら。
「此岸は黄昏、彼岸は暁」
ふつ、ふつ。空間そのものが熱を帯びる。暗く、明るく、点滅しながら、獲物が罠に気付いたときにはもう遅い。
「眠れば失せし、醒めれども瞬かず」
相まみえる二人は階段の上下に立っていたはずだった。そしてその位置は刹那に入れ替わっていた。
「宵闇に鎖す」
ゴルフェンが倒れ臥す間に、エースは2本のサーベルを納刀し歩き出す。一度喀血したが、強引に口元を拭った。通信機を拾う。
「おい」
『僕を無視したね』
「今から行く」
× × ×
「分かった。『ダーク』に戻る」
アーカリウス・アーノルドは声を僅かに震わせながら応えた。ワールの方へ進み出る。
「アーちゃん!」
早乙女が叫び、他の者も次々にその名を呼ぶが、彼女の足は止まらない。ワールは不気味に微笑んだ。
「それでいいんだアーノルド。君は私たちと共に生きるのが定め……」
バチィッ
紫電。流石のワールも狼狽える、仲間に通電するというのになぜ? しかし、
「勢いが無ければ糸は切れないとあなたは言った。それなら」
眩い光が目指すのはワールではなく、壁にあるシャッターのスイッチだ。
轟音、アーカリウスの背後にシャッターが下りる。糸は呆気なく切れた。ワールは苦々しい表情で低い声を出す。
「貴様……こちらに近付いたのは位置取りを調整するためか」
「何も無い私に価値を見出してくれたことには感謝してる。例え利用するためだとしても。でもみんなは、私が生きる価値を教えてくれた」
「そこにいる能天気な奴らといるのが楽しいとでも?」
「楽しいよ!」
声が廊下にこだまする。
「能天気で、間が抜けてて、くだらないことばっかり考えてる。そんなみんなと一緒にいるのが、楽しくなっちゃったの! 白黒だった世界に、色がついた気がしたの!」
「今はそうかもしれないが、彼らはいつか必ず君から離れるぞ」
「……それでいい。そのいつかは来ないから」
アーカリウスの体に電流がまとわりつく。明らかに過剰な電量。紫を越えて白くなった光が、鞭のように彼女を打つ。蛍光灯が明滅する下、途切れ途切れに、言葉を吐き出す。
「これほどの、ちからを、にがすには、あなたの、いとじゃ、たりない」
「やめろ」
初めて冷や汗を流したワールに構わず、アーカリウスは自らの小さな体に圧縮された超電力を放った。
放とうとした。
「馬鹿やってんじゃねー」
電流が消え失せた。金色の鎖によって電気が逃げたのだ。
「ポテト……? それに田中」
どこからか2人が現れていた。
「貴様らどこから……いやどうやってあの拘束を?」
「僕の異能は影の中を移動する能力。シャッターが下りてあなたの視界を脱した瞬間に潜行し、拘束に隙間を作りました。僕じゃなくてもどうにかなったとは思いますがね。そしてポテトさんを連れてシャッターの下をくぐってきまし……」
ドヤ顔しようとした瞬間、ワールの配下が湧いて出てきて、田中はたまらず影に隠れた。
「【チェーンストア】」
ポテトが振り回す鎖は、意志をもった動物のようにうねりくねり、敵を打ちのめす。
「アーカリウスの言う通り、いつかは来ない。僕たちは君から離れないからだ」
「え」
「それに、その眩い輝きをここで終わらせるのは勿体ないだろ」
「でも」
ガコンッ!
ボブが【スーパーパワー】でシャッターを強引に持ち上げた。
「とにかく今はこいつをぶちのめす!」
「うおおおぉぉぉ」
「八つ裂きじゃあああぁぁぁ」
2-Eのおっかない生徒がなだれ込んできて、次々と敵を殴り倒し蹴散らし、殲滅していく。それを見たワールは糸を操り……。
「あ」
アーカリウスを拘束、引き寄せ、さらに糸を使ってターザンのごとく逃げた。
「逃げるな卑怯者! 逃げるなあああぁぁぁ!」
「僕と異能丸かぶりのくせに」
言うが早いか、ポテトは鎖を伸ばしワールの背中を追う。アーカリウスは完全に動きを封じられている様子だ。異能を使っても糸で逃がされてしまうだろう。
ポテトは叫んだ。
「なぜアーカリウスを連れて行く!」
「この子は優秀だ、本人が望むと望まざるに関わらずね。心が揺れているようだから、アジトで考え直してもらう」
「悪人め」
「悪人で結構だ善人め!」
「じゃあ……不審者!」
「それはちょっと傷付くな!? だが、そういうお前もシケた面してやがるな!」
「煽り方下手くそか!」
「そっくりそのまま返してやるよ低級アオラー!」
「アオラーって何だよ聞いたことないぞ」
「やーい低級!」
その言葉と共にブーメランが飛んできて、ポテトは避けざるを得なかった。どうもこの組織のメンバーはブーメランが好きなようだ。
「小賢しい道具を使いやがって。おい田中、いつまで影に隠れてるんだ早く追うぞ」
× × ×
「キリが無いな」
サーベルを振るい、『ダーク』の連中を斬り散らしていく。しかし次から次へと湧いて出てくるのはいただけない。しかも頻繁にブーメランが飛んでくる。もう『ブーメラン』に改名した方がいいんじゃないか。
「あいつだ」
隣で敵を屠っていたナゲットが、急に言葉を発した。
「何が」
「今校舎から出てきたあいつが『ダーク』のボスだよ」
見ると、なるほど校舎から黒スーツの男が出てきた。すぐに攻撃しようと思ったが、卑劣にも女子生徒を拘束して人質としながら走っている。続いてポテトを筆頭に2-Eの生徒がわらわら出てきた。
「待てえええぇぇぇ」
「悪い子はいねがあああぁぁぁ」
傍から見るとどっちが悪人か分からない。その物騒な光景を眺めながら、エースは慎重に考える。
「逃げ道は無いのにどうする気だ」
「一つ、人質がいるから大胆になっている。もう一つは」
ナゲットは周りを一掃しながら、竜武で遥か上空を示す。
「あれは……ヘリだと」
黒いヘリ、しかも軍用か何かと思われる大きい物が、プロペラで空を掻いていた。
ワールが糸を発射、ヘリに絡ませ、それを巻き戻して上っていく。どこかの文学小説なら糸が切れるところだが、そう都合よくいくはずもない。
脳内に様々な可能性が浮かぶ。最善の道を探る。
エースは駆け出した。
× × ×
逃げるワールは校舎を出た。
「残念だな。私の勝ちだ」
ハッとする。ワールが糸を出し、上空のヘリに繫いで上っていく。
「九四六はいないのか、アイツなら翼で追えるだろ」
「さっき糸で縛られたときに貧血で気絶したよ」
「虚弱体質すぎない!?」
仕方ない、自分でやるしかない。
「【チェーンスト……」
突如校庭の砂が巻き上がった。重い物が落ちてきたようだ。爆弾を警戒し、鎖を守りの形に組む。
「あばよ!」
ワールが捨て台詞を吐くと同時に、砂埃の中から大柄の男が姿を現した。筋骨隆々で、どうやらヘリから直接落ちてきたらしい。
「俺はシンガリ。ボスの所へは行かせん」
「うおおおぉぉぉ」
すかさずボブが飛び込み、相手に殴り掛かるが、ビクともしない。
「な……僕の【スーパーパワー】が効かない?」
「俺の異能は【ハイパーパワー】だ。スーパーでは勝てん」
「これならどうかしら?」
妖神寺椿が黒太刀を手に躍り出た。さらに令丈華廉が【ステンドグラス】を刃のように飛ばして加勢する。
「僕一人じゃだめでも、仲間がいれば!」
「ふん。烏合の衆が何を言う。個の力こそ最強だ」
「勘違いしているでしょ」
チエと田中も参戦する。
「僕たちに勝つ気は無いんですよ。ポテトさん、先に行ってください!」
「分かった」
つまり彼らは時間を稼げばいいのだ。
ポテトは鎖を伸ばし、校門近くまで飛ぶ。既に進み始めたヘリに向かってさらに鎖を放とうとするが、ヘリの下部から機関銃が出てきたために守りに入らざるを得なかった。
ガガガガガ
「くそ……」
威力は弱いが、連撃の前に動くこともできない。
ヘリは校門の上に達した。もう追跡は困難か、そう思われたとき。
ヒュルルル
気の抜けるような音がして、初代校長先生の銅像が煙を吹き出して飛び上がった。
(……???)
校長先生は重力を忘れたかのように直上へ吹っ飛び、ヘリの前で
パーン
と破裂した。色とりどりの火花が舞う。ヘリは突然の爆音と色彩に戸惑い、動きを止めている。
「花火?」
「花火だ」
「いやでも何で?」
校庭にも困惑が広がっており、乱闘が鎮静化した。その静けさを破るようなエンジン音と共に、校門の外に黒い車が現れた。
「乗れポテト!」
ハンドルを握っているのはエース・レッドだった。
自分の異能で操っている植物の中に相手の武器仕込まれて気付かないセフェルさん……。




